エルナの事情
その後俺たちは倒したウルフたちの毛皮を剥ぎ取り、街のギルドへと帰還した。
が、帰還した俺たちは報酬を受け取る前にまずパーティーの構成員が変わった手続きをしなければならない。
「おや、こんなにたくさんのウルフを一日で狩ってくるなんてすごいね。しかしあの男嫌いのエルナちゃんが男をパーティーに入れるなんて」
受付をしたギルドの男はそう言ってガハハ、と笑う。
するとエルナはバン、と大きな音を立ててテーブルを叩いた。
「な、何を言っているの!? マリーが実家に帰ったからいい回復役が見つかるまでのつなぎにしてるだけなんだからね!?」
が、彼はエルナの怒りには慣れているのだろう、全くとりあわずに今度は俺の方を見る。
「おお、誰が入ったのかと思えばアルスじゃないか。魔法は無事使えるようになったのか?」
「ま、まあな」
さすがに女性限定なら効果がありそうです、とも言えず俺は言葉を濁した。彼とは顔なじみだったため、それを聞いて安堵してくれる。
「それは良かった、実は心配してたんだ! お互いちょうどよく相手が見つかってほっとしたよ。ではこの書類を書いてくれ」
そう言って彼は一枚の紙を渡す。
そこにはパーティー名“夜明けの風”、リーダーはエルナ、メンバーにはリネアの名前が書かれている。
俺はその下に自分の名前を書いた。
「これで問題はないな、じゃあこれが報酬だ」
そう言って彼は俺たちに金貨が入った袋を渡してくれる。するとエルナは中身をきっちり三等分して俺とリネアに渡してくれた。
これでしばらくは暮らせそうだ、と俺は安堵する。
するとエルナは俺たち二人を見て言う。
「さて、こうして不本意ながらパーティーを組むことになった訳だけど、こうなったからにはお互いのことを知っておかないといけないと思うの」
「確かにそうですね。もちろん無理のない範囲で自己紹介ぐらいは改めてしておいた方がいいと思うのです」
「確かに」
エルナは態度こそ悪いが、悪いやつではないのだろう。この二人の眼鏡にかなう魔術師が見つかるまでどのくらいかかるのか分からないので、もしかすると長い付き合いになるかもしれない。それなら出来るだけ仲良くしたい。
俺たちはギルドの隣にある酒場に向かう。
そこはいかにも冒険者御用達といった雰囲気の酒場だった。
「じゃあ今日は私が奢るわ」
「いいのか?」
「一応リーダーだもの。好きなものを頼むといいわ」
あくまでパーティーの親睦を深めるための酒席だからリーダーが出すということか。他人にきつい態度をとるだけあって責任感も強いのかもしれない。
そういうことならここは素直にお言葉に甘えよう。
俺たちは思い思いに酒と料理を注文し、そろったところでエルナが口火をきる。
「では私から。私はエルナ・カサンドラ」
「え、カサンドラ家ってあの?」
この辺の領地を治めている騎士の名字がカサンドラだった気がする。たまたま名字が被っただけかと思ったが、エルナが冒険者にしてはいい剣を持っていることや、凛とした顔立ち、それからふとしたところに表れる所作からは育ちの良さがうかがえる。
……口は悪いが。
「今何か失礼なこと考えなかった?」
「い、いや」
「でも、最近この国では平和が続き、恩賞をもらう機会がない我が家は少しずつ困窮していった。……まあそれだけでもないけど、私は口減らしのために家を出て冒険者をすることになったの」
最近は魔物以外との戦いはほとんどなく、魔物との戦いも騎士ではなく冒険者や一般の兵士で事足りているため、騎士は出番がなくなっていた。
それで困窮しているのは分かるが、それだけで家を出ていくだろうか? それともエルナが冒険者になりたかったからそれを口実に家を出たのだろうか?
そんなことを思いつつエルナを見ていると、俺はふと違和感を覚える。
が、その正体に気づく前にエルナは自己紹介を進めていく。
「で、職業は『剣士』。ランクはBでスキルは『大剣使い』を四つ、『頑強』をとってるわ」
そう言ってエルナは胸を張った。酔っていて動きが大きくなっているためか、大きな胸が揺れる。
「Bランクだなんて本当か!?」
道理で強い訳だ。基本的にAランクやSランクの冒険者は大都市にしかいないため、この付近では最強と言って過言ではない。
前のパーティーと比べてもゴードンがCランクで他二人はDランクだったからそれよりも強いことになる。
ちなみに『大剣使い』はその名の通り、大剣を振るうことに特化したもので、『頑強』は打たれ強くなるものだ。王道的な前衛と言えるだろう。
実際、ウルフの群れに囲まれても一歩も引かずに戦い続けたのはすごかった。
「当然よ、私は強いんだから」
そこでようやく俺は違和感に気づく。彼女は剣士だから何もしてないときに魔力が循環することはほぼないはずなのに、なぜか彼女の胸元からは小さく魔力が循環している気配を感じるのだ。
今までこんな気配を他人から感じることはなかったが、もしかするとこれも相手が女性だから感覚が鋭敏になっているのかもしれない。
少し迷ったが、俺は思い切って口にしてみる。
「あの、もしかして魔力関係で何かトラブルを抱えていたりするのか?」
「よ、よく分かったわね」
エルナは驚きの声をあげる。
やはりそうだったか。
「あまり心配をかけても仕方がないと思って言わなかったけど、実は私は生まれつき、小さな呪いにかかっているの。どうもご先祖様が昔魔物を倒したときに呪いを受けてそれが遺伝しているらしいわ。薬草を飲めば進行は抑えられるから問題はないから、それは安心して」
「あ、ああ」
隠していたというよりは本当に心配をされたくなかったのだろう、エルナは努めて明るく言う。
ちなみに呪いには様々な種類があるが、少なくとも回復魔術で解けることはない。「解呪」のスキルがある人なら解くことが出来るかもしれないが、カサンドラ家のような名家に生まれたということは一通りは試したことがあるのだろう。
(くそ、俺のランクがもっと高ければ)
そしたら彼女の呪いを解けるかもしれない、と思ったが現状ではどうにもならない。エルナの性格的に他人に心配されるのは嫌そうなので、俺はそれ以上は触れないことにした。
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