第9話 ブレーズ対セシル


 こうしてブレーズとセシルの戦いが始まった。二人は一旦、距離を取る。


「うふふ、先輩まるかじり……」

「おいおい、一口はどこいった!?」

「あはは、おもしれー」


 ダミアンは笑って眺めている。そして、二人は激突する。一瞬だった。地面の方が縮まったのかと錯覚した。それほど自然な挙動。セシルは立ったまま、同じ姿勢のまま、距離を詰めた。


「先輩」


 ハートマークでも浮かんでそうな声音。声色。しかし、その実態は捕食者のまなこ。冷や汗を掻くブレーズ。そっとバックステップする。そこにセシルの爪が通り過ぎた。地面が抉られている。人体に当たったらどうなっていたか。


「課長! 本当にこんなんで治るんだろーな!?」

「ルーガルーってのは上位の個体ほど闘争本能の塊だ。それさえ満たしてやれば飢餓衝動きがしょうどうは解消される」

「ソースはどこだ!?」

「私の経験則」

 

 ドヤ顔のダミアン。イラつくブレーズ。笑うセシル。何もかも狂っていた。さらにどんどんと距離を詰めていく、ブレーズを追い詰めていくセシル。摸擬品とはいえナイフを持った男は素手の少女に追い詰められていた。


「先輩、痛い思いはさせませんから」

「とりま、その声やめね? 背筋がゾクッとする……」

「お? ブレーズ、お前そういう趣味か?」

「うっせー万年非モテ!」

「んだとナンパ野郎! 二対一にしてやろうか! アァン! つーかモテてるわ! 断ってるだけだわ! 連戦連勝だわ!」

「そういうとこですよ!」

「セシルちゃん!?」


 ……なんか漫才が挟まったが絶賛真剣試合の真っ最中である。セシルは爪を振るい。ブレーズはそれを避ける。その繰り返し。演習場をぐるぐる回る。その度に傷だらけになる演習場。ここも使えなくなるだろう。

 

「先輩、本気でやってください。じゃないと。


 銃を。ではないだろう。それはつまり。


「ははっ、人間相手に第零番ゼロを? じょーだんきついぜ……」

人外獣理ラ・ベート――」


 禁忌の呪文を唱え始めたセシルに向かって、ブレーズは駆け出した。距離は幸いな事に目と鼻の先。その詠唱する口に摸擬ナイフを突っ込む。


「もがっ!?」

「わりぃ、ちょっといてぇぞ?」


 首に一撃、手刀を放つ、気絶するセシル。ブレーズはその身体を受け止める。ダミアンが拍手する。


「一瞬か、いいねぇ。特攻課は化け物揃いだ」

「特攻課は化け物退治の専門家です。間違えないで下さい」

「こわいねぇ……そういうキャラじゃないだろうブレーズ?」

「そっすね、これで飢餓衝動きがしょうどうとやらはなんとかなりそうですか?」

「ならんだろうな。単に気絶させただけだ。もっとやり合わないと」

「……めんどくせぇ」

「ハハハッ! せいぜい悩め青少年!」


 そう言ってダミアンは去って行った。セシルと二人残された状態でブレーズはひどく深い溜め息を吐いたのだった。

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