真実

鈴娘は妖になってまだ20年ほどだった。

それを愛枝花はもとより、九十九神たちも気づいている。

おそらく、あの火事騒動が元で妖になったのだ。


たくさんのにえを不本意だろうが捧げられて、多くのけがれを受けて妖になった。

その理屈りくつはわかる。

しかし本体の鈴がげたことがどうにもおかしい。

そもそも妖になったのなら、本体の鈴が火で焦げるはずがないのだ。


妖になった瞬間、膨大ぼうだいな妖力が生まれる。

よって鈴娘よりも上位の存在が攻撃するならまだしも、人が起こした程度の火で本体が傷つくはずがない。


妖になる以前に傷ついたのなら、愛枝花が言ったように妖にはなれずただ物はちるだけだ。


なら、傷つき朽ちるはずだった鈴娘を妖に変化させた何者かの存在がいるということ。

そして無理やりそれを行った為に、鈴娘は不完全な妖となり和矢の生命力無しには存在出来ないということだ。


このままでは和矢は、生命力が枯渇こかつし眠るように死ぬだろう。

そうなれば供給きょうきゅうが断たれた鈴娘も跡形あとかたもなく消える。

本体の鈴すら残さずに。



「この人間、和矢と言ったか?人の医療ではどうにもならない状態にまでなっているな」

「っ……!!そんな、」

「え、死にかけてるってことか?」

「あまりにも素直に生命力を渡している。抗うことすらしておらぬから、間もなく息すら止まるぞ」



口元に触れないように手を当て呼吸を確認するが、あまりにもかすか過ぎて耳を近づけてみたがほぼ何も聞こえない。

胸が上下する動きすら微かなので、いよいよ本当に危ない。

むしろこの穏やかな死の迎え方は、老衰ろうすいといっても差しさわりなかった。



「平然と言うな~、再建ホヤホヤの神社で人死にが出たらマズイんじゃないか?」

「死んだらこの人間の住まいに送り届ければいい、お前が」

「俺かい!!」



久々の愛枝花の冷徹節れいてつぶしに疾風は思わずツッコミを入れたが、事が事だけに冷や汗が流れた。

簡単に死んでしまう存在が目の前にいる。

その事実が、冷や汗を流している原因だ。


弥生もただ眠っているとばかり思っていた人が、もうすぐ死ぬのだと聞かされ分かりやすく青ざめた。

ずっと忙しなく視線をさ迷わせて、たまたま目が合った糸織はニッコリ笑うだけで何も言わない。

他も同じで、ただ鈴娘と愛枝花だけは目すらまったく合わなかった。



「助けてくださいませ…!!」

「死にかけの人間をか?それとも……死にかけの原因を作った元凶げんきょうをか」



鈴娘は目を見開き驚いた。

なぜ、とまでつぶやくのであきれるしかない。

神社関係者の息子だったとはいえ、なんの知識も経験も無いただの人間が大切な鈴だからという理由だけで。

それだけの理由で、自身の生命力まで渡せるはずがない。


しかも死ぬことすら恐れていないところを見ると、もはや和矢の意識は完全に奥底の方に眠っているのかもしれないのだ。

いつからそうなったのか、もしや火事の時にそうなってしまったのかはわからないが。


事情を知らないまま妖の要望ようぼうを聞き入れてやるほど、愛枝花はお人好しじゃない。

むしろその前に九十九神たちが全力ではばみにくるだろう。


疾風もだいたいの見当がついているので、妖の味方になる道理はないし。

弥生は先ほどから、珠算が脇を固めているので手出しは出来ない。


八方塞がりの中、ふるえる鈴娘を助けたのはもはや意識が戻るはずのない和矢だった。



「彼女に手を出すなっ…!!」

「和矢!?」

「……起きたか。もっと早く目覚めればよいものを」

「あれ?死にかけてるんじゃ……」

「死にかけている。だから見よ、格好つけて鈴娘をかばったのはいいが息も絶え絶えではないか」



和矢はその場にへたりこみ、そのまま起き上がれずなんとかあらい呼吸を繰り返している。

だがそれも長くは続かないだろう。

無茶をしたせいで、もう息すらままならない。



「お助けくださいませ!どうかっ…!!」

「具体的に話せ。誰を、どのような形で助けてほしいと願うのだ」

「詳しく話している時間なんてありません!このままでは和矢はっ……」

「正式な作法にのっとった願いならいざ知らず、曖昧あいまいな願いでは神が叶えることはないぞ」

「あなた様は真の神なのでしょう!?今地上にはびこっている半端者はんぱものの神などではなく!正真正銘しょうしんしょうめいの、神力を持って奇跡すら起こせる…!!」

「今は大半の力を失っている。だからこそ、確かな願いを口に出さねば力をふるうことも出来ぬ」

「馬鹿な!!あなた様は原初げんしょの神々の一柱だと……そう聞いてっ……」



鈴娘は和矢にすがりつくように泣きくずれた。

とめどなくあふれる涙が和矢の顔をらすが、こぼれ落ちる命を救い上げられるわけがなく。


疾風に合図を送り無理やり鈴娘から和矢を引き離すと、愛枝花は怯える目をした妖をのぞきこんだ。



「なぜ言わない」

「あ……」

「誰を助けてほしいのか、その為に誰を捨てなければならないのか。願うのはお前だ」

「ですがっ……ですが、わたくしが願ったところで、」

「俺が願う!!鈴娘は何も言うなっ」

「ハイハイ黙っとけ」



疾風が軽く和矢の口をふさぐ。

手加減しなければあっという間に呼吸すら出来なくなるので、暴れるのをおさえるのも一苦労だ。

いっそのこと気絶させろと美針は言うが。

今ここで意識を失えば、かなりマズイことになるのはさすがに疾風でもわかる。

なんとか力を相殺そうさいしつつ、死なせないように抑え込むことしか出来なかった。



「和矢親子の不幸の始まり…神社を出ていくように仕向けたのはお前だな?」

「なぜ、」


「その際に、アレも持ち出させたのだろう?瘴気しょうきかたまりでしかなくなっていただろうに、同じ物だから情がわいたのか?」


「直せば助かったはずですのよ!!」


「打ち捨てられ、壊れた物はどんなことをしても九十九髪にすらなれぬ。また直したとしても、御神体ごしんたいとしての力は奮えぬ。呪いをき散らすだけの迷惑な廃棄物はいきぶつでしかない」


「それでも使われたいと思うのが『物』ですわ!!」



叫んだ後に何かをふところから取り出したかと思えば、それは妖の鈴娘の体すら傷つける瘴気を発している『物』。

先代の御神体の鈴だった。


鈴娘が話した通り、今は見るも無残むざんな黒色に染まりにぶい音しか出せない物になってしまっている。

体が瘴気で焼けて痛いだろうに、それでも強くにぎりしめ切ない胸の内を語った。



「共にあそこを出られれば……きちんときよめることが出来たなら、元に戻ると言われましたのよ…。人間たちからも、命の危機になるほどの生命力は奪えないから大丈夫だと…!」


「……最初はこの人間の母親から生命力を奪い、先代の鈴の命を保っていたわけか。それが思いのほか先代に力を与え、負の力が増したのだな。通りで母親に悪いことばかりが続くわけだ」



妖の九十九髪にすらなれなかった、ただ瘴気を発するだけの物は。

いらぬ知恵を与えられたせいで朽ちることなく、たたり神になった。


打ち捨てられた恨みつらみを考えれば、当然と言えばそうだが。

先代のことを思って助けようとした鈴娘を、妖にしてしまったことといい。

結果的に多くの人間を死なせてしまったことといい。



裁きを下さなくてはならない。



「誰に入れ知恵をされたかは見当がついている」

「!?」

「お前たちの罪深さもさんざん聞いた」

「雪津梛っ……」

「よって、この人間を助ける為に願え。和矢ではなく、この人間をだ」



鈴娘の手の中にある黒い鈴が、愛枝花の言葉に反応するように鈍い音を大きく鳴らした。

それに呼応こおうするように、和矢も獣のような咆哮ほうこうを上げる。


悲鳴にも似たその声にも怯まず、疾風は拘束の手をゆるめないが。

体に力が入らないままの人間が下手に暴れるので、顔をしかめながらも必死になって死なせないように頑張った。



「人間の名ではなかったのだな。そして、大切に思っているのも人間ではなかった」



先代の御神体である鈴、名を『和矢』。



最初から鈴娘は人間の青年のことを考えてはおらず、同じ出来損ないの九十九髪の和矢のことだけを考えて行動していたのだ。

和矢が力を付け、人間が心を弱めたあの火事が起こった日にとり憑いたのだろう。

孫娘を脅したのは和矢だったのだ。


鈴娘は人間が死ねば、自分だけでなく和矢も死ぬことはわかっていた。

だからこそ、自分だけでも人間から離れて和矢を生かそうとしたのだ。

焼け石に水だったわけだが。



「お前も、和矢も助からない。だからせめて器が無事な人間の為に願え。『助けてほしい』と」


「助けてほしいのは和矢ですわ!!この人間ではなく、理不尽に踏みにじられた和矢を…!!」


「この人間とて理不尽な目に合っている。お前たちという人外に体を乗っ取られ、こうなるまで酷使こくしされたのだから」


「ろくに手入れもせず大事に使わず、先にごみとして捨てたのは人間の方です!!」


「……愛枝花様~、らちがあきませんから~私たちが始末をつけますわ~。この人間のことはあきらめるしかありません~」


「だが……」


「それにーーーーーほら、もう虫の息です」



とうに限界をこえていたのに無理をしたせいで、和矢は力なくその場に倒れた。



「和矢!!!!」








ーーーーーー鈴娘の叫び声を聞いた瞬間、辺りはまぶしい閃光せんこうに包まれた。








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ちび神様の神社再建録 桐一葉 @bonmocoan

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