第5話




 放課後、大透がデジカメを取り返しに行くのに付き合わされ、稔は職員室に向かった。

「もう持ってくるなよ」

「それはお約束致しかねます」

「お前なぁ……」

 あくまで正直な大透の態度に、勝俣が肩をすくめる。

「ま、それなら教師に見つからないようにすることだな」

 稔も大透もおや、と思った。勝俣先生といえば今は滅びた謹厳実直な教師の生き残りと言われているのだが、案外話の通じる一面があるのかもしれない。

「そうだ!勝俣先生って十年以上この学校にいますよね?」

 大透が身を乗り出した。

「八年前の事故って覚えてます?」

「八年前……?」

 勝俣の顔が怪訝に歪められた。

「まさかお前達、図書室に霊が出るなんてしょうもない噂を信じてるんじゃないだろうな」

 信じるも信じないも生徒の一人が腕を掴まれているのだが、もちろん勝俣はそんなこと知る由もない。

「確かに、八年前に図書室で亡くなった生徒がいるのは事実だ。だが、噂は勝手に一人歩きした根も葉もないものだぞ。くだらないことを話すのはやめなさい」

「えー、でも、火のないところに煙は立たないって言うじゃないですか」

 大透が食い下がると、勝俣は難しい顔で腕を組み直した。その態度に、稔はこの話題は止めた方がいいと悟って大透の袖を引いた。

「おい、やめろって」

 だが、大透は引き下がらない。

「誰か見た人がいるんでしょう?」

 大透が重ねて尋ねると、勝俣は深く溜め息を吐いて話し出した。

「……いいか。噂では本棚が倒れて生徒が亡くなったということになっているが、実際は違う」

「違うんですか?」

「ああ。図書室で倒れている生徒達を見つけた時、本は何冊か散らばっていたが、棚は倒れちゃいなかった。そもそもうちの本棚はしっかり耐震措置が施してある」

「じゃあ、なんで?」

 勝俣は沈痛な表情で目を閉じた。

「わからん。一応は心臓発作ということになったが……亡くなった生徒は大人しく本が好きな子だったが、健康には何の問題もなかった。その直後に蔵書を大量に処分したんで、それで本棚がどうのという噂が立ったんだろう」

「え?ってことは、今よりも本があったっていうことですか?」

 勝俣の言葉に、大透が声を上げた。

「そうさ。昔は今より大きい図書室だった。本を減らした時に、余ったスペースに間仕切りを作って、倉庫にしてしまったんだ」

 今でも充分頭痛がしそうなほどの量があるのに、あれ以上本が多かったなんて……

 稔と大透は同時に同じことを思った。

「昔の人って読書家ね……」

「とにかく、くだらん噂をするのは止めなさい」

 ぴしゃりと言い放って、勝俣はこちらに背を向けた。稔は大透の手を引っ張って職員室を後にした。

「お、樫塚だ」

 廊下の窓から校門をくぐる文司の姿を見つけ、大透がデジカメを構える。

「うーん、絵になるねぇ。夕日と少年。樫塚って本当にイケメンだよな」

 確かに、遠目に見るその姿は映画のワンシーンのようだった。両腕に付いている肘から先の二本の手さえ見えなければ。

「顔いいし、背高いし、頭いいし。男子校なんかに入らなきゃモッテモテだったろうにな」

「そうだな」

 それにしても、あの日図書室に入った四人の中で、文司だけが取り憑かれたのは何故だろう。稔と大透はさっさと退出したから無事だったのかもしれないが、石森は文司とともに行動したはずだ。だが、石森には霊が取り憑いているような気配はない。

(まさか、美形だから霊にもモテてるって訳でもないだろうに)

 そもそもここは男子校で幽霊も男子生徒だ。

(まあ……俺には関係ないけど)

 稔は遠ざかっていく文司の背中からすっと目を逸らした。



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