第32話
「!?」
驚いて、携帯を取り落とす。床は揺れていない。地震じゃ、ない。
揺れはすぐに収まった。
だが、石森は固まったまま動けなかった。ごくりと息を飲み込み、恐る恐る辺りを見回す。何もいない。
だが、こちらを威圧してくるような何かの気配を感じる。
帰れ、出ていけ、消えろ。
はっきりとそう言われているように、石森は感じた。
「樫塚…っ」
石森は携帯を拾い上げると、文司を肩に背負って立ち上がった。
ここにいてはいけない。
まずは文司を外に出さなければ。石森は背の高い文司を担ぐようにして玄関に向かった。だが、玄関の扉が開かない。いくらドアノブを回してもびくともしない。
「なんなんだよ、なんなんだよ……くそっ……!」
焦りと恐怖から、石森は手が震えるのを抑えることが出来なかった。背中にかかる文司の体重と冷えきった体温がなおさら気を焦らせる。
「くそっ!」
苛立ちまかせに扉を蹴りつけると、衝撃によってかようやく扉が僅かに開いた。思わずほっと息を吐きかけた石森だったが、次の瞬間、全身が凍りついた。
扉の向こう、僅かに開いた隙間に、人の顔が覗いた。
じっとりと見上げてくる、恨めしげな目。
石森はドアノブから手を放し、文司ごと後ろに倒れ込んだ。尻餅をついた状態でしまった扉を見つめる。恐怖で息が上手く吸えない。震える手を伸ばして倒れた文司の体を掻き抱く。何が起きているのかはわからない。ただ、あれの狙いが文司だということはわかった。
(玄関が駄目なら、ベランダから…っ)
石森は震える体を鞭打って立ち上がった。文司を肩に担ぎ上げようと屈んだところで、ポケットに突っ込んだ携帯が鳴り出した。一瞬ぎくっとしたが、取り出した液晶にはクラスメイトの名字が表示されていた。石森は勢い込んで通話をスライドした。
「もしもしっ、宮城っ!倉井は?倉井は一緒にいないのかっ!?」
電話の向こうからは一瞬沈黙が返ってきた。石森は構わずに言い募った。
「助けてくれ!倉井に聞いてくれ!どうしたらいいんだ!?」
『……ちょっと、落ち着けよ。どうしたんだよ?』
「樫塚が……」
『樫塚がどうした?』
石森は頭を抱えてへたり込んだ。張り詰めているものが切れてしまいそうで、涙が滲んだ。面白半分で親友を霊能力者に仕立て上げた自分の愚かさがひしひしと身に染みた。なんて馬鹿だったんだ。本物の霊がこんなに怖いだなんて想像もしなかった。
「助けて……」
石森は振り絞るような声で携帯を握り締めた。
電話の向こうがどうやら洒落にならない事態になっているらしいと判断して、大透は稔に指示を仰いだ。
「どうする?」
稔は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。仰がれても困るのだ。稔だってどうしたらいいかなんてわからない。
「とりあえず代わってやってよ」
「ええー……」
気は進まないが、ここで「嫌だ」と言ったらあまりに薄情な気がするので、稔はしぶしぶ携帯を受け取った。
「もしもし?」
『……倉井?』
「おう。樫塚は無事か?」
『樫塚は………が…て』
「?おい、石森?」
『…だ……ん……』
「聞こえねぇよ、何?」
『…………』
石森の声に被さるようにノイズが走って、携帯はぶつぶつと変な音を立てた挙げ句に勝手に切れた。
「何?切れたの?」
「……妨害された」
「霊に?」
「だろうな」
稔はふーっと息を吐いた。大透に携帯を返す。大透は携帯と稔を交互にみやって、ふにゃりと眉毛を下げた。
「助けにいった方がいいかな?」
恐らく、現場は文司の家だろう。
「行ったって、俺達には何も出来ねぇだろ」
稔が答えると、大透は不服そうに口を尖らせた。当然助けにいきたいのだろう。そして、稔に一緒に来て欲しいのだろう。だが、稔は行く気はなかった。だって、行ったって本当に何も出来ない。だが、見捨てると言っている訳でもない。いくらなんでも、このまま放置して帰るのは寝覚めが悪すぎる。
「俺達が行ったってどうしようもない」
稔は決意して言った。
「プロに、頼もう」
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