第19話

 徹也と治伽はその少女に見覚えがあった。彼女は、徹也達が異世界に召喚された初日に王の隣に座っていた王女であろう少女だ。


 なぜ書庫にという疑問が、徹也の脳内に溢れ出す。だが、そんな徹也がそんな考えを巡らせている間に、少女が徹也と治伽の存在に気付いた。


「……えっと、どなたですか?この時間に書庫に来る人はいないはずなのですが……」


 その少女は椅子から立ち上がり、徹也と治伽にそう問いかける。その一挙手一投足が、王女に相応しいいえるもので、とても綺麗であった。


 徹也はそんな少女を見て、少女に言葉を返せなかった。その少女の動き全てが一つの作品のようで、それに見入ってしまったからだ。


 徹也がその問いに答えなかったので、治伽が少女に応じた。


「私達は魔法の訓練に参加できないので、その時間は書庫を使用する許可をいただいているんです」


「なるほど。そういうことでしたか。私はシャーロット・フォン・タレンと申します。よろしくお願いしますね」


「はい。私は望月治伽と言います。よろしくお願いします」


「そう固くならないでください。私は王女ですが、あなた方と友達になりたいと思っているのです。今まで、同年代の方とは会ったことがないので……」


 シャーロットが少し俯いてそう言った。王女という立場であるので、会えなかったのだろう。ならば、仲良くしたいと治伽は思った。


 それに、徹也からも仲良くなるべきだと言われている。ここで仲良くならない手はないと、治伽は考えた。


「……そういうことなら、シャーロットと呼ばせてもらうわ。よろしくね?シャーロット」


「はいっ!よろしくお願いします!治伽!」


「ほら、才無佐君も挨拶しなさい」


 治伽は徹也にも、シャーロットへの挨拶を促す。それによって、今までぼーっとシャーロットを見ていた徹也は現実に引き戻される。


 そして、徹也は慌ててシャーロットに挨拶をした。


「す、すまん。えっと、は、はじめまして。才無佐徹也です」


「シャーロット・フォン・タレンです。シャーロットと呼んでください。あと、敬語はいりませんよ?」


「わ、分かった。よろしくな。シャ、シャーロット」


 徹也はシャーロットにそう言われ、敬語を使わずに名前で呼んだ。これは徹也にとって、相当勇気がいることだった。なにせ、女子を名前で呼ぶなど、あまりしないことなのだから。


 そんな徹也の言葉に、シャーロットはこう返した。


「はい!徹也様!」


「て、徹也様!?さ、様はやめてくれ!」


「?何故ですか?」


 シャーロットは心底分からないというように首を傾げた。そんなシャーロットに、徹也は語りかける。


「い、いや。俺は様付けされるような人間じゃ……」


「嫌、でしたか……?お父様に召喚された男性は敬うようにと言われているのですが……」


「っ……!」


 シャーロットのその言葉を聞いて、徹也は顔を歪ませる。王はこの王女を使って、俺達をこの国にいさせようということだろうかと、徹也は考えた。


「ど、どうかしましたか……?」


「才無佐君……?」


「い、いや……。何でもない……」


「そうですか……。それならいいんですけど……」


 徹也の顔を見て、シャーロットと治伽が心配して声をかけるが、徹也はごまかした。今言うと、シャーロットから王に伝わりかねない。


 王に伝わったとなれば、更に危なくなってしまうと考えた徹也は、ここでは何も言わなかった。


「では、徹也様でよろしいですか?」


「……ああ。もう、好きに呼んでくれ……」


「はい!徹也様!治伽は徹也様を名前で呼ばないのですか?」


 徹也はシャーロットの名前プラス様呼びを渋々許可したが、シャーロットは治伽に徹也を名前で呼ばないのかと問いかけた。それを聞いた治伽は驚きつつ、シャーロットに答えを返す。


「え、ええっと……。そ、それは……」


「呼んだほうがいいと思いますよ?この世界では名前で呼ぶのが一般的ですし」


「う、うう……」


 シャーロットの言葉を聞いて、治伽は顔を赤くした。この世界では名前で呼ぶのが一般的だと言うが、徹也達の世界では一般的ではないのだ。同性同士や幼馴染、もしくは恋人ならまだしも。


 だからこそ、治伽は徹也を名前で呼ぶのが恥ずかしいのである。他の男子を名前で呼んでいない治伽にとって、徹也だけを名前で呼ぶと特別感が出ていそうで。


「も、望月?無理しなくていいぞ?」


 徹也は治伽にそう伝える。徹也は顔を赤くしたまま迷ってる治伽を見て、無理をして呼ぼうとしているのではないかと思ったのである。


 一方、治伽は徹也の言葉を聞いて心外だと思った。治伽は別に無理をしているつもりはなかった。ただ、恥ずかしいだけなのである。決して、徹也のことを名前で呼びたくない訳じゃないと、治伽は思う。


「……テツ……クン……」


「……え?」


 治伽が徹也とシャーロットにも聞こえない程の小さな声で何かを呟いた。そんな治伽の呟きに、徹也は思わず聞き返してしまった。


「……徹也、君……」


「……お、おう……」


 治伽は、今度は徹也とシャーロットにも聞こえる程の声で、はっきりと徹也の名前を呼んだ。それを聞いた徹也は、照れて顔が赤くなってしまった。見ると、治伽の方も顔が真っ赤になっていた。


「ふふっ。これで、私達は仲良しな友達ですね!」


 シャーロットが満面の笑みを浮かべてそう言った。そんなシャーロットを見て、徹也は更に顔を赤くする。治伽はそんな徹也に顔を赤くしたまま話しかけた。


「……私も名前で呼んだのだから、て、徹也君も私を名前で呼んで」


「……い、いや、それは……」


「徹也様……?私達、仲良しな友達ですよね……?」


 シャーロットのその言葉に、徹也はうっとなってしまう。確かに、治伽もシャーロットも徹也のことを名前で呼んでいるというのに、徹也が治伽を名前で呼ばないというのは筋違いなことだろう。


 だが、徹也も治伽同様に恥ずかしいのだ。今まで治伽と関わってきて、一度も名前で呼んだことなどない。それは、優愛も舞も同様だ。だからこそ、治伽を名前で呼ぶのが恥ずかしく、躊躇したのだ。


 しかし、ここまで言われてしまっては、もはや逃げ道などない。シャーロットとは友好的な関係を築いていきたいし、治伽に失礼なことになる。


「……は、治……伽」


「……っ!」


 徹也が顔を真っ赤にしてそう言うと、ただでさえ赤くなっていた治伽の顔が更に赤くなった。そのような光景を見て、シャーロットはニコニコと笑みを浮かべていた。


 徹也は本当に恥ずかしなり、話題を変えようと治伽に話しかける。


「も、もういいだろ。俺達は早く本を探さないと……」


「そ、そうね。シャーロット、そういうことだから……」


「あら?徹也様と治伽は本をお探しなのですか?どのような本かおっしゃっていただければどこにあるのか分かりますが……」


「ほ、本当か!?」


「本当なのシャーロット!?」


 シャーロットの言葉は間違いなく、徹也と治伽にとって吉報そのものであった。

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