床下にティラノサウルス

ちびまるフォイ

家のあるじ

「へえ、いい家ですね」


「そうでしょう。この間取りでこの立地でこのお値段。

 こんないい条件は他にありませんよ」


「決めました、この家にします」


「あの、ですがその前に1点だけ伝えなくちゃいけないことが……」


「えっ……い、いわくつきとか……?」


「いいえ。そうじゃないんです」

「じゃあなんなんですか」




「床下にティラノサウルスがいるんです」


かくして、一つ屋根のしたで白亜紀の恐竜との暮らしが始まった。



エサ代なども別途負担してくれるうえ、

ティラノサウルス維持費が毎日ふりこまれるのでウハウハだ。


しかし……。


「どうしたものか……」


このままでいいのかと取り扱いに悩んでいるとき。

どんどん、と荒々しく玄関のドアが叩かれた。


「〇〇さーーん!! いるんでしょう!! 開けてくださーーい!」


口調こそ丁寧だが明らかに威嚇している借金取りの声。

布団をかぶってブルブル震えていると、合鍵を使って勝手に中へ入られた。


「なんだいるじゃないですか〇〇さん。居留守はだめですよ」


「いっ……今はお金がなくて……」


「おやぁ? そんなはずないでしょう。うちの若いもんがね、あんたが昨日高級焼き肉店から出てきたの見たって言ってるんですよ」

恐竜維持費でちょっと贅沢したのが見られていた。


「そっ、それは見間違いというか……他人のそらにという可能性も……」


「ああん!? じゃあ、うちのやつが嘘ついたっていいたいんですかぁ!!?」


「ひいいごめんなさい! でも本当にお金はないんですよぉ!」


「それはこっちが決めることだ! ぼけ!」


借金取りは土足のまま家の中で金目のものを探し始めた。

新しい住所になっても悪い金貸しから逃げることはできない。


このまま一生、返しきれないお金を返済していくのだろうか。

いつか行きたいと思っていた地球一周旅行も夢のまた夢。


たとえティラノサウルス維持費があったとしても焼け石に水で……。


「あっ」


「なんだ。さては金目のものをどこかに隠してやがるな」


「いいえ、そんなことは……」


「言え! どこに隠してやがる!!」


「隠してないです! 地下になんて何も隠してないです!!」


「地下? おい、地下だ! 地下への入り口を探せ!!」


「親分! ありやした!」


「地下へいくぞ。こざかしいことしやがって」


悪い金貸したちは意気揚々と地下へとくだっていった。

まもなく聞いたこともないような人間の悲鳴と、おせんべいを食べるようなボリボリ音が聞こえた。


もちろん、地下から戻ってくる人はだれもいなかった。


「や……やった……。闇金から開放された……!」


長年、肩にのしかかり続けていた重荷がスッとなくなった。


今までティラノサウルスは爆弾のように感じていたが、

こんなにも有効な使い方があるなんて。


「これからはティラノサウルスを世のため人のために使おう!!」


それからは悪人を言葉巧みに誘導してはティラノサウルスのいる床下へと誘導。

世界をより良くするための掃除を続けていった。


人から感謝されることも増え、謝礼とティラノサウルス維持費で貯金の残高はみるみる桁数を増やしていった。


「ついに……ついに10億円たまったぞーー!」


地球一周旅行だけでなく、人生を幸せに暮らすための目標金額へと到達した。

もう働くことも悪人を掃除する必要もない。

10億円もあれば残りの人生を幸せに暮らしていけるだろう。


気がかりなのはひとつだけ。


「さて……このティラノサウルスを処分しなくちゃな」


試しに、地元の猟師に害獣駆除と偽って床下に送り込んでみた。

数秒後に床下のティラノサウルスから大きなげっぷが聞こえた。


「だめか……」


毒ガスでは始末できるかもしれない。

しかし近隣住民にガスが入ったら、ただのテロ事件になる。


火薬で床下を爆破しようとも考えたが、

爆破に耐えきれたティラノサウルスが半壊した家から出たら人生の終わり。


なにか弱点はないものかと本を読み漁っていると、

かつて恐竜は隕石の衝突で食べ物がなくなって絶滅したと見た。


「こ、これだ! 最初からこうすればよかったんだ!」


私は荷物をまとめてかねてより計画していた世界一周バカンスを決行した。

何ヶ月におよぶ長期旅行ではティラノサウルスのことなどすっかり忘れていた。


こんがり小麦色の肌になって家に帰ったとき、

ティラノサウルスのいた床下にはただの白骨だけが残っていた。


「大成功だ! しっかり餓死させられたぞ!」


骨の処理を考えていると、インターホンが鳴らされた。


「〇〇さん、いらっしゃいますか」


やってきたのは不動産の人だった。

ドアを開けると、白衣の人がもうひとりいた。


「手紙を何度出しても返事はないもので、直接うかがいました」


「そうだったんですね。実は旅行に行っていたんですよ」


「ああ、なるほど」


「それで不動産屋さん、いったいなんのようなんですか?」


「あなたに美味しいお話があるんですよ」


不動産屋さんのうしろにいた男がずいと前に出る。


「私は恐竜研究所のものです。聞けばあなたの床下には恐竜がいるそうですね。

 どうかこの家ごと譲っていただけませんか!」


「え、えっと……」


「もちろんタダでとはいいません。

 1兆円……いや、10兆円出しましょう!!

 それだけの、いえそれ以上の価値があります!!」


「〇〇さん、悪い話ではないでしょう?

 10兆円ももらえるなら、あなたの夢の世界旅行が何周だってできますよ!

 さぁ、恐竜を見せて10兆円を手に入れてください!」


不動産屋さんは嬉しそうに話した。



ふたりをそっと床下に案内したところ、

恐竜のように激昂した研究員により私は今も床下に閉じ込められている。

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