第1-1話 『神城叶』との出会い

1.

 俺には兄が二人居る。どちらも社会人だ。高校を卒業して直ぐに就職した。

 弟も二人居る。双子で、今は高校一年生になる。

 俺は真ん中も真ん中だった。そのポジションは、良くも悪くもやっぱり俺の人格形成に大きな影響を及ぼしたのだと思う。


「俺、大学行かないから。高校卒業したら、働くわ」

「何言ってんだよ。お前は大学行けよ、芳樹よしき


 俺の何気ないぼやきを過剰に拾い上げたのは下の兄ちゃんだった。残業から帰って来てしんどいはずなのに、残っていた洗い物をしている。因みに、上の兄ちゃんはまだ帰ってきていない。両親も。…まぁ、親父はどうせパチンコだけど。下二人はすっかり風呂から上がり、寝室でゲームをしていた。


「お前には我慢ばっかりさせてたからな。いいじゃん、大学。行きたいんだろ?」

「別に…。くそ高いじゃん、学費。四年も通わなきゃだし。俺が大学行ったら、しゅんたすくはどうすんだよ? 大学行けないじゃん」

「それはその時に考えればいいんだよ。なんとかなるって」


 あいつら頭いいし、特待生とか狙えるんじゃないの?なんて他人事だ。俺は兄ちゃんの隣に立って、洗った食器を拭いて食器棚に片付ける。後でやろうと思ってたから置いといてくれたら良かったのに…。何も、疲れて帰ってきた兄ちゃんにやらそうなんて思ってなかった。兄ちゃんは俺がちょっと不満そうにしていたことに目敏く気が付く。


「言いたいことは言えばいいじゃん。我慢すんなよ。もう、弟達も高一だし。俺らは社会人だし。いい加減、甘えたら?」

「……甘えるって」


 そんな歳でもねぇし、とその時はそんな風にぼやいたが、その夏、地元の大学のオープンキャンパスに行っている自分がいた。





「…………どこ、会場」


 しかし広い敷地内で、どうも自分は迷子になってしまったらしかった。講義棟Aの203って何処よ?普通、案内の紙とか貼ってない?取り敢えず人が流れている方へ行こうと適当に歩いたのがいけなかった。ますます、分からん。何処よ、此処?…背の低いプレハブ小屋が軒を連ねていた。講義棟と言うよりは、部室棟と言った方が正しいのかもしれない。

 ひょっとすると神様が「諦めろ」と言っているのかもしれないなぁ、と思った。お前も働け。兄達のように。早く家にお金を入れて、母親に楽をさせてやれ。ーーーそんな風に。

 オープンキャンパスにエントリーはしていたけど、受験もしないならブッチして感じが悪くなろうとも関係無いだろうな、そう思って踵を返す。


「あれ? どしたの、君、迷子?」


 そんな時だった。柔らかい声がかかる。

 振り返ると、声から受けた印象通りの柔和な顔が俺を見て微笑んだ。


「もしかして、オープンキャンパス?」


 その人は俺とそんなに年齢が変わらないのではないかと思うような見た目だったが、胸に職員の証であるネームプレートを付けていた。『神城』と書かれているその字ズラは、目の前のこの中性的な顔立ちの男の人にしっくりと来た。色素の薄い髪が日の光に当たり、きらきらと光って見えるあたり、俺とは違う世界の人間のようだった。


「無駄に広いでしょ? この大学。あっ、志望してる子に『無駄』とか言っちゃダメか」


 案内してあげるよ。着いて来て。

 と、先頭に立って振り返るその姿が逆光になって目を細めた。

 道すがら、名前だけの簡単な自己紹介をした。その人の名前は、『神城叶かみしろかなえ』と言うらしい。下の名前まで彼の外見にしっくりと来る。男にしては細い手足、白い肌。それから、伸ばしている髪を一つに束ねているところ。その全てがしっくりとハマっている感じがあって、俺は何故かどきまぎとした。なにぶん、初めて出会ったタイプだったもので。なんか、新鮮だった為だろうと思う。

 柔らかい雰囲気のその人が、オープンキャンパスの会場になった講義室の一番前に立ち、澄んだ声で大学について説明を始めた時、呆気に取られた。ふわりとしていた声音が、凛としたものに変わる。スムーズで分かりやすいスライド。説明。アイスブレイクも忘れない話術。誰もが、彼に好感を持っただろう。俺は恐らく、この時に自覚した。

 初めて同性を好きになってしまったかもしれない、と思った。









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