第9話

 歩き始めてから少し経つと、治伽が徹也に話しかけた。


「ねえ才無佐君。その、ごめんなさい……」


「……ん?な、何が?」


 徹也は、治伽に謝られた理由が分からなかった。なぜなら、徹也は治伽に謝られるようなことをされた記憶はないからだ。


「私、才無佐君に適正属性がないって聞いた時、安心してしまったの。私は一人じゃないって。あなたにとっては残念なことで、私が喜んではいけないことなのに……」


 治伽は心底申し訳なさそうにそう徹也に伝えた。治伽のその言葉を聞いた徹也は、そういうことかと納得した。そして徹也は、治伽に語りかけ始める。


「別に気にしないぞ?というより、それで望月が安心していられるならそれでいい。俺も一人よりはお前がいてくれてよかったって思ってるし。だから、その、なんて言えばいいんだろうな……。とにかく、気にしなくていい。俺は気にしてないから」


 徹也はしどろもどろになりながらも、治伽にそう伝えた。それを聞いていた治伽は、聞き終わった後にふふっ、と小さく笑って徹也に言葉を返す。


「……ありがとう。才無佐君。本当に、ありがとう」


「……お、おう……」


 治伽のその言葉と顔を見て、徹也は照れてしまい治伽から顔を背けてからそう答えた。そんな徹也を見て、治伽は小さい笑いが止まらない。そして治伽は徹也の顔を指でツンツンと突き始めた。徹也はそれを手で払おうとするが、治伽は気にせずそれを続けた。


 そんな状況が少し続いていたが、それを始まってからずっと見ていた人物が徹也と治伽に声をかけた。


「……仲がよろしいんですね」


 クリスにそう声をかけられた徹也と治伽は、その瞬間動きをピタリと止めて二人揃って顔を赤らめ、すぐにお互いから離れる。それを見て、クリスは笑みを浮かべながら徹也と治伽に質問を投げかけた。


「お二人は、婚約していたりします?付き合っているのは分かっているのですけど……」


「「こ、婚約!!??」」


 予想外の質問に徹也と治伽は驚愕した。そして赤くなっていた徹也と治伽の顔が、更に赤くなる。そして二人そろって否定の言葉を言い出した。


「ち、違います!!婚約なんてそんな……!!そもそも、付き合ってすらいませんから!!」


「そ、そうですよ!望月と付き合うとか……。そもそも俺とじゃ釣り合ってないでしょう?」


 徹也がそう言うと、治伽が顔を赤くしたままで徹也をジト目で見てきた。一方、クリスは首を傾げて徹也に返事をした。


「私が見る限りは釣り合っているというか、お似合いでしたが……。というより、付き合っていないことが少し衝撃なぐらいです」


「……え?そ、そうなんですか……?」


「ええ。途中からイチャイチャしてるようにしか見えませんでしたよ?」


 クリスのその言葉を聞いて徹也と治伽はまた照れてしまい、その顔を赤くした。そろそろこの話に耐えられなくなった治伽は、話を逸らそうとクリスに話しかける。


「そ、それより!書庫はまだですか?えっと……クリスさん、ですよね?」


「……ああ。そういえば自己紹介がまだでしたね。私はクリスティーナ・スカーレットと申します。騎士団の者は愛称であるクリスと呼ばれています。一応ですが、騎士団の副団長です。よろしくお願いしますね」


「よろしくお願いします。私は望月治伽といいます」


「才無佐徹也です。よろしくお願いします」


「はい。それで、書庫のことですが、もうすぐ到着しますよ。先に見えるあの扉の先が書庫です」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 クリスの言う通り、書庫のもうすぐ側まで来ていた。そして書庫の扉まで着くと、クリスがその扉を開けた。


「どうぞ、お入りください」


 クリスにそう促され、徹也と治伽は書庫の中に足を踏み入れた。その書庫はとても広くて、数々の本が置いてあった。その本の数に、徹也と治伽はただただ圧倒された。


「す、すげえ……」


「こんな数の本、初めて見たわ……」


 多い。本の数がとんでもなく多いのだ。辺り一面に本棚があり、そこに本が隙間なく置かれている。


(……この中から探すって、マジで?……いやこれ、無理ゲーじゃね?)


 この膨大な本の中から、必要な情報が載っている本を探す。なんと無謀なことだろうかと、徹也は軽く絶望した。こんなもの、どこにどのような本があるのかという情報がなければやっていられない。


 徹也はチラリと治伽の方を見る。治伽も本があり過ぎてどうすればいいのか分からず、動きが止まっていた。そして治伽も徹也の方を見た。


「……これ、どうするの?才無佐君」


「……俺にも分からん」


 徹也と治伽は顔を見合わせ、同時にため息を吐いた。この中から探すには二人でも足りない。どうすればよいのかと徹也と治伽が途方に暮れていると、クリスが徹也と治伽に声をかけた。


「じゃあ、探し終わったら入ってきた扉から出てきてください。私は扉の側で待っているので。時間が来ればこちらからお知らせします」


「ちょ、ちょっと待ってください!書庫のどこにどんな本があるのか知りませんか!?」


 徹也は書庫から出ていこうとするクリスを慌てて引き止め、そう尋ねる。徹也は少しでも情報が欲しかったのだ。闇雲に探すよりかは、聞いたほうが賢明であると徹也は判断したのだ。


「す、すいません……。書庫には二、三度来たことがあるぐらいで……。あまり知らないのです……。お役に立てず、申し訳ありません……」


「……いえ。そういうことなら、仕方ないと思います。ありがとうございました」


「はい。では、ごゆっくり」


 クリスはそう言って扉を開き外に出て、その扉を閉めた。クリスが書庫からいなくなった後、徹也はまたため息を吐いた。徹也は、まさか何も知らないとは思わなかったのだ。


 そして徹也は一瞬、自分達に情報を与えないようにしているのかと考えたが、クリスを見ていると嘘を付いているとは思えなかった。考えられるのは団長がこれを見越してクリスに案内をさせた可能性ぐらいだろう。


 だが、こうなってしまった以上もうどうしようもないと、徹也は考える。故に徹也は、手当り次第探していくしかないと判断した。せめてクリスにも手伝ってほしかったのだが、それも団長からの指示があるかもしれないので、断念せざるを得なかった。


 そこまで考えた徹也は、またため息を吐いた。先程までのため息と比べると、少し大きいため息であった。そしてその後すぐに、治伽に話しかける。


「……仕方ない。手分けして探そう」


「はぁ……。分かったわ……」


 治伽もため息を吐いてからではあるが徹也に同意し、二手に分かれて各々の必要な情報が載っている本を、手当り次第探し始めた。

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