百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜

荒瀬ヤヒロ

第一話「白い手」

第1話




 つんつんと背中をつつかれて、みのるは振り向いた。

 後ろの席から身を乗り出していた少年が、にこにこしながら

「な、小学校どこだった?」

と尋ねてきた。

「立南」

 稔もにこっと微笑んで答える。後ろの席の少年は少し驚いたような顔をした。

「へー、隣町の?俺は緑城小から。名前は?」

倉井くらい みのる

 稔が答えると、少年は首を傾げた。

「倉井?どっかで聞いたことあんなぁ……倉井稔……くらい……」

「幼稚園同じだったかも。この近くののぞみ幼稚園……」

 自分は小学校は隣町のに通ったけれど、幼稚園まではこの町にいたと、稔が説明する前に、少年がうれしそうに叫んだ。

「ああっ、思い出した!『たんぽぽ組のれーのーりょくしゃ』!」

「……え?」

 思えばこれが、稔のろくでもない六年間の始まりであった。




***




 倉井くらい みのるは小さい頃から不思議なものを見ることが多かった。

 それでいろいろと苦労もしたが、大きくなるにつれて、そういったものを見ることも少なくなっていった。

 今ではもう、滅多に見ない。

 だというのに———

「倉井ーっ」

 背後からかかった声に、稔は顔をしかめた。

「ほら見てくれよ。今月の『怪奇マガジン』。衝撃恐怖写真特集なんだよ。この中にどれくらい本物あると思う?なあなあなあ」

 足早にやり過ごそうとした稔だったが、にこにこ笑顔の宮城みやぎ 大透ともゆきに後ろから羽交い締めにされてしまった。

 よりにもよって、入学初日の席決めで後ろの席になったのが重度の心霊マニアで、しかも稔の幼稚園時代の噂を知っていたのだから始末に負えない。同じ小学校出身者が固まらないように配置するという内大砂の伝統が恨めしい。普通に出席番号順にしてくれりゃ良かったのに。

(俺は平凡に暮らしたいのに……)

 稔は大きな溜め息を吐いた。その後ろでは大透が雑誌を指差して「でも、このUFOは絶対に鍋の蓋だよな」などとのたまっている。

「おはよー」

 大透の戯言を無視して、稔は教室の戸を開けた。

 だが、教室にいた生徒達は皆一ヵ所に集まって黒山の人集りが出来ていて、誰も稔達が入ってきたのに気付かないようだった。

「なんだなんだ?おもしろそ」

 大透が鞄からいそいそと取り出したデジカメを構えるのを見て、稔は呆れた視線を送る。

 人集りの中心にいるのは二人の生徒だった。一人がもう一人の顔に手をかざして、なにやらぶつぶつ呟いているのが見えた。

「何やってんだ?」

 大透が近くにいた石森という生徒に尋ねる。

「吉田が登校途中に猫の死体を目撃したらしくてさ」

 石森が少し大きな声で答えた。

「嫌なもん見たせいか気分が悪いってのを、樫塚が「悪い気が憑いてるから祓う」って」

 石森がこう教えてくれた直後、その吉田が驚いた様子で叫んだ。

「治った!」

「えーっ、マジかよっ」

 教室中から半信半疑の野次が飛ぶ。とうの吉田も信じられない様子で興奮している。

「嘘みてー、あんなに気持ち悪くて頭が痛かったのに」

 教室中がざわめく中、騒ぎの中心にいる樫塚かしづか 文司ふみかずだけが平然としている。まだ入学してからいくらも経っていないため、稔が文司の顔をじっくり見たのはこれが初めてだった。稔や大透よりも背が高く、スラッとした体格の美形である。些か所作が演技がかっているが、それも似合うほどに大人っぽい。

「へー、樫塚も霊能力あんのかー」

「ああ。俺、同じ小学校だったけど、よく誰もいないとこ指差して、そこに女の子がいる、とか……」

 大透の言葉に石森が相槌を打つ。

「へー、同じクラスに二人も霊能力者が!こりゃ、楽しい六年間になりそーだっ」

 余計なことを言い出した大透を稔が押さえつけるより早く、文司が問い返した。

「二人?」

「その通り。ここにおられる」

 非常に嫌な予感がして、慌てて逃げようとした稔だったが、時すでに遅く、大透に制服をしっかり捕まれてしまっていた。

 大透は嫌がる稔を無理矢理みんなの前に引きずり出して、声高らかに宣言した。

「最強の霊能力者!倉井稔様のことなりーっ」

「ち、違う違うっ!俺は無実だっ!」

 混乱して訳のわからないことを口走る稔。

「えーなになに?」

「倉井も霊能力あんだってよ」

「うそー。マジで?」

「かっけーじゃん!」

「何かやって見せてくれよ」

「どっかに心霊スポットとかねえか?二人に除霊させようぜ!」

 元々興奮していた上に新しい情報は流れるように教室中に伝わって、稔の「ちが……」「俺はただ……」「平凡な……」という小さな呻きにも似た抗議はあっさりかき消された。

(なんで俺がこんな目に……)

 一瞬、これまでの人生が走馬燈のように駆け巡り、目の前が真っ暗になった。今度こそ平凡な生活を送るためにこの町に戻ってきたのに。

「そーだっ!二人で図書室の霊を除霊するっていうのはどうだ?」

 石森がそんなことを言い出した。

「図書室?」

 大透が問い返す。

「宮城、く、倉井放っといていいのか?」

 文司は、遠ざかっていく『平凡な生活』という幻に向かって手を伸ばす稔の方を見ていて、二人の話を聞いていない。

「俺には見えない何かを見ている……」

 文司に言われて大透が振り返ると、確かに見えない何かを追いかけようとしている稔の姿が目に入った。

「どーどー」

 大透は稔を捕まえて宥め始めた。そんな二人を呆気に取られたような表情で眺める文司。そんなことにはお構いなしに話を進める石森。

「八年前に、倒れた本棚の下敷きになって死んだ生徒がいるんだってよ。その幽霊が出るって、結構有名な噂らしいぜ」

 石森が言う。

「な、行ってみようぜ。図書室。樫塚と倉井、二人も霊能力者がいりゃ安心じゃん」

 石森の誘いに、文司はサラサラの前髪をかき上げながら答えた。

「いいよ。じゃあ、今日の放課後にでも図書室に行ってみようか」



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