具現様
枝林 志忠(えだばやし しただ)
第1話 具現様
「なんか、お前やつれているように見えるんだけど、何かあったか?」友人の小松が、私に声を掛けてきた。
講義室の窓から外の様子を見ながら、私は応えた。
「ありきたりだけど、変な夢をよく見るようになったのよ。」
「何だよ、『なったのよ』って……。まあ変な夢を見るようになったってのはよくある話だからなあ。」
外の様子を見ると、他の大学生が左から右へと流れるように歩いていた。
仲良くしゃべる二人組、駆け足で走る奴、携帯を片手に持って歩きながら見ている奴、少し離れたところから自転車を押している奴、眠そうに肩に鞄ひっかけている奴などがいた。
キャンパス内は広いのだが、キャンパスの周りは田園風景が広がっており、娯楽と呼べる施設はほとんどない。あると言ったらスーパーやホームセンター、小さいドラッグストア、入ったことがないバー、があるくらいだ。
近くの駅でさえ、キャンパスから自転車で約一時間かかる所にある。
この土地になぜキャンパスを置いたのか理解出来ないが、唯一利点を挙げるとしたら、平坦な土地に建てられているため、傾斜・急こう配がないという所だ。
「それのどこが利点何だい。独白ちゃん!早く夢の内容を言いなさい!」
どうやら私は口に出していたようだ。
まだ、講義は始まっていないため、室内にいる人はまばらだ。なんせ、早朝一番乗りでここに来たのだ。
「まあ、まだ教授も来ていないし、少し話をしますか……。」
「さっさと話しなさい。独白ちゃん。」
小松は私の右隣に座って、口を閉じて目を見開いていた。なんとなく馬鹿にしているのが腹が立つ。
それを無視して、私はぼちぼち夢の内容を話した。
—―――
その時、私は大学内に早く来ていた。
具現様が現れる日だと聞いていたからだ。
周りの人がでんぐり返しで、早く移動してしまっていたので、私もでんぐり返しで移動しようと試みた。
ところが、飛び跳ねることしか出来なかったのだ。
なぜなら、皆、具現様が現れることをいち早く予見することが最大の義務となっているのだが、私は予見することが人一倍遅かったためか、一番格下に落とされてしまい両手が亡くなってしまったからである。
これはしまったと感じ、私は隣にいた医者にどうしたらよいでしょうかと聞いてみたところ、「拍手すれば何とかなる。」と言われた。
「両手がないのでそれは無理だ」と私は応えた。
医者はものすごい剣幕で怒り狂った後にげらげら笑い、「でんぐり返ししている奴に頼めば何とかなる」と言った。
そこで、私はでんぐり返しをしている奴の一人に頼んでみることにした。
すると、相手は「それなら魚を頭にぶつけてやる。」と陽気に言ってきた。
私はこれはたまらんと思い、懐に入れていた秋刀魚を地面に叩きつけて、その魚を神仏のごとく崇めた。
その時、後ろから轟轟と巨大な魚が迫ってきたので、私はでんぐり返ししていた奴に「あれが、私の頭にぶつかるのですか?」と聞いた。
「ああそうだよ。」相手は言った。
私はこのままでは具現様が泣いてしまうと感じ、医者の口にでんぐり返しをしていた奴を装填して、巨大な魚に向かって発射した。
――――
「っていう夢だったんだよ。」
「ふ~ん」
友人は俺の話をもう聞いておらず、携帯画面を凝視していた。
「聞いてた?」
「んまあ大体ね。」
そして、小松は目を瞑った後に私に向かって聞いた。
「具現様は見ていないんだよね?」
「そうだ。」
「じゃあ今見た夢も具現化しないわけだ。」
「私の見た夢はそういう意味になるのか?」
そうだ、と小松は静かに言った。
窓の外を見ると、普通に歩いていた人たちがでんぐり返しをしていることに気づいた。
それから間もなくして、爆音と共に巨大な魚が大学に突っ込んだ。
大学が崩壊する音が鳴り響く中で、私は「ああ、具現様が現れたのか……。」と実感した。
具現様 枝林 志忠(えだばやし しただ) @Thimimoryo
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