おやつ




「おからに、薄力粉…卵に豆乳もあるか。ならば、あれを作ろう」



愛枝花は変な使命感に燃えていた。

なぜなら今からまた商店街に行って材料を買ってくるのは手間てまな上に時間がかかりすぎるので、台所にある材料だけで作れる物を考えるしかない。


その上、大量に作れるお菓子だ。

普通なら頭を悩ませるところだが、愛枝花は材料に一通り視線を巡らせると作る物を決めたのか早速調理にとりかかった。


ボウルに卵と豆乳を入れよく混ぜる。

生おから、薄力粉、砂糖を入れさらに混ぜ

サラダ油を生地に混ぜ、熱した油の中にスプーンですくって落としていく。

くるくる油の中で返して、きつね色になるまで揚げる。



「『おからドーナツ』をこんなに大量に作る日がこようとは…」



油でげるため、よく油を切って数個に分けて皿に盛りつける。

粉砂糖こなざとう、きな粉、アンコのトッピングに分けて山のように重ねれば。

通常、一人では決して食べきることが出来ない量のオヤツが完成した。



「オヤツだぞー」



きっちり3時になってから、山の中にいる疾風に声をかける。

どれだけ声が小さくても、食事に関することならどんな些細ささいなことも聞きのがさない。

現に、遥か遠くから土煙つちけむりをあげて食いしん坊が帰ってきた。



「オヤツはなんだ!?」



ちぎれんばかりにしっぽを振り、キラキラと目を輝かせる疾風を見て。

狼ではなく犬だろう、どう見てもと。

愛枝花は心の中で人知れずツッコミを入れた。



「…おからドーナツだ、冷めないうちに食べよ。熱い茶も入れてある」

「いいな!腹にたまるオヤツは大歓迎だっ」

「それは良かった。杞憂きゆうとは思うが、食べすぎて腹を壊すようなことにはなるなよ?」

「生まれてこのかた、腹を壊したことはない!腹減り過ぎてヤバかったことはあるけどな!」



豪快ごうかいに笑いながら、ドーナツを消費する疾風は底抜そこぬけけに明るくほがらかで。

まるで真夏の太陽のようにまぶしすぎると感じた。直視ちょくしできない。


だが思えば、この男が来てから良い方向に進みうまく回るようになった。

全てのことが停滞ていたいし、あとは消えてなくなるのを待つばかりでなに一つ成し得ないまま終わるはずだったのに。

全てはうまくいく、そんな予感がした。



「作業は…順調じゅんちょうか?」

「まぁな!というか驚いたぜ。この山の木全部、ヒノキじゃねぇか!!しかも国産ヒノキだよな?」



愛枝花がこの山に社を建てると決めたのは、山の主がいない上に発展途上の檜木ひのきが多く生えていたからだ。

ヒノキは神が好む香りと性質を持っているのもあって、この場所は女神としては最上の土地だったのだ。



「わざわざ外国から輸入して植樹しょくじゅする意味もない」

「うわー…あれだけ良質なヒノキを斧でスパスパ切り倒したのかよ、俺は」

「ハゲ山にする訳でなし、道を作る程度なら構わぬ。それにある程度木々を整えなければ山の調和ちょうわが乱れる。それに、社の建設に使えば無駄むだにはならない」

「なるほど!木材費がかなり浮くな。しかも余れば売れる」

「ああ、ならば打ってつけの相手がいる。社が完成次第、取りに来させよう」



急須きゅうすから自分のお茶を湯呑みに注ぎ、一口、二口と飲んだところで。

疾風もドーナツを食べ終え、愛枝花がれた熱い茶を飲む。


本日も雪が降るほどの寒さなので、熱いお茶がとても美味しい。

のどかな時間に、疾風は一気に老人になったような気になったが。

隣に座る愛枝花に視線を送れば、そんな考えは一気に吹き飛んだ。



「……」



元々は女神であるがゆえに、神秘性しんぴせいをまとう神がかった美少女がそこにはいた。

熱い茶を飲んだことで、湯気で白い肌が紅くなった頬。

うるんだ黒い瞳、花のような小さなくちびる


そのパーツひとつひとつがそろうことで、目がそらせないほどの美しい存在が生まれるのだから不思議なものだ。

まるで光をびたように見える小さな体に疾風がそっと触れると。

最初の頃と比べ、ずいぶん柔らかくなった眼差まなざしが向けられる。

それに居心地の良さを感じた疾風は、一言も話さないまま愛枝花の側に近づいた。



「どうした?」



ひどく穏やかに声をかけてくるので。

今までの言葉や口調にすっかり慣れたつもりでいた疾風は、調子が狂いそうになっていた。



「いや…なんか、愛枝花の側が居心地いいなー…と」



そう言って誤魔化ごまかしたが、口からでまかせという訳でもなかった。

かつてないほどの満ち足りた時間が流れているのを、心身共に感じているのだ。

やはり最低限の衣食住が揃っていないと、心は満たされない。


廃屋に近い建物で、すきま風が少々厳きびしいが。

女神がおわす神聖な社は、たとえオンボロでも空気が居心地がいいものなのだとしみじみ思うのだった。



「…冷たいことばかり言う生意気な女の側が居心地いいのか?」

「全部相手のことを考えての言葉だろ?本気で傷つけようとした言葉は一つもない」

「私は女神として、傲慢ごうまんであってはならぬと常に心がけている。自分勝手な考えや憶測おくそくだけで、相手をおとしめたりはずかしめたりはしない」



気高く凛々りりしい『本物』の女神はこれほどのものかと目の当たりにして見せつけられたような思いだったことだろう。

神としては底辺にいることは間違いないというのに、この誇り高さはなんなのか。



「かっこいー」

「なんなんださっきからお前は」

「いや、これで俺とお似合いの外見年齢だったられてたわ、本気で」

「…馬鹿らしい」



いつの間にか横になり、疾風が愛枝花に膝枕ひざまくらしてもらっている状況になっていることに。

少しの間を置いて、ようやく愛枝花が気がついた。


この穏やかな空気にまどわされたようだと意識を覚醒かくせいさせて、素早く身を引かせ畳の上に疾風は頭を打ち付ける。

地の底から響くようなうめき声を上げながら、頭を押さえてうめいているのを見て。

畳で頭を打ったぐらいで大げさな、と冷めた目で光景を見ていた。


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