深夜一時のパレード

雨屋蛸介

深夜一時のパレード

 窓の外には静かな夜が広がっていた。窓から見える近くの街灯の蛍光灯がちかちかと点滅を繰り返し、その周りには蛾が三匹ほど群がっている。深夜一時、アパート前の道路に通行人はいない。おれはと言えば缶を傾け、底に残った一滴の酒まで飲み干そうとしていた。

 古びたアパートの六畳一間、蛍光灯は三日前に寿命を迎えたが買いに行くのが億劫で懐中電灯で穴埋めをしている。カーテンを開け放していれば外からの明かりもあって晩酌をするには十分だった。

 万年床の上に広げた夕飯代わりの晩酌。コンビニで買ったプライベートブランド商品のソーセージを温めたものとストロングゼロが三本。一本は空になって、二本目は今手にしている。なかなか最後の一滴が出てこない。三本目はぬるまって万年床に身を投げ出している。綿の潰れた枕の周りには半分ひしゃげた缶がごろごろしていて、その総数を数えようという気にはならない。昨日食べたウインナーの容器が足元に転がっていて、こばえが汁に群がっていた。

 おれは三本目の缶に手を伸ばし、プルタブを引いた。カシュと音がして、続いてぱちぱちとかすかに泡のはじける音がした。音のない部屋にそれはよく響く気がした。缶の中身を一気に三分の一くらい飲み干して、冷えたソーセージを一口かじる。

 壁を見ると積み上がったごみの影が小刻みに震えていた。懐中電灯の明かりに共鳴するようにしてふらふらしている。やがてその影絵の山がぶるぶるっと震えて、ぽんっと噴火した。山頂から噴き出した岩はくるくる回って、黒から鮮やかな赤や青に変化する。変化した岩は床に落ちて、むくむくと膨らんで小さな象になる。象は耳をぱたぱたさせながら後ろ足だけで立ち上がり、おーおーと叫びながら畳の上を行進しはじめる。

 下半分をごみに埋めたテレビは砂嵐を映し、それから兄を映した。兄はこちらに向かって説教を始める。毎日決まって同じ文句である。おれは飲み干したストロングゼロの缶詰を兄の鼻先に向かって投げつける。こーんっと音を立てて命中し、それからテレビはまた砂嵐に戻る。

 象たちはおーおーと叫び、それからぷわぷわとラッパを吹き鳴らしていた。おれを二重三重に取り囲み、ラッパとたいこでもってリズムをとって踊ったり歌ったりしている。しかしその歌や踊りはあまり上手いといえず、おれはぐわぐわと頭を揺さぶられる気持ちがした。まるで大きい人が俺の頭を掴んで揺さぶっているみたいだった。実際影がにゅうっと伸びて俺の頭を掴んではいた。それからそいつはにたにた笑って、ほらあいつが歌うだろう、その歌詞をよく聞くんだとおれにささやいた。どの象のことを指しているのかわからなかったが、象たちは確かに日本語で歌っていた。何かが来ると繰り返しているがうまく聞き取れなかった。

 おれは三本目を空けてしまい、四本目をどうするか考えた。ふと顔を上げて窓を見ると、小学校の頃同じクラスだった三木谷と戸塚が落ちくぼんだ目をにこにこと細めてこちらを見ていた。そいつらはぽっかりと暗い口を開けて歌っているようだった。よく見れば象の行進に合わせて体を揺らしている。ほらお前も来たらいい、■■が来るから乗ったらいい。そんなことを声変わりをしていない妙な高さの声で歌っていた。

そこはつまらないだろうと戸塚が低い声で言った。踊りながら手招きをしている。おれはそれもそうだと思ったが、もうすっかり疲れていたおれの身体は立ち上がることを億劫がった。

 また今度なとおれは二人に手を振った。四本目を飲むことも放棄して、おれは畳に目を落とす。昨日はどこまで解読したんだったか。確か十三段目の中盤に核となる文章があった。こんな古びたアパートの角部屋に神の啓示が書かれているなんて法王だって知る由もない。

 頭の上を小さな紙飛行機が飛び交っている。おれは気を取られまいとしながらじっと畳を見つめ解読を続けた。

 深夜二時、まだ夜は明けない。

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深夜一時のパレード 雨屋蛸介 @Takosuke_Ameya

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