第13話 初恋ー13

 由理子が中川たちをつれてミキを追って公園に入ると、北斗が駆けてくるのが見えた。

二人は北斗に駆け寄って、

「どうしたの」と問うと、

「あいつらが、リンチに来やがったんだ」

「それで、ミキちゃんは?」

「あの子?あ、あの子…が、逃げろって」

「それで、放ってきたのか?」

「だって……」

「どこ?」

 必死の形相になって問い詰める由理子を前にして北斗はようやく冷静になったらしく前に立って率先して駆け出した。


 由理子たちが現場に駆けつける途中でミキと出くわした。ミキは泥だらけの状態でとぼとぼと歩いて来た。由理子は慌てて駆け寄り、

「大丈夫、ミキちゃん?」と訊ねると、ミキはニッコリ笑って頷いた。

「こんなに泥だらけになって、ここ、血が付いてる。ケガしてるんじゃないの?」

「あ、大丈夫、たいしたことないし、これ返り血だから」

「はい?」

軽やかに笑うミキの前で由理子は戸惑ってしまった。


 中川は、ひとり様子を見に現場に向かった。北斗の所属しているグループが高校生を交えた連中だということは調べがついていた。後々面倒なことになるとまずいと思って、様子だけ確認したかったのだった。見通しのきく緑道から植え込みを見ると、そこには、地に伏して呻いている学生たちの姿があった。中川は、一瞬驚いてその光景を見つめてしまったが、安堵の気持ちが沸いてきて歩みを戻した。


 由理子に泥を払ってもらっているミキは子供のように素直に立っていた。と、視線が北斗とぶつかって、急に照れてしまった。北斗は何か言いたげな様子だったが、近づいて来れないようだった。ミキも近づくこともできずに立ち尽くしていた。そんなミキの耳元で由理子は、

「ごめん、傘、置いてきちゃって」と言うと、

「あ、いいよ。また明日にする」と答えた。でも、と言いかけた由理子を制止すると、北斗ににっこり微笑みながら、

「また、明日ね。北斗君」と言いながら手を振って立ち去ろうとした。北斗は何か言いたげに引き止めようとしたが、ミキはそのまま駆け出した。由理子はちょっと北斗の顔を見るとお辞儀して、振り返ってミキを追った。


 保健室のベッドでうっ伏しているミキに話し掛けることもできないまま、由理子と早野先生はそばに座っていた。早野先生が由理子に、どうしたの、と訊ねても由理子にも答えようがなかった。ミキは伏せたままぽつりと言った。

「また、やっちゃった……」

二人はようやく話し出したミキに合わせてゆっくりと訊ねた。

「なにを?」

「ケンカしちゃった……」

「ケンカ?ミキちゃんが?」

「あたし、強いの。お兄ちゃんが空手やってて、あたしも小さいときから習ってたし、それに、前に家出したときに会った先生が、護身術にって、色々教えてくれたから。もうやめなきゃって思いながらずっとやっちゃうのよねぇ、ダメね」

「でも、向こうが悪いんでしょ」

「わかんない。けど、北斗君がリンチにあってたから…だから、止めようと思っただけなんだけど」

「……傘、どうするの?」

「ん、明日返す。それで、終わり……」

淋しそうに呟いたミキに二人は何も言えなかった。

「さ、帰ろ」

ガバッと起き上がったミキは、作り笑顔でそう言った。心配そうな二人を前に元気そうな仕種をして見せた。

「あとは、明日。明日明日、あたしの名前。明日と未来があたしにはあるの」

平野先生と由理子はは少し顔を見合わせた後、ミキに微笑んで見せた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る