尋問

「おいっ、貴様らっ! このわしにこんなことをして、ただで済むと思っておるのか!」


 わたしたちに拉致された、太った男――クジマという、このヴィスィエーでも十指に入る富豪らしい――は、意識を取りもどすなり、両手を後ろ手に縛られたまま、尊大な口調で喚きだした。


「ぎゃあぎゃあうるさいんだよ、このクソ野郎」

「ぐふっ!」


 わたしは、クジマを蹴り飛ばす。

 この男の、獣人にたいする扱いは、わたしにはとうてい容認できない。

 こいつを見ているだけで、腹の底から、怒りがムラムラと湧いてくるのだ。


「なあ、クジマさんよぉ」


 わたしに蹴られ、床に転がったクジマに、ネクトーが、やさしく言った。


「おれたちは、あんたにいろいろ教えてもらいたいことがあるんだよ」


 クジマは、顔をゆがめて、吐き捨てた。


「ふざけるな! このわしが、こんな扱いをされて、協力すると思うなっ」

「あんたはバカか」

「な、なんだとお?」

「もう少し、客観的に考えなよ」


 とネクトーが諭す。


「ここには、あんたに散々な目に遭わされた獣人のお二人がいて、しかも、もう二人には奴隷印がないんだぞ。獣人おふたりさんが怒って我を忘れたら、だれに止められるのかね」


 戦士グリゴリーと、辱めを受けていた獣人女性(リディアという名であった)は、さきほどから、突き刺すような眼差しで、クジマをにらみつけている。

 戦士の手は今にも剣にかかり、リディアの握りしめた手からは、クジマの胸を引き裂いた、鋭い爪がのぞいている。

 ネクトーの言葉に、ようやく自らの置かれた状況を理解しはじめたクジマが、身体をかたくした。


「まかりまちがって、今ここに助けがきたとしても、救出されるヒマなんか、あるわけないだろ。その前に、あんたはこの人たちの手に掛かって、一瞬で細切れにされちまうよ」

「ううぅ……」


 クジマがうめき、


「……ヴィスィエーの名士であるこのわしが、たかが獣人ふぜいに、どうして、こんな屈辱を……」


 悔しそうにつぶやいた。


「くそっ、こいつ、どうにもがまんできん!」

「ぎゃっ!」


 わたしは、クジマのだらしなく張り出した横腹を蹴った。

 ネクトーがあきれた顔でわたしを見る。

 あんたはそれでも王命を受けた由緒正しい秘密調査官なのか、と言いたげだ。


「あんたが、そんなに怒ってどうするんだよ」

「なあ、みんな、もういいだろう? もう、こいつには何も聞かなくて良いよ。また、他のやつをつかまえて、聞けば良いんだから。これ以上、こいつを生かしておくのはやめようぜ」


 わたしは、冷たい声で言った。

 半分は芝居だが、半分は本音だ。

 わたしの言葉に、グリゴリーとリディアがうなずき、殺気をみなぎらせて、一歩前に出る。


「ひいっ」


 クジマはあわてて、尻もちをついたまま、後ずさる。


「たっ、助けてくれっ、おいっ、こいつらを押さえてくれっ!」


 震えながら叫んだ。


「あんた、だからさあ、お願いする相手が根本的に違うんだよなあ」


 と、ネクトー。


「話しなさい」


 厳しく命じたのは、イリーナだ。


「バラバラの肉片にされたくなかったら、この二人、グリゴリーとリディアが、あなたのところに来たいきさつを」

「ぐうう……」


 クジマは、なにも違法なことはしていないと、しぶとく言い張った。

 善良な市民としての自分は、正式な奴隷印をもつ奴隷を、王国の法に則のっとって購入しただけだと言うのだ。


「まぁ……待遇が素晴らしく良かったとは言わんが、そもそも奴隷とはそういうものだろう? だいた――ヘブッ!」


 正式に自分のものとなった奴隷をどう扱おうと、それは自分の権利の内だ、そう言い放つクジマを、わたしは話の途中で張り飛ばした。

 一発では気持ちがおさまらず、往復で張り飛ばしてやった。

 歯が折れ、唇が切れる。


「や、やめてくれ……みんな、やってることじゃないか! わしは、まだ慈悲深い方だぞ。富豪仲間には、慰みに、奴隷の命をうばうやつもいるんだ」


 なおも弁明するクジマに、


「それで、だれから、買ったのかしら? あの魔法印はだれが刻んだの?」


 イリーナが聞く。


「それは……」


 言いよどむクジマを、わたしが踏んづける。


「ぐぇっ! ……リ、リツミエリだ」

「リツミエリ……? 聞きなれない名前だわ」

「リツミエリは、最近、このヴィスィエーにやってきて、店を構えた奴隷商人だ。優秀な魔導師でもある。やつのところでは、獣人ばかりを扱っているが、これがたいへんが良くてな、希望に応じてどんな商品でも……ぎゃっ! なんだ、わしは、ちゃんと話してるではないか。なぜ殴る」

「『品揃え』だあ? 『商品』だあ? お前のその言い方が、いちいちムカつくんだよ!」

「どっちがならず者か、 さっぱりわからないぞルキウス」


 とネクトー。


「ありがとう、ルキウスさん」


 グリゴリーが、感謝のこもった目で、わたしに言う。


「おれたちのために、そんなに怒ってくれて……」

「いや、これが当たり前だろう」

「その、当たり前の反応をする人族が、この街には、ほとんどいないんだよ……」


 と、悲しげにグリゴリーはこたえた。


「なるほど、あの奴隷印は、そのリツミエリという魔導師のものなのか……」


 ネクトーが言った。


「そうだ、まちがいなく正式なものだぞ。リツミエリは、きちんと王国の認可状を持っていた。パリャード教会ヴィスィエー支部の証明だ。だから、お前たちのやってることは、王国の法律破りだ、かってに奴隷を解放するのは重罪だからな? その上、わしのような善良な市民にこの扱い。覚悟しておくがいい!」


 クジマは、脅すように言った。


「ああ、善なる神パリャードさまも、こんな無法はけっして許さないであろう……きさまらには、いずれ神罰も下るにちがいないわ!」

「はっ、神罰ときたもんだ」


 ネクトーは、クジマの脅し文句を鼻で笑うと


「あんた、それで、おかしいとは思わなかったのか? なんでそいつが、獣人ばかりを、そんなに売りものにできるのか。いったい、その、『品揃えのいい』奴隷を、どこから連れてくるのか」

「そ、そんなのは買い手がいちいち気にする問題じゃないだろう」

「……あんたの言うことは、なんだか、突っ込みどころ満載だな。どれ……」


 ネクトーの目が赤く光る。

 深奥をのぞきこむような目つきで、クジマを見た。


「なんだ、なにをするっ?」


 クジマが、ネクトーの視線をうけて、怯えたように言う。


「ふうむ……」


 ネクトーは、冷たく断定した。


「クジマ、あんた、嘘を言ったな。それも、いくつも、な」

「な、何を言う?!」


 クジマの顔に焦りの表情が浮かぶ。


「あんた、リツミエリから詳しく説明を受けてるだろう」

「なっ……なにをだっ」


 ネクトーが言う。


「リツミエリの魔法印は、正当なものではない」


 イリーナが、目を見開いて、ネクトーに尋ねた。


「そうなのですか?」

「ああ。リツミエリの魔法印は、二重構造になっているんだ。表面は正式な魔法印で、たしかにその限りにおいては適法だが、実はその下層に、別の術式が仕込まれているぞ」

「別の術式だって? それはなんだ? なんのためだ」

「いくつかの目的があるようだが……いちばんの目的は、魔法印の解除を妨害することだな」

「なにっ? 解除を妨げるだと?」

「そうだ。そのために、この奴隷印は、いちど刻印されると永久に解除できないようになっている」


 ネクトーの言葉に、クジマの顔が蒼くなった。

 魔法印を刻まれていた、イリーナ、グリゴリー、リディアの顔はこわばった。

 わたしは、思わず声を荒げた。


「そんなばかなことがあるかっ! 奴隷である正当な理由がなくなったときに、解除できるからこそ、王国では奴隷印が認められているんじゃないか。それが奴隷法の根拠なんだぞ」

「この魔法印はいちど刻印されたら、どんなことをしても二度と解除できない、あるじをかえることもできない、あなたの奴隷は、永久にあなたのものです――あんた、リツミエリにそう説明され、大喜びで、大金を払っただろう」

「ばっ、ばかな! でたらめだっ! まるで見てきたようなことを……」


 クジマがうろたえる。


「その奴隷売買の場に、あんたのお仲間も何人かいたな。商売仲間の富豪が五人、それから高位の貴族は三人、あとは、官庁のお偉い役人の顔も見えたぞ」

「お前、どうしてそれを! あそこには、わしら以外誰も入れないはずだ!」

「あんた、……語るに落ちたな……」


 ネクトーがバカにしたように言う。

 クジマは、そこで、ようやく気がついたように、顔を赤くして叫んだ。


「そうだ! こいつらの魔法印は消えている! なぜだ、どうなってるんだ、リツミエリは、何があっても消せないと保証したのに、簡単に魔法印が消えてしまうなんて、どういうことだ?! あれは嘘だったのか?」


 身勝手な怒りにとらわれ、わめき立てる。


「くそっ、わしは、あの男に騙されたのか?」

「いや、嘘ではないよ」


 ネクトーが答える。


「その、リツミエリという男の魔法印は、たしかに魔法ではけして解除できない、非常に高度なものだよ」

「では……では、なぜ……なぜ、それがあっさり消えた?」


 ネクトーはさらっと告げた。


「魔法よりも大きな力が働いたからだ」

「はあっ?」


 クジマは、理解できないという顔だ。


「魔法よりも大きな力? なにをいっているのだ、そんな力は、この世には、ただ神にしか――」

「だから、それなんだよ」

「ばかな?!……そんなばかな……」


 クジマはがっくりと頭を垂れた。


「ふうむ……」


 ネクトーが、クジマから関心をうしなったように、宙をみつめて、つぶやいた。


「なるほど、あいつが怒っているのは、おそらくだな。魔法で解除できないこの奴隷印は、たぶん神の禁忌に触れている……」


 このさかしき印は、われら神の印にあらず

 


 あのとき、ネクトーの口から発せられた、この世のものとも思われぬ威圧を帯びた、怒りの言葉が脳裏に浮かび、わたしは身震いした。


(神の激しい怒りをかったこの町には、これから、大変なことが起きてしまうのでは……)


 そんな予感がしていた。


「それから、あんた、他にも嘘をついたな」


 ネクトーがひどく冷たい声で言い、クジマが、はっと顔を上げた。

 ネクトーは、厳しい声で続けた。


「あんた、獣人奴隷を、これまでに何人も殺しているだろう、戯れにな」


 クジマは、もはや何も言わず、口をふるわせるだけだ。


「何だととおおおお!! おいっ、きさまああああ!!」


 叫んだのはわたしだ。

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