第49話 俺は絶対にお前の顔は見ないと!

 水飲み場に来ると、フェルデンは鉄仮面を洗いながら。


「っく……」


 泣いていた。


「…………」



『落ち込んではいなさそうだ。さすがフェルデン、メンタルも鉄仮面だったか』



 つくづく、俺は豆だなと思った。


 あの、悪魔に水をかけられた時だって、泣きたいのを我慢していたに違いない。


 何が原因かはわからんが、自分の顔のせいでたくさんの人を苦しめた。もうそんな事が起きないように、楽しみを諦めて、閉じこもろうとしていた。


 そこに、ヤンデレが鉄仮面を授けた。

 これで、学校生活を楽しめると思っていたのに、イジメ。


 そして、さっきは訳のわからん理由で、揉みくちゃにされ、嫌だと言ってるのに、顔を見られようとした。


 自分の顔が見られるのが嫌じゃなく、あのまま無理矢理、鉄仮面を外されたら、周りの奴らが悲しむから。


 自分のためじゃなく、他の奴らのために。大切で大好きな、同じ学校に通う、仲間のために。

 それなのに、あいつらは言うことを聞いてくれなかった。


 そんなん、俺でも泣きたくなるわ。

 

 何で、あの時、気づけなかったんだろうか。俺も他の奴らと同じで、顔を見たい、しか、考えていなかったからだろうな。


 本当に、俺は豆。いや、豆以下だ。


「…………」


 多分、いや、絶対に。今が絶好のチャンスなんだろう。顔を見れる。


 だが、弱っている時に?


 そんなのは、男の、いや、豆の風上にも置けねぇ。


「……よし」


 俺は頭にしていた鉢巻を外し、目の上から縛り直した。そして。


「フェルデン!」


 思いっきり目を瞑ると前からフェルデンを抱き締めた。


「み、みやびさんっ?」


「安心してくれ! 俺は今! 鉢巻で目隠しをしていて! お前の顔は見えない!」


「…………」


「うむ! 言いたいことはわかる! もう鉢巻がずれていて! 目を開けたら見えますでしょうと! だが! 神に! 豆星実家に誓う! 絶対にお前の顔は見ないと!」


「…………」


「だから! お前の顔はもちろん! 泣き顔も見えないから! 思う存分泣いてくれ! もう汗とかで汚れているから! 涙と鼻水で汚すとかも! 気にしないでいいぞ!」


「…………」

 

 フェルデンは俺の体操着を少し掴むと。


「……ぅ、っく……」


 静かに泣き出した。


 俺は、ただ突っ立って、この汗臭筋肉胸を貸してやる事しかできない、豆以下の木偶でくの坊だなと思った。





 それから、何分経ったかはわからないが、フェルデンの泣き声が止まった。


「……ありがとうございました、雅さん。おかげで落ち着きました」


「そうか! 汗臭くて申し訳なかった! 後でヤンデ……、ラビオスからいくらでも罵られよう!」


「大丈夫ですよ。私、雅さんの汗の匂い嫌いじゃないですから」


「なんと!」


 それはそれで。ヤンデレから違う意味で殺されそうだが!


「あの……、鉄仮面を被ってもいいでしょうか?」


「お、おう! 被ったら教えてくれ!」


「はい」


 フェルデンから手を離すと、カシャカシャと鉄仮面の音が聞こえた。


「被りました」


「そうか!」


 鉢巻はもうずり下がっていたから、外さずにそのまま目を開けた。


 いつもの、鉄仮面を被ったフェルデンがいた。


 残念だが、これでよかったと思った。


「お恥ずかしい所をお見せして、すいませんでした……」


 フェルデンは頭を下げた。


「何を言う! 俺の方が恥ずかしいぞ!」


「え?」


「見てみろ! 俺の背中!」


 俺は背を向けて右手の親指で背中を指した。


「ちょー巨大ウンコを投げつけられたみたいに! 真っ茶っ茶だろう!?」


「——ふふっ、本当だ。真っ茶っ茶ですね」


「そうだろう!」


 よかった、笑ってくれた。


「……でも、それは。恥じゃないですよ」


「え……?」


 思ってもみない言葉に、振り返った。


「私を助け、守ってくれた勲章です。だから、恥だなんて思わないでください」


「そ、そうか」


 巨大ウンコ万歳!


「……それと、少し、ドキドキしました」


「巨大ウンコにか!?」


「違いますよ。……雅さんにです」


「おっ、俺!?」


「はい。……異性の方とあんなに密着し、抱き締められたのは、初めてでしたから……」


「ヤンデ、ラビオスが言っていたが。全インキュバスが発狂するくらい、男子からもモテるのにか? 近づいてくる奴はいなかったのか?」


「いましたが……、逃げていましたので。自分の顔が危険だとわかってからは……」


「……でも、鉄仮面を被ってからはそうでもないんだろ?」


「いえ、やっぱり……。トラウマですので、逃げる事の方が多かったですね」


「……俺からは、水着の時以外は、あんまり逃げないよな?」


「それは……」


「それは?」


 ごくり。


「……


「またそれかー!」


「ふふっ」

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