第10話 隣の席の女子に異世界人認定された

 桜咲く、咲き乱れる新学期。


 オレの座席の隣に深淵の美少女、青葉さん。

 艶やかな黒髪。

 澄んだ瞳。ぽてりとした愛らしい唇。


 すらりとした立ち姿は、とにかくカッケー。イケメンよりもイケメンだ。


 その彼女が、さっきから、オレの横顔をじっと見つめている。……ような気がする。


 彼女が、ひとつため息を吐く。

 そんな仕草でさえ、絵になるヒトだ。


 俺は、いま、人生のなかで最高に緊張している。緊張しすぎて、肩が凝ってきた。

 

 首を動かしたり、肩を動かしてリラックスしたい。

 けれども、そんなことをすれば肩や肘が青葉さんの腕に触れてしまいそうだ。

 オレは動けずにいた。


 前の席の友人は、すでに隣の女子と楽しそうに話している。


 ホントにコミュ力の高いヤツだ。

 名前も知らない女子と、どうしてそんなふうに会話できるんだ?

 いつも思うが、すごくフシギだ。


 オレは、隣の青葉さんの方へ視線を移す。


 初対面の女子に話しかけるとか、オレはそんなキャラじゃない。


 ましてや、オレの隣は青葉さん。

 校内でも有名な深淵の美少女に話しかけることができるほど、オレのメンタルは勇者じゃない。


 しかし、どうなんだろう?

 やはり、オレも青葉さんに話しかけるべきなんだろうか?

 いや、今日のところは、ひとまずおとなしくしておくべきか?


 オレは、何も書かれていない黒板を真っ直ぐ見詰めながら迷っている。

 

 このまま、時間だけが過ぎていくのも惜しい気がする。

 ここで青葉さんに陰キャ認定されるのもツライ。学校生活が灰色に染まってしまう。

 

 とはいえ、話しかけるとしても、いったいどう切り出せば?


 こういうのは、ファースト・インパクトになる。最初の一言が、青葉さんのオレに対する第一印象になる。


 一発アウトだけは避けたい。


 オレの脳内で、「青葉さんへの最初のひとこと」コンペが開かれる。

 オレA、オレB、オレCなどが様々なセリフを提案してきた。


 オレA:やはり最初ですから、「お名前は、なんというのですか?」では?


 オレB:いやいや、校内の誰もが知る美少女だよ。名前を聞いてどうする。ここは「青葉さんは、どちらにお住まいですか?」でしょう!


 あのな。

 でしょう! って力説するほどのセリフでもねーだろ。


 なんか、もうちょっと、こう、気の利いたヤツは無いものか?


 オレC:じゃあさ、「青葉さんみたいなカワイイ人の隣の席で、チョー嬉しいっす!」で良くね?


 アホだろ、お前ら。


 オレが脳内コンペの内容に頭を抱えていると、青葉さんが何やらゴソゴソし始めた。

 鞄のなかから取り出したA4サイズの紙を机の上に広げている。


 オレは、気になってその様子をチラ見する。


 彼女は、黒のサインペンで何やら幾何学的な模様を描き始めた。


 大きな二重円、真ん中に正方形……。


 外円と内円との間に、よく判らない文字。

 サンスクリット文字だろうか?

 

 そして臨兵闘者皆陣烈在前の文字。


 正方形の両隅にYES/NOと書いている。


「?」


 オレは、その意味不明な「魔法陣」のようなモノを見て、すぐさま視線をそらした。

 たぶん、見てはいけないモノだ。本能が、そう警鐘を鳴らしている。


 しかし、気になってしょうがない。どうしても、チラ見してしまう。


 「魔法陣」(?)を描き終えた青葉さんは、財布から百円玉を取り出して、外円の上に置いた。


「キッチョムさん、キッチョムさん……」


 ぶつぶつ言いながら、外円を百円玉でなぞるように人差し指でグルグル動かしている。


 吉四六さん? 


 こっくりさんとか、マリアさま?とかなら聞いたことがある。小学生や中学生のころ、クラスの女子がきゃあきゃあ騒いでいた記憶がある。が、


 吉四六さん!?


 それは、とんち話の主人公では? 


 大分県の民話だと聞いたことがある。江戸時代の庄屋さんで廣田吉右衛門ひろた きちえもんという人物がモデルとか。


 そんなことを思いながら聞き耳を立てていると、彼女はとんでもないことを言い始めた。


「隣の席の若竹君は、異世界人ですか?」


 は? な、なに言ってんだ、このヒトは!?


 その意味不明な呟きに、オレは再度視線だけを青葉さんの手元に移した。


 青葉さんのすらりとした細い人差し指の下の百円玉が……、


 YESに移動した!


 青葉さんが、バッとオレの方を見る。

 オレの肩がビクと跳ねる。

 オレを見る彼女の瞳は、ほんのり潤みを帯びてキラキラ輝いている。


 オレは、すぐに視線を外した。

 しかし、手遅れだったようだ。


「み、見た? ねぇ、見たよね?」


 シカトを決め込んだ。

 見ていない、オレは何も見ていない……。


 彼女がオレの制服の襟をつかみ、迫ってくる。

 息がかかるほど近い。


 青葉さんからは、いい匂いがしているのかもしれないけれど、オレにそれを感じる余裕は無い。


「すごい、すごい! 若竹君て、異世界人なのっ!?」


 なんでっ!?


 気になる女子からかけられた最初のひとことが、


 ――異世界人なの?

 ――異世界人なの?

 ――異世界人なの? 

 

 彼女の言葉が、オレの脳内で無限リピート再生されている。


 いったい、なにが起きた!?

 「キッチョムさん」とは、なんなんだ!?

 あれは「看破系魔法陣」だったのか!?


 どうして、オレの正体がバレた!?


 あまりの衝撃に冷静さを失ったオレは、うっかり答えてしまった。


「な、なんで判ったのっ!?」

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