keep tryin'
早雲
keep tryin'
A、T、G、C。
こんな始まり方って、きっと下品だと思う。でも、ここからじゃないと始まらない。
◯
ねえ、僕らの世界はさ、意外と計算できるものであふれているよな。
僕が投げたボールは、僕の腕の力で初速が決まって、投げた角度でどのくらい飛ぶかがわかる。つまり僕が投げるくだらないボールを、誰かの頭に当てるには、相手の位置と、必要な腕の力と、投げる角度さえわかってればいいってこと。この前、数学の授業で習った。
でもさ、そんなことじゃ、あんまり驚けないよね。だって別にさ、嫌いな奴の頭めがけてボールを投げるなんて、ちょっと感覚つかめば、すぐにできそうだしさ。
学校の授業ってさ、ちょっと面白そうなことやってるな、って思ってもすぐに、なんかつまらないことになるんだよな。どうせならロケットを飛ばすための計算を教えてくれればいいのに。
でさ、話は変わるんだけど、この前、父さんの部屋に入ったときに、変な本を見つけちゃったんだよね。”利己的な遺伝子”って本。ほら、僕の父さんってさ、大学の先生だからさ、そういう本も結構あるんだよ。
正直さ、最初の数ページ読んだだけでも何言ってるかわかんなかったんだよ。なんか、自分が馬鹿になったみたいで、少しみじめな気になったけど、とりあえず読んでみたんだ。でも、まったくわからない。
それでさ、作者のリチャード・ドーキンスって人をwikipediaで調べてみたんだよ。wikipediaならわかりやすくかいてあるだろ?
えっ?ああ、ほんとそうだよな。歴史の人物が何したとか、すぐにネット調べりゃ出てくるのにな。まったくさ。あの社会の尾道の奴、意味ない授業するよな、ほんと。
いや、で、そのドーキンスって人なんだけどさ。wikipediaでみたら、「生物は遺伝子の乗り物に過ぎない」とかっていってるんだよ。ほら、遺伝子ってわかるだろ?僕と違ってお前は頭が良いんだから。…そう、その人が見つけたやつ。
そのさ、たかだかえんどう豆かなんかの、色だのしわだのを変えるだけの、くだらないもんがだよ?そのくだらないのに僕らは操られているんだって。
いや、ほんとにそう書いてあるんだよ。ほら、わかんなかったらすぐ調べる、調べる。
…でしょ?ほんとまいっちゃうよな。遺伝子なんてさ、A、T、C、Gってただ並んでるだけなんだぜ?それなのに僕らを支配するなんて、よくそんなことが言えるよな。
わかってるってば。僕は別にそんなつもりで言ったんじゃないぜ?別にお前が知らないって思ってるわけじゃないよ。たださ、なんていうかな。こんな気持ちになることってないから。ほら。自分って何かって考えることってあるじゃん。夜とか、スターウォーズ見たときとかさ。…映画くらいみろよな。
何が言いたかったかって言うと、お前は、こういうの、どう思うかってことなんだ。親とか、教師とか、twitterのクソリプとかじゃなくてさ、僕らのもっと近くに、僕らを操る存在がいるんだぜ?そしたらさ…。
僕たちって、いったい何なんだ?
◯
あの頃の僕は、何も知らなかった。ひたすらに頭が悪くて、ひたすらに無意味なことを考えていて、ひたすらに純粋だった。
何年かして、僕らは大人になって、あのころみたいに、ただただ、切実な無意味について考えることはできなくなってしまった。けれど、僕はあの時の自分を決して嗤わない。
いつになっても答えは出なくて、やがてその問いを忘れてしまった。
人はそうやって大人になっていく。人はそうやって老いていく。
それに抗う方法は、ただ一つだけ。
keep tryin'.
keep tryin'.
keep tryin'.
呪文みたいに口にして、今日も続ける。
keep tryin' 早雲 @takenaka-souun
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