第7話 蛾だったんですか?

 翌日。


「ねぇねぇ、みやび


 後ろから声をかけられた。


「何だよ」


「どうだった?」


「何が」


「だから! リアル百合事情だよ!」


 青白い顔を、珍しく興奮して赤くしている、どこかの青いロボット体型のこいつは、幽霊の霊島れいじま白太はくた

 男で幽霊なのに百合もの好きなヲタ。


 そういえば、ラビオスがフェルデンに引っ付いている時、後ろから荒い鼻息が聞こえていたな。


 ……ウチのクラス、いや、ウチの学校、変態ばかり。


「こんな学校もう嫌!」


 俺は前を向き机に突っ伏した。

 

 普通な奴はいないのかよー! 


「はっ、いるじゃん!」


 顔を上げた。

 そう、前の席のフェルデン。鉄仮面という事を抜かせば! 美少女(らしい)! 弁当も作る家庭的な面あり! 寧ろ優良物件じゃん!


「ありがたやありがたやー。神様フェルデン様ー」


「呼びましたか? 雅さん」


 手を擦り合わせ拝んでいると、フェルデンが振り向いた。


「いや、お前が唯一の普通な、希望の光だと思ってな」


「……私は、普通ではありません」


 悲しそうな声でそう言うと、前を向いてしまった。


 ……ふむ。そんなに普通じゃない程、美少女ということか? 気になりすぎるー!


「ねぇねぇ、リアル百合事情はー?」


「じゃかましい! 俺はリアル鉄仮面事情で忙しいんじゃい!」







 休み時間。


 結局あれから霊島にとっ捕まってしまった。まぁ、ラビオスがウネウネしながら、パンツ丸出しでフェルデンに匂いを擦り付けていたと話したら、鼻血を出して保健室行きになり、静かになったから良しとするか。

 それにしても、幽霊なのに、どっから血が出るんだか。


 さて、問題のフェルデンも教室から出て行ったし、俺も気分転換にちょいとプラつくかー。

 そう思い、教室を出ると。


「わわっ」


「ん?」


 隣の教室からノートを抱えたウサギの獣人が出てきた。あー、あれがササっちのオカ……、げふげふんっ。じゃなくて、ササっちの好きな人、隣のクラスの担任、卯野美々うのみみ


 ホーランドロップという種類のウサギの獣人らしい。ササっちがいつだったか興奮気味に言っていたな。

 短い灰色の垂れ耳、くりくりした黒い瞳、眼鏡。

 あー、はいはい、ササっち好きそうだわー。


「わわっ、ととっ」


 っと、納得している場合じゃない。ササっちの片想い人が、クラス全員分と思われるノートを抱えてフラついている。


「卯野先生、半分お持ちします」


 どこから現れた!? フェルデン!


「ありがとうー、えーと」


「フェルデンです」


「そうそうっ、フェルデンさんっ。ごめんなさいねー、私、名前を覚えるの苦手でー」


「気にしていません。それよりノートを貸してください」


「そうだったわねー、ありがとー」


 ティーチャー卯野は、ノートを半分フェルデンに渡した。


「これで安心ねー」


 いやいや、全然安心じゃねーだろ! 二人共小柄! 細腕! あーあー、ほらー、二人してふらふらしているじゃーん。あーもー! しょうがねーなー!


「ちょい待ちぃ、俺が全部持ちます」


 二人からノートを取り上げ、重ねた。


「ありがとー、えーと」


「雅です」


「そうそう雅さん。ごめんなさいねー、私」


「名前を覚えるの苦手なんですよね。わかりましたから、さっさと行きますよ。休み時間が終わっちまう」


 すたすたと歩き出した。


「ちょっと待ってー、さーん!」


「どうしたらそう間違えられんっすか! みやびの音読みでしょう! 俺、蛾みたいじゃないっすか!」


「え、みやびさん、蛾だったんですか?」


「フェルデンも真に受けんな!」





 こうして、廊下側から俺、ティーチャー卯野、フェルデンの順で並び、やっと三人で職員室へ向かっている。


みやびさんは、力持ちねー」


「まぁ、筋トレが趣味なんで」


「それにしても、もう転校生さんと仲良しなんて、さすがモテ男さんねー」


「そっちのクラスまで俺の話は行ってんっすか」


「最初の頃は女子たちがねー。でも最近は、ラビオスさんが『あの豆、アタシのリールたんにまで手ぇ出しやがって!』って、ボヤいていたからねー」


 いや、手どころか、まだ何も出せてませんけど。寧ろお前の方が、舌やら足やら出しているじゃん、と言いたいが、やめておこう。本格的にひじきと一緒に煮豆にされそうだ。


 そして、隣のクラスでは俺=豆と、共通認識なのね。


「そういえば、そのラビオスはどうしたんっすか? 今日はこっちのクラスに来なかったんっすけど」


「涎を垂らしながら幸せそうに眠っていたわよー。きっといい夢を見ているのねー」


 ああ、それは、フェルデンの夢だな。だから今は静かで平和なのか。

 そうだ! 平和ついでに、ササっちの恋のキューピッドになってやろう!


「卯野先生、一人でふらふらするぐらいなら、ササっち……、笹丘先生に頼んだらどうっすか?」


「うーん、たまにお願いしようとするとね、真っ赤になって逃げちゃうのー」


 どんだけピュアなん、ササっち。そんなんだからいつまでも童貞なんだぞ。って、人のことは言えないか。


「お話していたら着いたわねー。二人共ありがとー」


 いつの間にか職員室に着いていた。ティーチャー卯野のデスクの上に、ノートを置く。


「いえ……、私は何もしていません。雅さんが全部、運びましたから……」


 何故っ泣きそうな声なのだ! えっ? 俺また選択肢を間違えた!? 助けてやらん方がよかった!?


「この学校の人は皆いい方ばかりです。だから、少しでもお手伝いしたかったんです……」


 おぉぉお! これでまた童貞死へと近づいてしまった! 後で絶対ヤンデレにボコられるー!


「先生方の前で泣いてしまってすいません……」


 やっぱり泣かせたー! ビーン・ジ・エンド!


「あらあらー、泣き虫さんねー。じゃあ今度から何かあったらフェルデンさんに頼むわねー」


「はい……」


 フェルデン様、俺の身にも何かあったら頼みます。主にヤンデレ対策で。

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