第9話 ちょっと遊びたくなっちゃって付き合ってもらってたんだよ
「よーし、今日はここまで。各自汗を流したら夕食までは自由時間とするように!」
「はい!」
そんなこんなで慰労合宿当日。
僕と葵ちゃんとテニスサークルの皆さんが向かった場所は残暑も届かない避暑地・軽井沢だった。
青々とした美しい山々と穏やかな湖に囲まれたロケーションでのテニスはいつもと違った楽しさがあるのか、皆笑顔でラケットを振るっている様はとても和気あいあいとしていた。
慰労合宿とはいえど、サークル内恋愛禁止のテニスサークルに集まるような人々は総じて皆テニス好き。爽やかな汗をかいて楽しむ彼らにタオルを用意したり、それぞれのドリンクを管理したり……確かに合宿の参加人数を考えると臨時マネージャーを用意するのも納得の忙しさだった。これでも普段に比べると仕事の種類は少ない方なのだろうけど……
さて、今日のサークルとしての活動はこれで終わり。結城先輩らプレイヤーの方々と一緒にボールを片付けていれば、元気のいいポニーテールがふわりと視界をよぎる
「お疲れ、葵ちゃん」
「うん、理人くんもお疲れさま!」
今日の葵ちゃんはスポーツウェアにポニーテールといったいでたちだ。普段のおしとやかな彼女とはまた違った魅力を感じ、ついつい頬が緩んでしまう。
「この後ごはん楽しみだね。ビンゴ大会もあるんだって!」
「良い景品当てたいよね」
彼女もまた非日常にちょっぴりはしゃいでいるのか、ワクワクしている様子が見て取れて非常に可愛らしい。
「きょ、今日の葵ちゃん、なんか可愛いね……」
だから言葉にするのはかなり苦手な僕だけれど、少し勇気を出してみて精一杯口にしてみたのだ。
ちらりと彼女の反応を盗み見れば、ポカンと呆気に取られている。
そこで僕はようやくいつも彼女は可愛くおしゃれしているのに、普段よりラフなスポーツウェア姿を先に褒めてしまった大罪に気づいたのだった。
「あ、ほらその、僕ポニテ好きで……!」
「あっ! そうなんだ。うん、ありがとう。嬉しい!」
だから慌てて訂正すればぽわーと口を開いてた彼女がハッと我に返ってすぐさまニコニコと笑いかけてくれる。それでも彼女を傷つけてしまったんじゃないかという疑惑が晴れないまま、僕らは準備の為に一旦別れたのだった。
僕に怒るなら怒ってくれればいい。けどもしこれで「女の子のおしゃれも分からない人なんか嫌い!」なんて思われて捨てられてしまったらどうしよう…!
「なんかあったのか。彼氏クン?」
よっぽどひどい顔をしていたのだろう。部屋に入るなりポン、と後ろから肩を叩かれる。同室である結城先輩だ。
動機は非常に不純ではあるものの、実際女心をよく把握している結城先輩なら彼女に対してどう謝るべきかもわかるかもしれない。そう思って僕は事の次第を話したのだが……
「まぁ、人によってはかなり嫌われるな」
返ってきたのはあまりにも無慈悲な返答だった。いやわかる。僕だって数万円するフィギュアとくじの景品のフィギュアを一緒くたにされたら恐らくいい気分はしないだろう。確かに違った良さがあるものの、そこにかけられたコストが遥かに違う。
「どうするよ。傷心の藤本に言い寄る男ども。揺れる女心……駆けつける彼氏……『理人くんかっこいい(裏声)』……深まる絆……」
「やめてください。それ途中から自分の趣味でしょ!」
当て馬が絡む波瀾万丈なラブコメを望む性癖さえなければ良い人なのにと眉を顰めていれば、不意に結城先輩が考え込む素振りを見せる。
「ただそういうのって実際手間かける立場にならないとわからないよな……そうだ!」
結城先輩自体、元から顔立ちが整っている方だとは思うがそれに加えてファッションにも気を遣っているらしくそういう女心には理解があるらしい。
さてどうしたものかと悩む僕に対し、先輩は自身の荷物からいくらか服やスタイリング剤を取り出すと晴れやかな笑顔を浮かべたのだった。
「まずは習うより慣れろ、だ。彼氏クン!」
たどり着いた食事会場。元より豪華と言われていることもあって楽しみにしていたのだが、今の僕はもうそれどころじゃない。
視線を感じるし、もしかしたらかなりおかしいのかもしれない……
「こういうのは堂々としてる方がおかしくないぞ。彼氏クンだって顔は悪くないんだしちゃんとしとけ」
ぱす、と丸まりかけていた背中を叩かれて慌てて背筋を伸ばす。と、こちらに向かって駆けてくる人影が視界に入ってきた。
「あ、結城先輩! 理人くん見ませんでした……って……理人くん?」
「あっ、これはその……」
彼女が目を丸くするのも仕方がないだろう。普段パーカーとズボンばかりの僕が先輩の私物とはいえ黒地のシャツを着ているからだ。少しだぼついてるのがオシャレらしいのだが、いまいち僕にはよく分からない。オーバーサイズは楽だからじゃないのか?
極め付けはスタイリング剤で少し前髪をかきあげているところだろうか。普段重めの前髪の視界に慣れているせいか、どうにも慣れなくて落ち着かなかった。
「えっ、すごい。どうしたの……?」
「ちょっと遊びたくなっちゃって付き合ってもらったんだよ、なっ?」
まさか君の気持ちを理解したくて、とも言えず口ごもる僕とは別に結城先輩はすらすらと台詞を紡いでゆく。特に嘘というわけでもないから厄介だ。
「そ、そっか……うん、えっと……」
そう言って俯いてしまう葵ちゃんの表情は少し硬い。ああやっぱり好みじゃなかったのか?なんて慌てる僕らの間に明るい声が割り込んできた。
「え〜っ、すごい! マネージャー君めっちゃかっこよくなってるじゃん!」
「ほんとだ、よかったねぇ!」
「えっ? あ、ありがとうございます……?」
女子マネージャーの方々を含む女性陣の面々だ。サークル内は恋愛禁止だが男女間での交流がないわけではなく、むしろ性別の隔たりなく皆で切磋琢磨している様子が今日の活動で少しわかったような気がする。そんな彼女たちは僕相手であっても分け隔てなく親しげに接してくるものだからこそばゆさと謎の申し訳なさがすごかった。陽キャこわい。
「だろ? 俺は磨けば光ると思ってたんだよ。少し頑張れば彼女のこともっと惚れさせられるんじゃないか?」
「えっ、彼女いるの? いいなあ、羨まし〜!」
僕を置いてきゃいきゃいと盛り上がっていくのは少し困るけど、実際葵ちゃんが僕のことをもっと好きになってくれるのなら少し怖いけどたまには良いかもしれない。そう思って口を開こうとした瞬間だった。
「ま、理人くん……!」
後ろからぎゅぅ、と彼女が腕に抱きついて僕を引き止める。ぽかんと呆気に取られる僕に、葵ちゃんは少し怒ったように眉を吊り上げると一生懸命な様子で口を開いたのだった。
「わ、私が一番かっこいいって思ってるよ……!」
「うぇっ?」
かっこいい?!
お互い恋愛ベタということで可愛いだの好きだのかっこいいだのがうまく口に出来ていない僕らだったので、新鮮な「かっこいい」に見る見る内に頬に熱がたまってゆく。
「その、さっきはちょっと、違う人みたいで緊張しちゃって言うの遅れちゃったけど……今日の理人くんも、いつもの理人くんもかっこよくて、ううん、かっこよくなくても……」
そこまで口にして少しの間もごもごと言いよどんでいたものの、意を決してぱっと顔を上げた彼女の頬は真っ赤に染まっていて、瞳はきらきらと輝いていた。
「だ、だいすき……」
けれどやっぱり恥ずかしかったのか、結局尻すぼみになってしまった告白を言い終えない内に彼女はポニーテールを揺らして去ってゆく。
後に残されたのは感動とときめきで動けない僕と「おお…」とどよめく結城先輩たちだった。
「……藤本はいつもの彼氏クンも今日の彼氏クンも好きだって」
その言葉にようやく我に返った僕は、慌てて彼女を追いかけながら頭の中で次の台詞を噛まないように練習するのだった。
「僕もどんな葵ちゃんも大好きだよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます