第3話 彼女について


サモエド王子が治める城に帰って来てからのコーテッドの行動は早かった。


王子が彼女を追い出すつもりがないとわかると、コーテッドは様子を探らせるために、腹心のデーンを彼女のところに送り込んだ。

子爵のところにいるときは、サモエド様が近くにいることもあり手出しできなかったが、ここに帰ってくれば話しは別だ。


ところがデーンはすっかり彼女に肩入れしてしまい、全く情報を引き出せない。


「あの子、水って言葉も知らないんですよ。

今までどうやって生きてきたのかと思うと、悲しくて悲しくて」

と言っては泣く。


「あの子の名前、シクラ リッサなんです。

そう『頑丈な扉』って名なんですよ」

なんて酷い名前だと同情して泣く。


正確には『イシクラ リサ』なので微妙に聞き間違っているのだが、デーンはお構いなしだ。

最終的には『どうしてそんなにリッサを目の敵にするの』と怒り出してしまった。


幼い時からお世話になっていて、母親に近い存在のデーンにはどうにも逆らえないところがある。


そんな時にむこうから字を習いたいとの申し出があったのはちょうど良かった。

コーテッドが快く引き受けると『やっぱり坊ちゃんは優しい』とデーンの機嫌が良くなったので一石二鳥だった。



実際にリサに接してみるようになると、今までの印象とはかなり違った。


子爵の家にいた頃は、わざわざ足を運んでくれている王子と目も合わそうともせず、表情はいつも暗く沈んでいて、私の視線にもおどおどしていた。

その上、飛び降りの自殺未遂を起こし、食事にもあまり手をつけていなかった。


どうせ暗殺に失敗したので死ぬつもりなのだろうと思っていた。

勝手に死んでくれるなら、王子にも申し開きしやすい。

冷たいとは思うが王子の命こそが最優先されるべきことなのだ。


あの行商人の男がいつか現れるかもしれないと部屋に見張りをつけていたが、特に何事もなかったのだ。


だがここに来てからはどうだろう。

別人のようにいつもニコニコと笑っているのである。

これではデーンがリサに肩入れしてしまうのも納得できた。


だがコーテッドはその変わり身の早さを不気味に感じていた。

王子の懐に入ったから『いつでもヤレる』と思っているのかと怖くなり、騎士のピンシャーに相談したこともあった。



そしてここで勉強をみるようになってわかったこともたくさんある。


言葉ができないのは頭が悪いという訳ではなく、ただその機会がなかっただけのようだ。

むしろもう覚えたのかと驚くことも何度かあった。


だが、とにかく常識がない。

ここがペット大陸にあるワンダ王国だということも知らない。


特性についても知らなかった。

私たちは特性というものを持って生まれてくる。


特性の種類はさまざまであるが磨けば強くなり、使わないと弱くなるらしい。

また消えたり増えたりもするらしい。

まだ研究途中だが、身分の高いものはかなりの数の特性を持って生まれる。

逆に言えば平民でもたくさんの特性を持っていれば、優遇されることもあるというわけだ。


それを聞いたリサは私の特性が知りたい!と急に活き活きしだした。

王子が話していた空からの使者のことも気になっていた。


早速、『鑑定』持ちを呼んだのだが、リサには何の特性もなかった。

鑑定した人も「こんな人初めてみました」と半笑いで驚いていた。


だが本人はえらく落ち込んでいた。

コーテッドはリサが王子にこれまでしてきた様々な無礼を思い出し、その姿をみて溜飲を下げた。


「何、ニヤニヤしてるんですか!」

「ニヤニヤなどしていない」

否定してみるが、表情筋は正直だ。


「コーテッド様はなんの特性があるんですか?

私のことを笑うぐらいだからさぞ立派なものをお持ちなんでしょうね!?」

「私か?うーん、『従順』『誠実』『意欲』『責任感』ぐらいだったか。

あと『美』か」


子供の時に鑑定してもらったきりなのでうろ覚えだ。

王家に仕えるレトリバー家にとって何よりも大事な特性は『従順』や『服従』『献身』なのだ。

自分にも『従順』があったことに安堵したことをよく覚えている。


「ずるい、どうしてそんなにたくさんあるの。

一つぐらい下さいよ。『美』とか」

「『美』などあっても何の役にもたたん!」

コーテッドは鼻息荒く言い放った。


なぜならこの『美』によって今までろくな目にあってないからだ。


子供の時からいつも皆に注目されてきた。

そして遠巻きにこちらをチラチラ見てはひそひそ話をする。

その度に髪がはねてるのかな、鼻毛が出てるのかなと心配になってくる。

見てくる割には、親しく話しかけてくれる人は皆無だ。

勇気を出してこちらから声をかけても、恥ずかしそうに逃げて行ってしまう。


そうコーテッドには友達がいなかった。

長い間ぼっちだったのだ。


そんななかサモエド王子は彼の『美』と同等の『魅了』を持っていた。

親兄弟以外で普通に接してくれた初めて人がサモエド王子だったのだ。


普通に話しかけてくれることがどんなに嬉しくて、救われたことか。

そんなこともあり、コーテッドにとって王子は掛け替えのない人になったのだった。


サモエド様に仕えることは至上の喜びであり、この人の為なら何でもすると誓ったのであった。

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