第59話
宿題を終わらせてしまったので暇だ。と、だらだらしていると、同じく暇を持て余している大透から「自由研究しようぜ!」という謎の電話がかかってきた。
「自由研究ってなんだよ?」
どうせオカルト的なことだろうと思いつつ、あまりに暇だったのでのこのこと出てきてしまった。待ち合わせた公園で何故か見知らぬ小学生に混じってアニメのカードファイトをしていた大透に声をかけると、ひらり、と何かのチケットを二枚取り出してニカッと笑う。
「魚類の生態研究」
「水族館?」
隣町にある小さな水族館のチケットだった。
「おやじが知り合いに貰ったんだって。樫塚も誘ったんだけど、あいつ、水族館苦手なんだってさ。なんか、大量の水がガラスを破って流れてくる想像しちゃうって言ってた。イケメンなので繊細なんだな」
オカルト的なことでもなく断る理由もないので、稔は大透と連れだって隣町に向かった。
稔達の住む緑城町より西、斗越町のバス停で降りて、寂れた水族館へ向かう。
「ここ、小学校の遠足で来たことあるわ」
「へー」
観光地の水族館のように巨大な水槽があるわけでもない、こぢんまりとした建物に足を踏み入れると、連休らしく親子連れの客が多くいた。その他はカップルばかりで、今更ながら男二人で水族館はどうなんだ、と思いつつ、なんだかんだで稔も久方ぶりの水族館を楽しんだ。
大透はパシャパシャ写メを撮っては文司に送りつけていた。
一通り順路を巡って、最後に大量のクラゲが泳ぐ細長い円柱型の水槽の前に立った。
「うお~、クラゲ。宇宙を感じるなぁ」
「なんだそりゃ」
大透のよくわからない感想を笑い飛ばし、稔は水の中をふわふわ漂う半透明のクラゲ達を眺めた。
クラゲなんて、一匹だとただの気味の悪い生き物なのに、こうしてたくさん集められると、生き物というより一つの風景にしか見えなくなってくる。
「綺麗だなぁ……」
思わず呟いた。
その瞬間、
どぼぉっ
重い物が沈む音が耳にこだまして、目の前の水槽が茶色くなった。
いや、薄青く輝く水槽の中に、茶色の大きな塊が現れたのだ。
茶色の―――顔が、こちらを見ていた。ざんばらに水の中に広がる髪、黄色いTシャツとチェックのズボン、リボンの付いた赤いカチューシャ。逆さまになった女の子が、水槽の中から稔をじっと見上げてくる。女の子の体から何かが染み出し、水が茶色く染まっていく。
「っ……!!」
稔は後ずさり、段差を踏み外して尻餅を付いた。
「倉井!?」
稔は荒い呼吸を吐き出しながら、水槽をみつめた。青い水槽には大量のクラゲが漂うばかりで、女の子の姿などどこにもない。
「倉井?どうしたんだよ?」
「……悪い。出よう」
「え?うん……大丈夫か?」
心配する大透に言葉少なに返事をして、稔は水族館の出口へと足を向けた。
(いったい、何なんだ……?)
どうして自分につきまとうんだ、と稔は頭を抑えながら思った。
霊なんて、こちらから何かしない限りは関わってこないはずだ。稔には、何の関係もないのだから。
それなのに、あの女の子の霊はどうしてあんなにはっきり稔の前に姿を現すのだろう。
(俺には何も出来ないって言ってるのに……)
建物から出ると、明るい日差しが背中に降りかかってきて、稔はほっと息を吐いた。
太陽を浴びて初めて、体がずいぶん冷えていたことに気づいた。
「そこに座って、休んでから帰ろうか」
「ああ」
植え込みの傍のベンチに稔を座らせた大透が「なんか飲みもん買ってくる」と言って駆け出そうとした時、耳障りな金切り声が辺りの空気を切り裂いた。
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