第47話
***
鏡に映る自分の顔が、ひどく困惑している。
偶然がここまで重なるものだろうか。と、鏡の向こうに問いかける。
偶然でなければなんだというのだ。高遠には、皆が噂しているように藤蒔を呪ったりした覚えは欠片もない。
だが、心のどこかでいい気味だと思っている自分の存在は認めざるを得なかった。
藤蒔はサッカーが出来なくなるかもしれないという。かつて、一度でもそんな目に遭えばいいと望んだことを恥じて後悔する自分と、ざまあみろとせせら笑う自分がいる。どっちが本当の自分なのだろう。
笑っている方ではあってほしくなかった。自分がそこまで落ちた人間だとは思いたくなかった。この痛みの方が、本物であると信じたかった。
ピチャンッ
突然上がった水音に驚いて、高遠は振り返った。
背後にはトイレの個室が並ぶ。戸は全部開いている。間違いない。誰もいない。
トイレの中を見渡した高遠は、辺りが暗くなり始めているのに気付いた。六時間目が終わってすぐトイレに駆け込んで、だいぶ時間が経ってしまったらしい。
(昼休みに藤蒔が早退して、五時間目の終わりにあいつが跳ねられたって知らせが来た)
高遠は、あの時藤蒔が見せた恐怖の表情を思い出した。
(藤蒔は、何を見てあんなに怯えたんだろう。ここには僕しかいなかったのに)
辺りは静まり返っていた。生徒はほとんど下校してしまったらしく、いつもなら教室の方から響く歓声がしない。
自分もそろそろ下校しようと、高遠は出口の戸に手を掛けた。
(——?)
戸が、開かなかった。いつもならスッと開くはずの戸が、どんなに力を込めて押してもびくともしない。
「そんな、なんで……」
高遠は狼狽えた。ほとんど体当たりのようにしてぶつかってみても、戸は動かない。
「どうして……」
……くっ……くっ……くっ
背後で、笑い声がした。押し殺した笑い声。
高遠は、背中にじっとりと汗をかくのを感じた。
誰も、いないはずだ。この中には、自分以外、誰も……
くっ……くっ……くっ……くっ……
ゆっくりと、高遠は振り返った。
その笑い声は、確かに壁に張り付いた鏡から聞こえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます