第3話 世界中の男たち滅びねーかなー

 ようやく休憩時間だ。俺に与えられた時間は10分。時間の神よ! 俺に力を与えたもーれ!


「なぁ、フェルデン。何で恋愛しな」


 ガラガラガラ! と勢いよく教室の戸が開かれた。おいおい、また邪魔者かよ。廊下の方を見てみると、味方っぽい。


 隣のクラスの有名なサキュバスが、こっちを見渡していた。そう、サキュバス。色気ムンムンボンキュッボン。そいつがこちらを見ると、ぱあっと目を輝かせた。


 ふっ、モテる男は辛いな、とうとうあのサキュバスまで俺の虜か。でも、ちょっと待ってくれないか、今はフェルデンに話があるんだ。

 が、俺の気持ちは何のその。翼でバッサバッサこっちに来る。おいおい、待てもできねーくらい俺のフェロモンはすごいか。仕方ない、先にお前の相手をしてやろう。俺は両手を広げた。


「会いたかったわーん!」


 うん、俺もだ!


「リールちゅわーん!」


 ……リールちゅわん!?

 前を見てみると、フェルデンの顔、……違った、鉄仮面がIカップと噂の胸に挟まれていた。


「苦しいです。べトゥラさん」


 思い出した。こいつはべトゥラ・ラビオス。有名な淫魔一家の長女。

 色黒、腰より長い白髪はくはつ、バストIカップ(らしい)。胸の谷間が丸開きな服、黒い翼に細長い尻尾、サタンのような角。サキュバスのくせに女から精気をもらう。


「照れちゃってー、もう可愛いんだからんっ」


「いえ、照れていません」


「つれない態度も堪らないわんっ。でもねでもねっ、アタシねっ、リールたんに会えると知って、一週間っ他の子に浮気せずじっと待っていたの! 一途でしょ!? 偉いでしょ!? 褒めて褒めてー!」


「はい、一途です、偉いです。そんなに想ってくださり、ありがとうございます」


「はあぁんっ。つれないからの全肯定! 相変わらず飴と鞭が上手いんだからんっ」


 ラビオスは、へなへなっと腰が砕けて座り込んだ。……そうだった、この学校には変な趣味の奴しかいなかった。


「はぁー、でも、もうダメ! 一週間我慢したから、禁断症状が出そうだわー。と、いうわけでぇー」


 ラビオスは立ち上がると、フェルデンの鉄仮面の口部分を開けた。ん? ゲームとかでよく見るヘルムは、額部分からカポッと開くんだけど。ああ、特注品って言ってたな。顔を見れるチャンスだったのになー。

 ま、それにしても、あいつ、何をする気だ。


「いた、だき、ますっ」


 長い舌が鉄仮面の口部分に入っていく。最早もはやその長さ蛇だぞ!


「はぁーあぁぁん。一週間分があっという間に染み渡るわー。シ・ア・ワ・セ」


 ラビオスは頬に手を当て恍惚の表情。


「……」


 ぞわわっ。初めて思った、惚れられなくてよかった。

 って、フェルデンが背筋ピーンで固まってるぞ!


「お前、毒でも飲ませたんだろ!」


「毒ぅ? そんなものいとしのリールたんに、飲ませるわけないじゃなーい」


「でも、固まって動かないぞ!」


「それは多分ー、表現できない感覚が体の中を走ったからよー。アタシの体液って、催淫効果があるから」


「……そうなのか? フェルデン」


 フェルデンはこくこくと頷いた。


「しかし、サキュバスなのに女好きって。とんだ変態だよな、お前」


「変態はアタシにとっては褒め言葉よーん。それに、男を狙う正統派の奴らの気が知れないわ。何が美味しいのかしら、あんなの」


「……飲んだ事あんの?」


「両親も正統派だからねーん、飲んでみろって言われてー。でーもー、飲めたもんじゃなかった! あんなん飲むなら、脱脂粉乳を飲んだ方がマシよ!」


「……よく知っていたな、脱脂粉乳なんて」


「しかも! あれから一ヶ月近く、どんな可愛い子の味もげき不味まずになったの! あーマジで、世界中の男たち滅びねーかなー」


 さらっと怖いことを言ってるし、最後は地が出ていたぞ。


「それに比べてリールたんは! あのげき不味まずにゅうの味を浄化し、幸せでとろけさせてくれる最高の味!」


「どんな味なんだよ……」


「アンタなんかに教えたくないけど、今は幸せだから特別に教えてあげる。リールたんのちっちゃな唇はねー、苺のように甘いのに、サイダーのように爽やかに弾けて痺れる。そして蜂蜜のようにゆっくり体中を」


「……べトゥラさん」


「んー? なーにー?」


「恥ずかしいので、もうやめてください……」


 鉄仮面からジュワーって音が! 煙! フェルデン、煙!


「やっぱり照れ屋さんねー。もーきゃわゆい!」


 鉄仮面に飛びついたラビオス。


「あー、痺れるわー。これが恋ねー」


 いや、火傷だからそれ。


「でも、どうしてアタシのクラスじゃなくて、こんな淫間いんげんがいるクラスになったのかしら」


 俺をインゲン豆みたいに言うな。


「ねーえー。笹丘センセー」


 もうすぐ二限目が始まる。ラビオスは教室に入ってきたササっちの元へバッサバッサ。


「クラス替えしてくださらなーい? アタシー、リールたんと一緒がいーのー」


「いや、席替えならまだしも、クラス替えはなー」


「チッ」


 ラビオスは舌打ちをした。やっぱりそれが素だろ。


「そんなんだから、目の下の隈は治らないし、いつまでも童貞なのよっ」


「なっ、何で知っている!?」


 そうか、ササっち、同士だったのか。


「アタシはサキュバスよー? 夜な夜な可愛い子を探しに彷徨さまよっているのー。そうしたら、気持ち悪いオーラが見えたから、覗いてみたら笹丘センセーがオナ」


「わー!」


 ササっちは叫んだ。顔がムンクみたいだ、ああ、これがリアルムンクの叫びか。


「しかも、妄想相手がウチのクラスの担任の」


「よーし、わかった! 校長に掛け合ってやろう!」


「話のわかる男は好きよー。アリガトッ、笹丘セーンセッ」


 ラビオスはウインクをしてこちらに戻ってきた。ササっちは肩で息をしていたと思ったら、魂の抜け殻のような顔で、口をポカンと開けて突っ立っている。

 俺は心の中で合掌した。友よ、安らかに眠れ。お前の秘密は、俺は墓場まで持っていくから。


「これで、ずっと一緒にいられるといいわねーん、リールたんっ」


「そうですね」


 淡々とラビオスの相手をするフェルデンが、なんか猛者に見えてきた。


「もうすぐ授業が始まります。教室に戻ってください」


「えー! やだやだー! リールたんと一緒にいるー!」


「ダメです」


「やーだー! あ、じゃーあ、明日ちょうど休みだし、デートしましょっ。それなら我慢するー」


「わかりました」


「キャー! やったー! 明日ね! 絶対よ!? 忘れたらアタシ、全男を滅ぼすから!」


 何故、我らが犠牲にならねばならん。


「はい、絶対です」


「あとでテレパシーで時間と場所を伝えるわねんっ。大好きっリールたんっ」


 ラビオスは鉄仮面にキスをした。くっきりと赤いキスマークができた。


「はぁー、やっぱりこの鉄仮面は邪魔ね。リールたんのもちもちすべすべほっぺにチューできないなんてっ」


 ……そうか、フェルデンの頬はもちすべなのか。


「まぁでも、可愛いお顔が隠れて、悪い男に狙われないから、それは安心ね」


 ……ん? ちょっと待てよ。もちすべといい、可愛い顔?


「ラビオス! お前、フェルデンの顔を見た事があるのか!?」


「当たり前でしょー。同じ悪魔だもの」


「同じ、悪魔……。ふっふっふー。フェルデンの正体を見破ったりー! お前、悪魔だったんだな!」


「はい、私は悪魔です」


 ズコー!


「もっと狼狽うろたえろよ!」


「隠す事じゃありませんので」


「誕生日とかは隠すのに!?」


「それは……、知っても意味がないじゃないですか」


 気のせいか? 淡々とした口調が沈んだような。


「ぷぷーっ! リールたんの誕生日も知らないなんて、さすが淫間いんげんまめねー!」


 ラビオスに大馬鹿にされ、重要だったであろうシーンが台無しだ。そして、やっぱり俺はインゲン豆に。


「ま、全男はリールたんの事を知らなくていーの。あ! 男で思い出した! リールたん気をつけてねっ」


「何がでしょう」


「リールたんが転校してくるって情報、幼馴染みのインキュバスから、捻り吐き上げさせたんだけどねっ」


 おいたわしや、そのインキュバス。捻り吐き上げさせたって、それマジで痛めつけたってことだろ。


「あのフェルデンがやって来るって、全インキュバスが発狂していたらしいから! アタシが変な男に食べられないように、守ってあげるからね!」


 全インキュバス発狂。ウケる地獄絵図だな。


「おー、気が合うなラビオス。あたしもリールは守ってやりてーなと思っていた所だ」


「リールたんの可愛さは世界、いや、宇宙共通だからねん。変な豆が付かないように、全力で守りましょう!」


 ヤバい奴らがタッグを組んだ。


 俺のクラスのムキゴリ女番ちょ、……間違えた、女委員長と。隣のクラスのド変態で、素は絶対ドSヤンデレイケメンなサキュバス。


 そして、もう対戦相手は俺と決まっているらしい。さっき豆って言っていた。俺限定じゃん。


 ムキゴリ、ド変態ヤンデレVS豆。

 ファイ!

 ムキゴリが豆の後ろから腰を掴み、ジャーマンスープレックス! 決まったー! 脳天直撃で豆は立ち上がれない! そこへヤンデレのサソリ固め! ワン、ツー、スリー! カンカンカン!


「……ああ」


 見えた、見えたぞ。俺のバッドエンドが。

 友よ。待っていてくれ、俺もすぐに行く。


「じゃあ、明日ねーん。楽しみにしてるわー。んーっ、ちゅばっ」


 ラビオスはフェルデンに投げキッスをし、隣の教室に戻っていった。


 ……決めた。明日のデートを尾行してやる! 友よ、そして、俺よ! 見ていてくれ! 仇は討つ!

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