新・同居人
「…という訳で、本日只今から居候することになった春野弥生だ。悪影響を与えるなよ?」
「うわっ!人間の子供じゃねぇか…愛枝花より年下なのに大人っぽく見えるな!」
「駄犬の住み処は外で充分だな」
愛枝花が言葉を言い終えた瞬間、疾風は開いていた扉から中庭に放り投げられた。
小さな体である愛枝花の投げにあらがうことも出来ず、疾風は気の抜けるような声を出しながら中庭の池に落ちた。
大きな水しぶきが立ち上ぼり、静まった池の中からずぶ濡れの色男がはい出てくる。
水も滴るーーーーなどとぬかそうとしたので、愛枝花は無言無表情をつらぬきながら静かに扉を閉めた。
「ちょ、待て待て待て!この寒空にずぶ濡れのいい男を放り出したままというのは神様としていかがなことかと思われますが!?」
「
「うっわー…信仰心厚い信者を見捨てる無慈悲な神様がいるぞここに!」
「たわけ者。いつお前が私を信仰した?見捨てるも何もないではないか」
「申し訳ありませんでした愛枝花様、お願いします助けてください愛枝花様」
ひたすら平身低頭しながら謝り続ける疾風に視線をくれ、何度ついたかもわからない深いため息をこぼすと閉めていた扉を開けた。
「………そのまま露天風呂に向かえ、後で着替えを持っていってやる」
「やっぱり愛枝花って優しいよな!じゃ、頼むぜ~」
なんとか今起こったことを理解してついていこうとしている、真面目な少女がいた。
「あの…」
「なんだ」
「あの人は…誰ですか?」
「居候その一の疾風という男だ。大食らいな上に人を腹立たせることが上手い男なので、影響を受けてはならぬぞ」
「カッコイイ人ですね…」
「外見だけは上等だが、中身は下の下。騙されるな」
案の定、見た目がこの上なく美形の疾風に見惚れていた弥生に釘をさしておく。
疾風という男は、自分に惚れた女のせいで職を失い住むところを失って行き倒れてしまったものだから。
年頃問わず女という生き物に、一線を引いている節がある。
それは分かりやすいものではないので、疾風の外見や親しみやすい態度のおかげで分からずじまいに終わる者が大半だろう。
おそらく、弥生もハッキリ本人の口から言われなければ気づかないはずだ。
まだまだ子供である弥生に
あまり効果はなかったようだが。
「まずはお前の部屋に案内する。家具などは追々そろえるとして、洋室と和室ならばどちらがいい?」
「…なら、洋室で」
「では、南側の奥の部屋が良いな。陽当たりも良いし、なによりあやつとは真反対側の部屋だ」
「…………あの、」
「なんだ?」
「本当に、お世話になってもいいんでしょうか?その、あなたが神様だってことを疑うとかじゃなくて。色々とそろえてもらって…なんか、悪いなって」
弥生の表情は暗い。
広くて綺麗な家で、個室を与えられ身の回りの物も新しく買ってもらえる今の状況に気後れしているのだ。
今までまともに与えられたことがなかったせいもあるだろう。
しかし、神様はそこまで甘くない。
与えられる代わりに、きちんと対価を要求するのだから。
仏と違って慈悲はない。
「その代わり、お前はどんなことがあっても死ぬまで私を信仰し祈りを捧げ続けなければならないのだから。これくらいのことなら安いものだ」
「どんなことがあっても…」
「そうだ。簡単なことではないぞ?長い年月、どれだけ忙しくとも暇がなくとも体が動かずとも。一日に最低一回は私に祈りを捧げよ。でなければお前の
「とんでもないことじゃないですか?!」
「しかもお前の願いが『どうか自分の力で幸せな人生を歩めるようにしてください』だったからな。神としては聞き届けやすい願いではあったが、最終的にはお前自身の力で生きていけるようにしなければならない。ずっと助けてはやれぬ」
弥生は思った、きちんと一から十まで話を聞かなければ後悔するのは自分自身なのだと。
今からクーリングオフしたくとも、行き場のない弥生は条件をのまなければならない。
だが、よくよく考えなくとも命を取られる訳ではないのだ。
愛枝花に対しての信仰心さえ持ち続けていれば、後は自由にしていいのだから
そう考え直して、もう一度深く頭を下げた。
「これから、お世話になります!」
「礼儀正しい者は好ましく思うぞ。部屋に荷物を置いたら湯殿…風呂に入ってくるといい。着替えはあるか?」
「…その……服は、今着ている制服と学校指定の体操服とジャージしか持ってこれなくて…むしろそれくらいしかまともな服がなくて」
「わかった、着替えはこちらで用意しよう。さしあたって、今夜に着る寝間着と明日着る
やはり以前に、手なぐさめに縫った成人女性用の着物の寝間着と作務衣があったのでそれを用意する。
最近虫干しはしていなかったが、まめに干してはいたので匂いは大丈夫だろう。
弥生は眩しい笑顔を見せ、何度も頭を下げた。
「はい!ありがとうございますっ」
「身だしなみをきちんと調えたいと願う者を嫌う者はいない。お前はその心がけを常日頃から守っているから、私は手を差しのべたくなったのだ」
こんなにも親切にしてもらい、温かい言葉をかけてもらったことに。
張りつめていた糸が切れたのか、弥生はまた泣きそうになった。
両手で目を押さえて、涙がこぼれないようにするも溢れて止まらない。
嗚咽も出始めてしまい、何も考えられなくなってしまった弥生の背後から風呂上がりの疾風が現れた。
「愛枝花が泣かせた~」
「悪い意味で泣いているのではないから気に病まぬ」
「ちょっとは気にしろよ!からかい甲斐が無い」
「だからこそ気に病まぬ。ほら、泣き止め。やることは山のようにあるのだからさっさと動け」
「はいっ…!」
それを見て満足したように頷いた愛枝花は、再び長い廊下を歩きだした。
そこからの行動は素早かった。
空き部屋で保管していた衣服類を手にし、すぐさま風呂場に向かう。
洗濯機と風呂場の説明をしてから、愛枝花はそこから出て行き今度は台所に向かった。
今夜はすでに仕込みは終えているので、仕上げは簡単に終わる。
ショウガが香るアサリの炊き込みご飯に、真鯛とあさりのソテー。
あさりと切干だいこんの煮つけに、 ほうれん草とアサリの
アサリの味噌汁、アサリの
アサリのふわとろ中華風あんかけに、疾風の
なぜこんなにアサリ尽くしなのかといえば、疾風が先日魚屋の奥さんから大量に購入したのが原因だ。
もちろん、疾風自身もこんなに多くはいらないと最初こそ断ってはいたが。
旦那が仕入れを間違えて、困っているから助けてほしいと
買えないことはなかったし、今度から色々と
むろん、愛枝花の雷が落ちたのは言うまでもない。
「気が遠くなるような大量のアサリだった…砂抜きされていたのがせめてもの救いだな」
「料理を運び隊参りました!司令官殿、ご指示をお願いしますっ」
「まるで異国の貴族の晩餐会のような図になるが…料理を食卓に並べよ」
「これだけのご馳走が並ぶとテンション上がるな!!」
「…これらの料理がほぼ一瞬で無くなると思えば、私の気分は急降下だ」
「大丈夫だ、残すなんてありえないから!」
「お前との会話は一生噛み合わぬとわかっているからこれ以上は何も言わぬ」
料理を作ることや、後片付けのことより。
空になった皿の山を見て、無常を感じずにはいられなかった。
作り甲斐があって楽しいのば事実ではあるが。
やはり異常なまでの疾風の食べっぷりに、愛枝花はなんとも言えなくなっていたのだった。
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