第58話
***
寝る時間になっても、みくりは腹を立てたままだった。
助けを求めたのに、あいつらはみくりを見捨てた。なんて連中だ。
宮城の息子は幼い頃から幾度かみくりと顔を合わせていたのに、いくら訴えても聞く耳を持たず冷たくみくりを追い返した。許せない。
「どうして、私を助けないのよ!私、こんなに可哀想なのに!」
みくりはベッドに座って枕を殴りつけた。
「あいつら、絶対に私に協力させてやるから」
ぼやきながら布団に入り、みくりは目を閉じた。
枕に顔を押しつけて、うつ伏せになる。背中にかかる掛け布団が、ぞろりと動いた。
ぐ、ぐ、ぐ、と、背中に重みがかかる。布団が重い。毎日重くなっていく気がする。
なんだか不快な振動がして、みくりは入眠寸前のうつつの状態で眉をしかめた。
ゆら、ゆら、と、頭が揺らされる。くぐもった声で呻いた。やめて、と呟くが、不明瞭な呻きにしかならない。
閉じているはずの瞼の裏に、何故か自室の窓が映った。窓の外に、女の子がいる。窓ガラスに両手をついて、みくりを睨んでいる。
そんなはずはない。窓にはカーテンが掛かっているはずだ。それに、みくりの部屋は二階だ。
目を開けて、確認すればいい。
だけど、眠くて目を開けられない。
女の子が、腕を振り上げて何かを投げつけてきた。
べしゃり、と、黒い塊が床に叩きつけられる。濡れた土の匂いがぶわっと空気に混ざった。
女の子は次々に塊を投げつけてくる。窓ガラスは割れていないのに、窓の向こうから投げつけられる塊が床に積もっていって山になる。
やがて、投げるのを止めると、女の子の姿が消えた。
女の子が消えるのと同時に、床の黒い塊がうぞうぞと動き出した。塊のてっぺんから、黒い細かな塊がぼろぼろと床にこぼれ落ちる。まるで、虫が噴き出しているようだ。みくりは首を振った。いやだ。こっちに来ないで。
誰か。誰か来て。お母さん。お父さん。
みくりは助けを求めて手を動かした。シーツの上を這う手が、ずぶり、と何かに突き刺さった。冷やりとした感触。右手にぐちゃぐちゃした何かが絡みついた。
「……っきゃああわあああああああーっ!!」
絶叫をあげて跳ね起きて、ベッドの横に転がり落ちた。どすんっと音がして、膝を強く打った。だが、痛みよりも恐怖の方が大きくて、みくりはぎゃあぎゃあと泣き叫んで床の上をのたうち回った。
「みくり!?」
父と母が飛び込んできて、みくりを助け起こした。
「うああああっうああああっ!!」
「みくり!しっかりしろ!」
よだれを吐き散らして暴れるみくりを抑えつけ、奈村が叫ぶ。みくりが奈村の肩を強く掴み、爪が食い込んで皮膚を削り取る。痛みに顔を歪めながらも、奈村はみくりを抱き上げて部屋から運び出した。潔子も後ろから付いてくる。
叫ぶのを止めたみくりは、力を失ってだらりと奈村の腕にぶら下がっているだけだ。
「あなた……」
潔子が涙を流して言った。
「お祓いしましょう……お願い、私、もうこんなの耐えられないわ」
「……ああ。わかった」
奈村は唇を噛んだ。どうして、自分達がこんな目に遭わされなくてはならないのか。
何もしなかったのに。あの子は、ただ勝手に死んだだけだ。奈村には何も関係がないのに。
「……いつまで、つきまとうつもりなんだ……?」
気を失ったみくりを今のソファに寝かせ、奈村は妻の肩を抱いて吐き捨てた。
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