第63話
「その子がまだ生きている時にみくりを襲ったんなら、その直後に亡くなって、それで何かしらみくりや奈村さんを恨んでるってこと?」
大透が首を捻った。
「いや、ちょっと待てよ。どう見ても十歳前後の女の子が、赤ちゃんを襲おうとするほど大人の男性を憎むもんか?」
稔は信じられなかった。
何も、子供はみんな無垢な天使だなんてお花畑なことを思っている訳ではないが、十歳の少女が他人の家に侵入してまでして赤ん坊を傷つけようとするだなんて―――それほどに人を憎むだなんて俄には信じがたい。
あの人の良さそうな奈村が、何をやらかせば十歳の少女にそれほど憎まれると言うのだ。
「奈村さんが女の子に恨まれるような何かをしたって可能性は―――俺は考えたくない」
天井を見上げて、大透は言った。
「はっきり確かなことがわかるまでは、俺は身近な生きてる人間を信じる」
大透がきっぱりと言うので、稔も頷いた。稔は奈村のことは何も知らないが、あの女の子―――あの霊からはもの凄く厭なものを感じる。はっきり言って関わりたくない。まず、あの匂いが厭だ。湿って腐った、土の匂い。
それと、時々は獣の臭いもする。犬の吠え声のような声も聞こえたし、犬が何か関係あるのだろうか。
「よし、奈村さんにはっきり聞こう」
稔が頭を悩ませていると、大透があっさりと言った。
「何言ってんだ?」
稔は呆れて口を開けた。「十歳前後の女の子の霊に恨まれる心当たりはありますか?」とでも訊くつもりか?いくらこちらが中学生でも激怒されておかしくない。
「だって、ここであーだこーだ言ってたって何もわかんないだろ」
「そりゃそうだけどよ」
この異様な思い切りの良さはどうにかならないのだろうか、と、稔は肩を落とした。
その時、大透の携帯がぴこん、と受信を告げた。「お、樫塚だ」と呟いて液晶を確認した大透の眉が曇る。
「どうした?」
「樫塚から……」
携帯の画面を見せられて、稔は困惑した。文司の「これ、どういうこと?」「床」というコメントの下に、水槽をみつめる稔の写真が添付されている。
「床?」
何が言いたいのかわからず、稔は怪訝に目を細めた。
写真は今日の昼間に大透が撮って文司に送ったものだ。水槽を見つめる稔を少し離れたところから撮った一枚で、稔の全身が収まっている。
「床がなんだよ?」
大透も首を傾げながら文司に返信を送った。すると、間髪入れずに「床が無い。屋内のはずだろ?」と返ってくる。
稔と大透はもう一度じっくりと画面を見つめて、ほぼ同時に顔を上げて目を見合わせた。
薄暗い屋内の写真だから気づかなかったが、文司の言う通り、床が、無い。
水族館の床は、壁と同じ青い床だった。だけど、写真の床は真っ黒い。水槽の明かりに照らされた壁とは明らかに違う。そこに立つ稔の足はその黒い土を踏みしめている。
そう、床が無くなって、写真の中の稔は剥き出しの地面に立っている。
「なんで……」
大透が呆然と呟いた。稔はぞくっと背筋が寒くなって、思わず腕を擦った。
(土……土の匂いといい、何か意味があるのか)
殺されて、埋められた。
あの霊はそう訴えていた。土の匂いもする。では、埋められたというのは本当なのだろうか。それに、奈村が関わっているのか。
「連休明けたら、奈村さんの事務所に行って訊いてみる。その前に、九年前に行方不明の女子児童がいなかったか調べてみるかな……」
大透が口に手を当てて思案していた。勝手にしろとも協力するとも言えず、稔は黙り込むしかなかった。
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