第31話



「でも、竹原が好きで道連れにしたかったんなら、目的は果たしたんだろうに。なんで樫塚まで」

 大透が首を捻った。

「殺すことは出来ても、死んでも自分のものにはならなかったんだろ」

 稔は竹原の姿を思い浮かべながら言った。

 竹原は優しげな風貌の大人しそうな少年だが、稔をまっすぐに見据える目には意志の強さが込められていた。新たに取り憑かれた文司を助けるために、何度もヒントを示してくれた。

「でも、竹原はずっと図書室にいるんだろ?捕まっていて成仏出来ねぇんじゃねえの?」

「出来ないんじゃなくて、しないのかもな」

 誰かが赤い本に触らないように。自分と同じ犠牲者が出ないように、竹原は図書室で見張っていたのではないか。里舘に聞いた話でも、赤い本を目にした生徒の前に少年の霊が現れると言っていた。稔にはそんな気がした。

 大透もなるほどと言うように頷いた。

「それで今まで竹原以外に犠牲者が出なかったのかー」

 腕を組んでうーんと唸る。

「樫塚は運が悪かったのかなー」

「……それだけじゃねぇかも」

 稔は小さい声で呟いた。

 竹原と文司は雰囲気が似ている。成績優秀で物静かで、二人とも英語が読めて読書家で、二人とも活発な親友がいる。渡辺早弥子は文司のことを竹原と同一視しているのかもしれない。今度こそ完全に自分のものにすると、妄執を燃え上がらせているのかもしれない。

 それにあの時、図書室には稔もいた。竹原の姿を見ることの出来る稔が。

 竹原は、稔に気を取られてしまい、その隙に文司が赤い本に誘導された可能性もある。運が悪かったと言えばその通りだが、そもそもくだらない意地の張り合いで図書室になど行くべきではなかった。

 あの日、図書室に行った全員に責任があると、稔は肩を落とした。




***



 玄関の前まで来て無意識に足が止まった。

 通い慣れた友人の家だ。遊びに来た回数など数えきれやしない。だというのに、石森は知らない場所に来てしまったかのようなざわめきを覚えた。

(なんなんだ……?)

 胸騒ぎがする。文司は無事でいるのだろうか。

 急に不安になって、石森は急いで玄関に駆け寄りインターホンを鳴らした。反応はない。文司の両親は共働きだから、この時間はまだ文司一人のはずだ。中で寝ているのか。眠っていて気付かないのならいいが、万一倒れていたりしたら。

 石森は続けてインターホンを押したが、やはり反応はない。思い切って扉をどんどんと叩いてみたがやはり無反応だった。携帯を鳴らしてみようかと思いつつ、一歩玄関から後ずさった時だった。

 家の中から、かすかな物音が聞こえた。

 気のせい?いや、確かに聞こえた。何か重い物が倒れて割れるような音。

 石森は弾かれたように駆け出した。

 庭の方へ周り込み、ベランダの前に立つ。カーテンが掛かっていて中の様子は見えないが、石森は躊躇うことなく石を拾い上げて窓ガラスに叩きつけた。割れはしなかったが僅かにヒビが入る。石森はショルダーバッグから体育用のTシャツを取り出して右拳に巻き付けた。

 泥棒に間違われようが知ったことか。窓ガラスぐらい貯金全部使ってでも弁償してやる。文司の方が大事に決まっている。

 石森はヒビの中心を殴りつけて窓ガラスを破った。割れた部分に腕を差し入れて内側から鍵を開ける。

「樫塚!」

 ガラスの破片を踏まないように気をつけながら室内に入る。薄暗いリビングの隅で、何かが動いた。

「樫塚!」

 文司が倒れていた。制服を着ている。まさか朝からずっと倒れていたのでは、と石森は青くなった。

 駆け寄って肩を揺らすと、不明瞭な呻き声を上げてうっすらと目を開ける。

「しっかりしろ!」

 文司の横にはシルクジャスミンの鉢が倒れて土が飛び散っている。倒れる際にローテーブルの上の花瓶を巻き添えにしたらしく、色付きのガラスが土と共に散らばっていた。先程の音の正体はこれだったのだろう。石森は文司に怪我がないのを確認して助け起こした。とにかく、救急車を呼ばなくては、石森は片手で鞄から携帯を取り出した。

 だがその時、リビングの家具が突然ガタガタと音を立てて激しく揺れ出した。

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