第5話 後継者の証
その後も王子が襲撃された犯人はわからないままだった。
ピンシャーにはしばらく例の酒場に人を置いておくように頼んだが、手がかりはつかめないままだった。
もちろんリサもあの者たちとは無関係だ。
不審な人物ではないとわかったので、あの時、助けてもらったということも十分に感謝している。
現在ワンダの国王の右腕である父と、皇太子と第二王子にそれぞれ仕えている二人の兄たちにも今回のことについて書簡を送っておいた。
だが、サモエド様には自身が狙われていることは伏せてある。
「坊ちゃん、大変です、大変でーす!一大事です、どーしましょ〜!」
デーンの大声が廊下から響き渡った。
近くまで来るとさっきとは打って変わって、小声で耳打ちした。
「後継者の証が見当たらないんです!」
すぐに保管室へ向かった。
後継者の証は、現王が次の後継者にふさわしいと考える候補者に渡すことになっている。
今は長子のマルチーズ様、次男のスピッツ様、そしてサモエド様が持っている。
これを持ってないと正式な後継者としては認められない。
サモエド様はマルチーズ様が王になってほしいとのお考えだから必要ないように思うが、次の王が決まれば後継者の証を新王に返さなければならない。
すなわち返さないと『叛意あり』として捕まってしまうのである。
手のひらにすっぽり入る大きめの硬貨のようなそれは、王家の紋章の入った小さな箱に収めてあった。
ないない、本当にどこにもない!
何ということだ・・・・・
コーテッドは王子が王宮の騎士たちに連行される姿を想像して絶望する。
「どうかしたんですか?」
いつのまにかリサがいた。
「それがこの保管室にあった大事な物がなくなったんだよ」
すぐに言葉が出ないコーテッドに代わってデーンが説明をした。
「ああ、それ、多分私の部屋にあると思いますよ」
どういうことだか状況がよくわからないまま、リサの部屋へ移動する。
本当に彼女部屋の引き出しからそれは見つかったのだった。
「どういうことだ!!」
コーテッドは感情が抑えられない。
こんなにも怒っている坊ちゃんを初めて見て、デーンは驚いていた。
「コーテッド様、落ち着いてよ。
そんな大声だしたら犯人に不審がられるじゃない」
「お前が犯人ではないのだな」
「当たり前じゃない!」
それを聞いてコーテッドは少しずつ冷静さを取り戻す。
「犯人を知っているのか?」
「私の部屋を整えてくれてるメイドさんって、やたら独り言が多いのよ」
そのメイドはリサが今も言葉を全く理解していないと思っていたらしく、『金目の物、何かないかな〜』といつも物色していたらしいのだ。
早急にそのメイドを呼び出してみたが、彼女はなかなかの役者だった。
「私は何も知りません。本当に何も知りません!」
迫真の演技で涙ながらに訴えるではないか。
「この子、そんなことする子じゃないんです」とデーンはすぐに
面倒なことになりそうなので、デーンにはすぐに退室してもらった。
「じゃあ、誰か心当たりはありますか?」
ピンシャーは『自発』という変わった特性をもっている。
彼女はちらりとリサの方を見た。
「わたしの口からは申し上げにくいのですが・・・」
そう前置きしてから、もう一度リサの方を見た。
ピンシャーは「どうぞ続けて」と促す。
「先ほどリサ様が保管室に入っていくところをお見かけしました」
「それで、あなたはどうしたのですか?」
「どうもしません。リサ様がこの部屋に入ったなと思っただけです」
「そこが保管室だとどうして知っていたのですか?」
「デーンさんに教えてもらいました」
取り調べが行われている中、不安になったリサは主従の結びを使って話しかけた。
『ねぇ、ピンシャーさんは私が犯人じゃないって知ってるよね。』
『勿論だ。時間はかかるが必ず本人から自白させることができるすごい特性だから、安心してみていればいい。』
『時間がかかるってどのぐらい?』
『さあ、明日までには吐くんじゃないか』
『それじゃあ遅いのよ!』
リサは一昨日、彼女があと2日しかないのにと言ってたことを記憶していた。
このままでは間に合わないと思ったリサは、何度も聞いた彼女の独り言を真似る。
「『全く、この部屋、ろくに金目の物がねーな。
こんな器量の女でも王子の愛人になれるなんて世も末だな』」
コーデットとピンシャーは急に何を言ってるのだ?とリサを見てきたので、メイドの方を見てと合図を送る。
リサの言葉に彼女の顔色はみるみる変わっていった。
「『銀のスプーンじゃあんまり金になんねーしな。
あいつの言ってた証ってのはどこにあんだ?
あのおばはん教えてくれっかな」』
「それは私ではないです。私そんなこと言っていません!!」
「あなたがそう話していたとは、私は一言もいってませんけどね」
リサはニタ〜っと意地悪そうに笑った。
いままで散々言われっぱなしだったので、一矢報いることができたのだった。
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