第一章 ”夜明けの風”

追放

「喰らえっ!」


 パーティーリーダーにして主力である大男、ゴードンが剣を振り降ろすと、ぐあっという悲鳴と共にウルフが倒れる。

 だが、その後ろからはたくさんのウルフの群れが俺たちへ向かってくる。


「ファイアーボール!」


 次にローブを纏い眼鏡をかけたメイジのシェリフが魔法を唱えると、火球が現れて後続のウルフの群れの真ん中で爆発する。

 その熱で数体のウルフが倒れたが、中には余計に狂奔してゴードンを襲ってくるやつらもいた。


「おら、こっちにこい!」


 シーフのペイルは巧みな動きでウルフたちを挑発して惹きつけるが、ウルフたちはファイアーボールで興奮しているせいかあまりうまくいかない。


 瞬く間にゴードンは数体のウルフに囲まれる。

 こうなってしまえば下手に魔法を使うとゴードンにも誤射してしまう可能性があるのでシェリフも手を出せない。


「ぐあっ」


 四方八方からの攻撃を受けて瞬く間にゴードンの傷が増えていく。

 それでもゴードンは人間離れした体力で剣を振り回して応戦した。


「おいアルス、早く回復を!」

「分かった、ヒール!」


 俺は慌ててヒールをかける。

 俺の体から飛び出した魔力がゴードンを包みこむが、一向にゴードンの傷が癒える気配はない。


「くそっ!」


 叫んだゴードンは傷だらけになりながらも剣を振る。

 ゴードンの怪力でウルフたちは弾き飛ばされていく。


「ファイアボルト!」


 ゴードンから離れたウルフはシェリフの魔法で次々と焼かれていく。

 こうしてどうにかウルフの群れを全滅させることは出来たが……




 戦いが終わった後の俺たちの間には達成感のようなものはなかった。

 分かってはいたが、皆が厳しい視線を俺に向けてくる。


「おい、分かってるだろうな、アルス!」


 ゴードンが口火を切る。

 元々大柄で目つきが悪く、声にはドスが利いている上に今はウルフたちから受けた傷で血だらけになっており、迫力はいつになく増していた。


「はい……」


 ヒールが無力だったのは確かなので俺はうなだれるしかない。


「全く、お前のこれは何度目だ? それなのに一向に改善しないじゃないか」

「そうだそうだ、パーティーで戦うからといって一人だけさぼっていてもいいって思ってるんじゃないか?」


 魔術師のシェリフと盗賊のペイルもゴードンに同調する。


「いや、そんな風に思ってはいないが……」

「口で言うだけなら誰にでも出来る。本当にそう思っていたならこういう結果にはならないはずだ」


 ゴードンが重々しい口調で言う。残念ながら俺はそれに対して何も反論することは出来ない。


 俺の回復魔法が役に立たなかったのはこれが初めてではない。この前も、その前も似たようなことがあった。


 もちろんゴードンに対してだけではない。ペイルやシェリフが負傷した際にも、そして自分が怪我したときにも魔法は効かなかった。

 一応魔法自体は使えていたので最初は何かの手違いだろうと思われていたが、俺がどれだけ練習しても、文献などを読んでみても原因は分からなかった。

 そのため三人の反応はどんどん冷たくなっていった。


「ゴードンさん、僕はもうこんなやつ我慢出来ない!」


 不意にペイルが叫ぶ。それを聞いて俺はびくりと体を震わせた。正直なところ、いつか言われるのではないかと思っていた言葉だったのだ。

 するとゴードンは黙ってシェリフの方を見る。


「そうだな。仮に代わりが見つからなくても、一人減れば俺たちの取り分が増える。そして役立たずがいなくなっても俺たちの戦力は変わらない」

「決まりだな」


 シェリフの言葉を聞いて、ゴードンは頷いた。

 彼の仕草はまるで当たり前のことを再確認するような素っ気なさで、俺は文句を挟む暇さえなかった。


「……」

「と言う訳で俺たちの前から去れ。二度と顔を見せるな」

「ちょっと待ってくれ、せめて今回の分の報酬がないと……」


 冒険者は報酬をもらえることを前提に宿に泊まっている。元々俺のような無能支援魔術師はギリギリでやりくりしていたから、報酬がなければ今の宿を出ていくときの代金も払えない。


「うるさい、そんなことは知るか! これ以上無能に払う金はない」


 ゴードンは有無を言わせぬ口調で言い、剣に手を掛ける。


「これ以上ぐだぐだいうつもりなら……」

「分かった」


 ゴードンはやると言ったら本当にやる男だ。 

 俺は仕方なくゴードンの前を去る。


 俺の魔法が無力であることは変えようがない事実だ。そして今のままでパーティーにしがみつくことが出来ないというのも分かる。だが、この状況で俺がこのパーティーを追い出されてしまえば今後どうすればいいのか。

 そんな不安に押しつぶされそうになりながら俺はギルドに帰還した。

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