よるさんぽ
夜久巴
第1話 よるさんぽ
空気を冷やそうと必死なエアコンの音、カチカチと時を刻む安い時計の音、高速道路を自由に走る車の音、そして意識した事で苦しく感じる自分の呼吸の音……。
眠れないひとときに僕の耳に入るのはこれだけ。もっと多くの音が夜の世界にはありふれているのかもしれないけれど、築二十年の学生アパートの一室にはこれだけだ。
寝ようと意識すると、逆にまったく眠れなくなるという経験は他の人にもあるのだろうか。今度誰かに聞いてみようか。あんまり興味もないからやめよう。まずそんなこと聞ける友達は一人しかいないのに。碌な答えを返してくれないような奴だから聞くだけ無駄だ。あいつ今何してんのかな。まあ寝てるか。間違いなく。しかし、奴はいつでも寝ている気がする。いつ起きているのだろうか。大学でご飯を食べているときだけなのではないか。そんなわけないか。……くだらねぇ。
こんな考えても睡眠には近づかない思考が僕の頭の中を乱回転している。ポップコーンメーカーみたいだなと今日は思った。いや球体の中でくじ引きが強風に晒され飛び回ってる機械の方が近いなと結局考えを続けてしまう。本当に無駄な思考である。
おもむろに僕はスマホの画面を点けた。2時半か。ベットに入ったのは確か12時頃であったから、二時間半も目を閉じて意識が飛ぶのを待っていたことになる。本当に僕は寝つきが悪いと思う。
いつからこうなってしまったんだろうか。幼い時には布団に入った瞬間に寝ることができていた気がする。両親にも太鼓判を押されていたほどだ。その代わりに起きるのは非常に苦手であったが。
おそらく大学生になってからであろう。大学生は人生の夏休みとはよく言ったもので、一日中スマホを見続けても許される。そんな生活は僕の自律神経を、生活サイクルを完全に破壊してしまった。僕以外にも同じような境遇の大学生はたくさんいるだろう。是非一度アンケートを取らせてほしい。駄目だ。僕人見知りだ。話しかけてアンケートとる勇気なんてない。
そういえば夏休みに一人で大学を歩いていたら変なアンケートを答えさせられたな。気味の悪い笑顔を浮かべた男二人組だった。気持ち悪かった。駄目だ。他人に気持ち悪いと思ってしまうなんて。なんて心の汚い奴だ。抑えろ。綺麗なことを考えろ。いや誰も僕の頭の中なんて見れないんだからそんなことを考える必要はないだろう。嫌、でも……どうでもいいや、くだらねえ。
なんで寝る前の思考はすぐにあちらこちらに飛ぶのだろうか。本当に意味が分からない。意味なんてないのかもしれないけれど。ああ耐えられない。この眠れない時間が。
このところほぼ毎日なのだ。この眠れず不快な時間を長く過ごすのは。どうしてくれるんだ。明日も大学の授業があるから朝早いのに。
こんなことを考えても全くの無駄だ。くだらねえ。
「散歩行くかあ」
眠れない時間を潰す為に夜の散歩を始めた。それが習慣になりつつある事に何だか罪悪感を感じる。なんでだろうか。知らない。
エアコンを止めた。イヤフォンを耳に着けた。玄関に向かいサンダルのベルトを締めた。おっと水を飲むのを忘れていた。コップ一杯でも飲んでおかないと体に悪いからな。
蛇口を捻る。コップに水をくむ。いつも通り清涼飲料水のCMのようにうまそうに音を鳴らして飲んでみた。これをやってもあんまり味は変わらない。しかしなぜだか今日はいつもより美味しく感じた。なんでだろうか?
どうでもいいやくだらねえ。
再び玄関に向かい、サンダルのベルトを締める。鍵をあけ、ドアを開く。
少し肌寒いが逆に心地よくなる温度だ。最高だな。そして一歩目を踏み出した。
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さて今日はどの道を行こうか。いつもは選ばない道がいいな。そんなことを考えながら歩き始めた。
何か面白いことがるといいなぁ。同じような眠れない人間いるかねぇ。そんな都合のいい人間いないか。
大体こんな時間に散歩している人は危ないから。まあそんな人間に会うのが趣味の私がいえる事ではないが。
あれ、前からサンダル鳴らして歩く男が接近してきた。ぼやけて見える男の体格は中肉中背といったところかな。
……なぜか怖い。怖い。怖い。
通り過ぎていった。怖いなぁ。何なんだろうあの男は。しかし、それと同時に興味もわいたなぁ。次のターゲットは彼かな。明日も会えますように。バイバイ。サンダル鳴らし音漏れイヤフォン君。略してサンダルフォン君。はは、つまんなーーーい。
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