触れたくて⑥


 輝はアルフェリカを伴って狩人ギルドを訪れていた。


 訪問の理由は公務中に目を通したギルドからの嘆願書だ。なんでも坑道の奥で多数の死体が発見されたとのこと。


 ギルドが調査したところランクDの魔獣『妖犬』コボルトが確認されたらしい。状況から鉱山の労働者が労働中に襲われたものだとギルドは結論づけ、すぐに依頼が出されて狩人が討伐に乗り出した。


 それだけならよくある話。ギルドだけで解決できた問題だっただろう。


 しかし数日たっても帰ってくる気配はなく、討伐に赴いた狩人が窮地きゅうちに陥っていると推測したギルドが救援を兼ねて追加の依頼を出した。そして別の狩人がその依頼を受け、また帰ってこなかった。


 それが一ヶ月もの間、断続的に繰り返され、これはいよいよおかしいと判断したギルドが王城に嘆願書を提出したというのだ。


 確かにランクDの魔獣相手に何人もの狩人が向かって一人も生還しないというのは異様だ。


 これを異常事態と判断した輝は直接ギルドに話を聞きに来ることにした。


 王の突然の来訪に職員や狩人たちがざわめく。純粋な驚き、憎しみからくる敵意など、向けられる感情は様々ではあったが、少なからず雰囲気は慌ただしくなった。


 構わず輝は受付へと向かう。



「突然の訪問で申し訳なく思う。ギルドからの嘆願書を確認して足を運んだんだが、鉱山に出た『妖犬』コボルトの件について詳細を聞かせてほしい」



 単刀直入に用件を話す輝に受付嬢はどうしていいのかわからず一瞬目を泳がせた。周囲の同僚たちもそれは同じらしく、彼女に助け舟を出そうとはしない。


 孤立無援の受付嬢はいまにも泣き出しそうだった。



「そう硬くならないでくれ。話を聞かせてほしいだけなんだ。いつも通りにやってくれればいいよ」


「は、はい! 失礼致しました! しょ、少々お待ちください!」



 輝が促すと受付嬢は慌ててデスクから書類を漁った。緊張で手が震えているものだから取り出した書類の束を落として盛大にぶちまけてしまう。「も、申し訳ございません!」と謝罪しながら散らばった書類をかき集めるが、焦りからうまく取り揃えられない。それがさらに彼女を追い詰めて精細さを欠いてしまっている。


 見事な悪循環だ。



「慌てなくていいからな? ゆっくり、落ち着いて、な?」


「は、はいぃ〜〜」



 返事はするものの伝わってなさそうだ。完全に視野が狭くなってしまっている。


 アルフェリカに任せて自分は退散することも考え始めたとき、奥から初老の男性が早足に近づいてきた。



「これは陛下。私は本支部のギルド長を務めておりますキールと申します。お忙しい中、ご足労頂き誠にありがとうございます」



 ギルド長を名乗ったキールは深々と頭を下げた。


 受付嬢は上司が来てくれたことに緊張の糸が切れてしまったらしく、とうとう泣き出してしまった。



「さあ君、あとは私に任せて少し奥で休んでいなさい」



 ギルド長がしゃがみ込みながら受付嬢の肩を叩いて労うと彼女は涙ながらに頷き、同僚に支えられながら奥へと消えていった。


 自分が訪問したせいでああなったと思うと、いたたまれない気持ちになる。



「迷惑をかけてすまない。後で彼女にも悪かったと伝えてもらえるだろうか」



 受付嬢の背中を見送ってから輝はギルド長に頭を下げる。王の謝罪という行為を目にした一同はどよめいた。



「と、とんでもない! どうか顔をお上げくださいっ。貴方様に非などございません」


「そう言ってもらえると助かる」



 大変恐縮した様子のギルド長。咳払いをして持ち直す。



「我々が納めた嘆願書をご覧になってご訪問頂いたと伺いました。お部屋をご用意致しますので、そちらでお話をさせて頂いてもよろしいでしょうか」


「いや、そんなには長くならない。気持ちだけ受け取らせてもらう」



 嘆願書に記載された内容によって大体の状況はわかっている。いくつか質問したいだけなので、そこまでの時間をかけるつもりはなかった。



「被害と確認された『妖犬』コボルトの規模についてわかる範囲で教えてもらえるか?」


「承知致しました。まず被害についてですが現時点で犠牲者は三十人ほどと推測されます」


「推測?」



 やけに曖昧な答えだった。



「遺体の損壊が激しく正確な人数までは判別できなかったのです。『妖犬』コボルトは肉食の魔獣ですし、しかもこの時期は繁殖期です。おそらく……」


 その先は言われずともわかった。



『妖犬』コボルトの数は?」


「全体の規模は不明ですが現在確認されている個体数から推察すると五十は超えているかと」


「依頼を受けた狩人たちの人数は?」


「計三度依頼を出しておりますが、それぞれ二名、四名、五名の三チームです。しかしいずれも戻っておりません」


「そうか」



 予想される『妖犬』コボルトの数に対して討伐におもむいた狩人の数が少ない。


 ランクEの『黒狼』フローズヴィトニルでさえも群となるとランクCに跳ね上がる。ランクDの『妖犬』コボルトが集団になったら危険度はランクB相当。『黒狼』フローズヴィトニルの比ではない。


 狩人がそんなこともわからないはずがないと思うのだが。



「依頼を受けてくださったのはどれも経験の浅い狩人でして」



 輝の疑問を察したキールがそんなことを言った。


 なるほどと思った。


 狭い坑道は大人数では動きにくい。かといって引火の恐れがある火器は使用できず、一網打尽を狙った魔術は坑道が崩落する危険がある。しかし敵の数は多く危険度も高く、火器なしで討伐するとなると厳しい。


 熟練の狩人であるほど受けたがらないだろう。


 しかし放置できる問題でもない。ギルド長もそれはわかっているらしく暗い顔をしていた。



「わかった。この案件は国で引き継ぐ」


「ひ、引き受けてくださるのですか?」


「いまそう言っただろ。坑道内の地図はあるか? 出没地点にマークしたものをもらいたいんだが」


「ありがとうございます! すぐにご用意致します!」



 深々と頭を下げてギルド長は地図を取りに走り去っていった。



「アルフェリカ、すまないがついて来てくれるか?」



 坑道内だと長柄の機械鎌は扱いにくい。魔術も同様だ。双剣で小回りの利くアルフェリカにも協力してもらいたかった。



「もちろん。でも頭数が必要でしょ? 転生体たちか『鋼の戦乙女』アイゼンリッターも連れて行く?」


「いや、それはやめておこう」



 転生体は力が強大すぎて坑道を崩落させる危険があるためその力に制限がつく。白兵戦の心得がないと逆に被害が増える結果となってしまう。


 『鋼の戦乙女』アイゼンリッターならば適任だが――



「さっき『妖犬』コボルトは繁殖期だと言っていた。『鋼の戦乙女』アイゼンリッターだと、もしものことがあるかもしれない」



 それはあまりにも残酷だ。彼女たちにそんな危険を冒させるわけにはいかない。



「ふーん、あたしはいいんだ?」



 唇を尖らせて拗ねてみせるアルフェリカ。



「そんなわけないだろ。本音を言えば連れて行きたくない。だけどアルフェリカが必要なんだ。だから頼らせてくれ」


「もちろんっ、任せて!」



 輝に必要とされてアルフェリカの表情がぱあっと明るくなった。喜色満面といった様子。


 とはいえ、アルフェリカ一人だけだと手が足りなくなる可能性もある。できれば彼女に匹敵する戦力がもう一人くらいは欲しいところではあった。


 しかしそのような人物がそうそういるわけが――



「じゃあ私も手伝うね!」



 聞き覚えのある声が背後からかけられて振り返る。そこにはにこやかに輝を見上げる夕姫の姿があった。


 どうしてここに夕姫がいるのかも気になるが、それよりも――



「手伝う?」


「そっ! 輝くん、これから魔獣をやっつけに行くんでしょ? だったら私も手伝うよ!」


「いいのか?」


「もっちろん!」



 その申し出はありがたいの一言に尽きる。


 〝戦女神〟ウォルシィラを宿す彼女は白兵戦の熟練者エキスパートだ。一騎当千の力を持つ彼女が加わってくれればアルフェリカの負担と危険をぐっと減らすことができる。


 それに異を唱えたのはアルフェリカだった。



「待って輝、本当に夕姫も連れて行くの?」


「彼女も女性だからな。アルフェリカの懸念もわかるが戦力としては申し分ない。彼女が協力してくれるというなら、こちらとしては願ってもないことだ」


「け、けど今の夕姫は『ティル・ナ・ノーグ』の守護者なのよ? 『ファブロス・エウケー』の問題に巻き込むなんてまずいんじゃ……」


「む、確かにそうだな」



 アルフェリカの言うことは尤もだ。夕姫は客人としてこの都市に滞在している。そんな彼女を『ティル・ナ・ノーグ』の許可なく危険に巻き込んで、もしものことがあった場合は外交問題になりかねない。


 夕姫はムッとしてアルフェリカを一瞥すると、大股でずかずかと受付に身を乗り出した。



『妖犬』コボルト退治の依頼を受けます」


「え、は、はい……よ、よろしいのですか?」



 やり取りを聞いていた受付嬢は確認を取ろうとした。視線で輝たちにも確認を取ろうとするが、夕姫はそれを遮りながら受付嬢に迫る。



「よろしいですっ」


「わ、わかりました」



 本人に依頼を受ける意思があるならギルドは断るわけにはいかない。職務に忠実に受付嬢は夕姫の依頼受託を受理してしまった。


 同時に狩人のライセンスも発行され、正式に夕姫は狩人としてギルドに登録されてしまう。



「私も個人で依頼を受けたよっ。同じ依頼を受けた輝くんと一緒に協力することになった。これで言い訳が立つでしょ?」



 ここまでされてしまったらもう誰も止めることはできない。仮に彼女の身に何かがあったとしても、狩人として依頼を受けた以上は彼女の自己責任である。



「アルフェリカ」



 連れて行ってもいいな? その意味を込めて彼女の名前を呼ぶ。



「う、うん」



 アルフェリカは頷くしかなくなった。


 夕姫を心配するアルフェリカの気持ちはわかる。けれど本人が自分の責任において決定した行動を止めることは誰にもできない。



「お待たせ致しました。こちらが坑道の地図になります」


「ああ、助かるよ」



 地図を手に戻ってきたキールに呼ばれて輝は受け取りに行く。


 夕姫もそのあとを追う。アルフェリカとすれ違ったとき、彼女にしか聞こえない小さな声で。



「アルちゃんってそーゆーことするんだね?」



 昏い、昏い、悪意という棘のある言葉がアルフェリカの耳朶じだを刺した。


 弾かれたように振り返ったとき、肩越しに薄く笑う夕姫と目が合う。


 嘘はなかった。


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