映像記録
映像記録① 夜の惨状
月光が怪しげに輝き、漆黒の森林をかすかに照らす。木々は風で揺らめき、気味の悪い音を立てていた。
暗い夜道の中、騎士たちは馬上から剣を抜き、誰かに刃を向けている。甲冑を身に着けた男たちに囲まれているのは、女であった。それもただの女ではない。
腰まである白銀の髪は、夜の闇の中でも輝きを放ち、グリーンの大きな瞳は新緑、唇は血のように赤い。外套の上からでもわかるほど、抜群のプロポーションを持っている。人間離れした美しさとは、まさにこの女のことをを指すに違いない。
「我が王の居場所は何処か! 」
「貴殿によく似た乙女らが、王を船に連れ去ったというではないか」
「王の姉君だからといって、容赦は致しませぬぞ!!」
どうやら騎士たちは、この女から主君を取り返そうとしているようだ。しかも女は彼らの主君の実の姉だという。
一人の騎士が馬から降り、改めて剣を女に向けた。素人でもわかるほど、その剣は磨き上げられ、鋭い切っ先を持っている。他の騎士は逃げられないように、女の周りを取り囲んだ。
もうすぐ剣で切り刻まれるかもしれない、命の終わりがすぐそばにやってきている。だというのに、女は泣き叫ぶことも、命乞いをすることもなく、騎士らに向けて、眉をひそめてこう言い放った。
「まぁ、恐ろしい。か弱い乙女に剣を向けるだなんて、皆さま弟によく似て野蛮ですこと」
クスリと嘲笑する声が聞こえた。それは女が発したものだ。騎士たちは愕然とする。この女は怯えるどころか、自分たちに皮肉を言い、あまつさえ、己が主君を侮辱したのだ。
もはや騎士たちに、女に対する憐憫は残っていない。あれは主君の敵であり、倒すべき妖姫である。そう判断したのだった。
激情に燃えた騎士が、女に剣を振り下ろす。女はそれを避ける素振りすら見せず、懐から何かを取り出した。
それは、一本の剣だった。刃こぼれ一つない見事な刀身は銀の輝きを持ち、鞘には宝石が星々のように散りばめられている。
その剣は、かの王に仕える騎士ならば、誰でも知っているであろう聖剣。湖の乙女と大魔術師から譲り受けた魔法の剣、このブリテンを統べる王の証。
「な、なぜ貴様がそれを!?」
「まずい! 総員退却せよ!!」
剣を振り下ろした騎士は、驚愕で目を見開く。馬上の騎士は、馬の脇腹を蹴りつけて、一刻も早くにこの場を立ち去ろうとした。
このブリテンの騎士たちは、その聖剣の凄まじい威力を知っている。『敵のみを傷つける聖剣』。故に勝機はないと判断し、退却を促したのだ。ただ、彼らは惜しかった。
あと少し早ければ、『あんな死体』にならずにすんだものを……
「焼き払え」
聖剣を構えた女が、淡々とした調子で言った。その声には感情はまるで感じられず、凍り付きそうなほど冷淡であった。
瞬間、銀の刀身が目もくらむほどに輝き、切っ先から白銀の光線が放たれた。まるで彗星のような速さで光線は突き進み、目の前にいた騎士と馬を包みこんだ。
即死だ。あまりの高温、あまりの熱量、人間の骨すら焼き切る白銀。光の中で彼らは、一瞬で焼かれて灰になったのだ。
「……ふふっ」
緑豊かな森林の中に、大量の灰の山があった。それが先ほどまで、生きていた人間だと誰も思うまい。そもそも木々が、周辺が燃えていないのだ、誰も気づくはずがない。あまりの惨さに、常人ならば嘔吐するか気絶するだろう。
しかし、そんな自らが作り出した地獄絵図を前に、女は笑っていた。心底楽しそうに、目を細めて口角を上げて。
「あっはははははははは!!」
静寂の中で、女の高笑いが響いている。その声を聴くのは月光と森林のみ、誰もこの惨状を知ることはなかった。
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