物語と肋骨

書三代ガクト

第1話

 昔から空を飛ぶ物語に憧れていた。

 だから私は高跳びが好きだった。

 会場の手拍子。数メートルの助走。そして踏み込み。すべてをかみ合わせて、バーを飛び越える。その瞬間、私は物語の登場人物になれた気がするのだ。

 今日も私は手拍子を促す。県大会の決勝。飛べればチームのインターハイ出場が決まるという場面。普段よりも大きな音が背中を押した。

 呼吸を整えて、私はじっとバーを見据える。そして跳ねるように駆けだした。

 一歩目、グランドの傍らで祈るチームメンバーが見えた。

 二歩目、固唾を飲んでる他校のライバルが見えた。

 三歩目、きっと試合を見に来ているだろう幼なじみが浮かんだ。

 一歩一歩踏み出すたびに、今までの練習と緊張する体が噛み合わさっていく。地面が、空気が、私と一つになって飛んだ。


 そして私は落ちた。

 

 最後の一歩が大きくて、肩にバーが当たった。落ちたそれを追うように私もマットに転がる。肋骨がきしみ、息が漏れた。

 音の消えた競技場が慌ただしくなるまで、私は動けずに空を見つめる。いつもより遠い青が目を焼いた。


 全治三週間。バーの上に落ちた私は肋骨を折った。いわゆるてこの原理だ。

 高校についてまっすぐ職員室に向かう。医師からもらった診断を改めて陸上部の顧問に告げた。私と先生しかいない職員室で、彼はううむと顎を掻く。

 体をいたわる言葉を告げてから顧問は口を閉ざした。迷うように目を泳がせて私を見据える。

「何か気負っていたか?」

〝決勝で飛べたら聞いてくれる?〟

 思い当たる節はある。頭の中で幼なじみに告げた私の精一杯が反響した。

 けれどここで言う気にもなれなくて、たははと笑う。

 ごまかしでしかない笑いをとがめるように折れた肋骨が痛んだ。顧問も首を小さく左右に振る。

 重い沈黙。時計の音が急に大きくなった気がした。

「とりあえず治るまで休みだな」

 会話を終えるように顧問はそう告げた。




 体育館前のベンチに座りながら部員たちを眺めた。かけ声とともにグランドを走っている。一緒に試合に出たメンバーもちらりと私を見ていた。

 私のせいでインターハイに行けなかった彼ら。私には来年があるけれど、ほとんどのメンバーは今年が最後だった。罪悪感が重なっていく。

 もちろん私だけが悪いんじゃない。そもそも各競技の合計点数を競う種目だ。私が飛べなかったから負けたのではない。

 

 けれど、私が飛べていたら行けていたのだ。

 

 全員に謝りたい。けれど病院に連れていかれて、その後のごたごたでまだタイミングを逃してしまった。そして今は確かめるのが怖くなっていた。

 ため息を零すと、脇腹がびりりと痛んだ。またため息をつきそうになってこらえる。

「大会終わったからって、たるんでるんじゃないぞ~」

 ストップウォッチを持った顧問の声。今朝、逃げ出すように職員室から出たことを思い返した。

 もう少し私はうまくやれていたはずだった。けれど、あの職員室では言葉が出てこなくて、ぎこちなさだけしかなかった。

 部員たちがまた私の前を走っていく。後ろめたい気持ちに引きずられながら彼らの背中を目で追った。

 

 どうして私はあの中にいないんだろう。

 

 またため息が出そうになって、こらえた。コルセットのおかげか何もしなければ痛まない肋骨。けれどふとした動作で急に暴れ出す。

 それが怖くて、普段出来ていたことも抑えつけられているようだった。

「よう、香奈」

 後ろから名前を呼ばれた。そして幼なじみの金沢巧実が現れる。いつもと変わらない笑みで彼はベンチに座った。私は胸が弾んだ。

 痛みとは違う色合い。

 頬が熱くなるのをごまかすように、私は唇をとがらせた。

「なによーう。こっちが部活を休んでテンション下げているというのに」

「さすがは陸上部のエース。万年ベンチの俺はそんなことを思ったこともないよ」

「高跳びをしたがる人がいないだけ。というか、あんたも前回試合に出ていたじゃん。一、一クオーツぐらい」

「一クオーターな」

 いい加減、覚えろよと幼なじみは静かに笑う。バスケ部に所属する彼は体操着の上にビブスを羽織っていた。

「そんなレギュラーの君が休んでていいの? 取られちゃうよ」

「今は休憩中。それにお前が泣きそうに見えたから」

 さりげなく添えられた言葉。巧実はまっすぐ私を見据えた。

「それに、何を言おうとしていたのかなって」

〝決勝で飛べたら聞いてくれる?〟

 精一杯告げた私の声がよみがえる。

 でも飛べなかったのだ。

「できなかったから秘密」

「別にいいじゃん」

 彼の言葉が胸の柔いところに刺さった。カチンと頭の中が鳴る。

「別にってなに? 私はできなかったんだよ!」

「それでもさあ!」

 巧実の声も荒くなる。ばっと身を乗り出した彼に、私はびくりと肩をふるわせて。

 痛みが走った。

 崩れるように前屈みになった私。巧実の手がその背中に触れて、さらに肋骨がきしんだ。

 私の口から短い悲鳴がこぼれる。彼の手が離れた。

 後ろから声がして、ベンチの隣が軽くなる。

 私が呼吸を整えて顔を上げると、巧実はもういなかった。




 県大会前日の帰り道。久々に幼なじみと帰った日はいつもよりも夕焼けが綺麗に見えた。

 すべてがあかね色に染まった風景。まるで物語のクライマックスみたいだった。

 その色に当てられたんだろう。いつもの軽口もあまり続かなくて、沈黙が多い帰り道だった。重いというよりも、どちらかと言えば浮ついた空気。

 そして信号で止まった瞬間、巧実も同じように夕日を眺めていることに気付いたのだ。

 赤く染まる顔に、私と同じ温度をしているんだと思った。

「ねぇ」

〝決勝で飛べたら聞いてくれる?〟

 熱に浮かされるまま告げた言葉。彼もそっぽを向きながら静かに頷いた。


 けれど今は彼は隣にいない。信号の向こうにある空はやはり遠い。

 飛べなかったあの日。かみ合わなかった決勝。

 あれ以降、空に届く気がぜんぜんしなかった。




 夕食を終えて、自室に戻る。肋骨をかばいながらぎこちなくベッドに倒れ込む。スマホを取り出して掲げた。メッセージ通知に光る画面。スライドさせると、巧実からのメッセージが来ていた。

〝悪かった。お大事に〟

 私はスマホを投げた。そのまま額の上に手を乗せる。

「そんなのがほしかったわけじゃない」

 今まで、巧実との間になかったぎこちなく、固い言葉。

 涙がにじんで嗚咽がこぼれた。びりりと痛みが走る。

 胸以上に痛む肋骨がただただ腹立たしかった。




 教室でも私はみんなに気遣われた。

 移動教室では荷物を持ってもらい、お昼にはいつも以上にお菓子を貰う。

「私だったら甘んじて受けちゃうけどな。お姫様扱いじゃん」

 机に積み上がったお菓子に目を細めていると、クラスメイトの早希が手を伸ばす。

 校則違反の金髪に、着崩したブレザー、短いスカート。ネイルでとがった指先を器用に操って個包装を開ける。

「私だってありがたいけど。けど」

 他のクラスメイトに聞こえないように小声で返す。早希はまたけらけらと笑った。

「最近、元気ないからね。みんな心配なんだよ」

 どきりと胸が跳ねた。顔を上げると、にんまりと早希は笑う。

「まぁ前の土曜でしょ。落ち込んでるのも分かるけどね。ってい」

 彼女は指先で私の肩をつつく。伝播するように肋骨に痛みが走った。

 思わず声を上げた私に、早希は飛び上がる。私の呼吸が整うのを待ってから彼女は「ごめん」と口を開いた。

「漫画とかだと肋骨折りながら戦ってるから、たいしたことないかなって。二本逝っちまったぜとかさ」

「こっちは一本でもこんな感じです」

「ノンフィクションだねー。やっぱり夢がない世界」

 早希はまた謝って静かに笑った。ずきんずきんと痛む脇腹を押さえながら私は彼女をにらむ。

 彼女は自分の鞄から個包装のチョコを取り出して、菓子の山に添えた。多分謝罪のつもりだろう。

 決して悪いやつじゃない。ただ少しだけずれていて、ここじゃないどこかを見ているような表情をしたりする。縛られてないような、けれど誰よりも何かを気にしているような。そんな不思議な子だ。

 呼吸を整えて私はブリックパックに手を伸ばす。ちゅるりといちごミルクをすすった。

「で、告白はしたの?」

 思わずむせた。痛みが走る。胸を叩くわけにもいかずに、強引に飲み込んだ。

「タイミング!」

 にらみつけると、早希はまたチョコを菓子の山に置いた。

「するなら早いところしちゃいなよ。拓実くん、密かに人気だよ」

「そうなの? 初めて聞いた」

「そう、私調べ」

 私は首をかしげて、息を吐いた。

「でも、タイミングがさ」

「タイミング? いつでもいいじゃん。変な約束とか縛りとかないんなら」

 動きを止めた私に早希の口が弧を描く。「もしかして」と溜めながら言った。

「恥ずかしい約束でもしちゃってた? インハイ出場したら告白するとか?」

 顔が熱くなった。思わず振り上げた手を脇腹の痛みがたしなめる。

 早希はにょほーと声を上げた。目が細くなって、にんまりと頬が上がっていく。猫耳と尻尾がにょきりと生えたように見えた。

「青春だねぇ。ロマンチストだねぇ。物語だねぇ」

 愉快そうな声色が腹立たしい。拳を握っていると「でもさ」と彼女は言葉を続けた。

「現実だからね。フィクションとは違うって今体感しているでしょ」

 温度の下がったような声。驚いて彼女を見つめる。けれど彼女はいつもの笑顔で菓子を頬張っていた。

「現実はなんのお膳立てもしてくれないよ」

 私の肋骨が同意するように痛んだ。




 陸上部の掛け声を背に、私は一人で帰る。鞄を引き上げると、食べきれなかった菓子の包装が布の向こうで小さな音を立てた。その中には早希がくれたチョコレートも入っている。

 彼女の冷たい声色が頭に浮かぶ。フィクション。

 気を抜くとすぐきしむ肋骨。こんな痛みを抱えたまま大立ち回りをするなんて現実の私にはできない。

「ノンフィクション」

 もしもここが漫画の世界ならきっと飛べていたんだろう。そして告白は成功して、世界の祝福される。

 現実に引き戻すように脇腹が痛んだ。

「もし物語だったら、巧実がさっと現れるんだろうけど」

「呼んだか?」

「にょうわっ!」

  不審そうに、心配そうに眉をひそめた巧実がそこにいた。

「どうしたの部活は?」

「さぼった」

 彼はぶっきらぼうに顔をそむける。ちらりと私を見て、また口を開いた。

「そんな気分だったし、お前がいたから」

 明瞭じゃない言葉。けれどなんとなく私と似たようなものを抱いていることは分かった。

「……もしかして、肋骨折った?」

「なんでだよ」

 彼が笑ってふっと空気が和らぐ。私も痛みをこらえながら笑い返した。

 そのまま横に並んで歩く。

「そういえば巧実モテるんだってね」

「何の話だよ。いきなり」

 早希の名前を出すと彼はあきれたように首を左右に振る。

 確かに彼の黄色い噂はうわさは聞いたことがない。

 早希は何を調べたのだろう。

「俺が告られたことないの、お前は知ってるだろ。てか、言わせんな」 

「確かにそうね。というか、恐ろしいよね。巧実ともう十年以上も一緒」

 思い返せばいつだって彼が隣にいた気がする。小学校で友達と喧嘩したときも、中学で高跳びを始めるときも、受験勉強のときも、そして今も。

 じゃあ、これからは?

 自然と前を向いた思考が疑問を投げかける。胸が一気にはねて、顔が熱くなった。

 拓実を見ると目が合う。夕日に顔が赤く染まっていた。

 

 あの時と同じだと、静かに思った。


 同じ夕日に照らされて同じ色に、同じ温度になっている二人。

 巧実が息を軽く吸う。口がゆっくりと形を変えていく。

 肋骨は痛んだ。私は牽制するように叫ぶ。

「腐れ縁も極めりって感じだよね」

 彼は茫然と固まり、そうかと小さく呟く。私は「違う」とも「間違えた」とも言えずに、ごまかしの笑顔に頼る。

 ただただ胸が痛い。

 ぎこちないまま、私の家にたどり着く。私は逃げるように玄関をくぐった。振り返らずに閉めた扉に背中を預ける。ずるずると崩れるように座り込んだ。

 物語みたいな夕日の先にある痛みは私をどこまでも臆病にさせていた。

〝現実はなんのお膳立てもしてくれないよ〟

「違うよ早希」

 かみ合わせていないのは私。そのことに自覚しながら私は腕に顔をうずめた。




「今日も人気者だね」

 見慣れてきた菓子の山。早希はクラスメイトに目を向けながら手を伸ばした。パリッと袋を開ける。

 私はため息をついて机に倒れこんだ。頭に早希の笑い声が降ってくる。

「いつにも増して苦悩少女」

「もうおわりだああぁああ」

 腹の底からの低い声。出た後も言葉が尾を引いて口とつながっているような気持ち悪さがあった。

「何も始まっていないでしょうに」

 早希のあきれ声に脇腹がびりびりと痛んだ。そんなの自分が一番よく知っていた。

「始まってないからつらいっていう話」

「じゃあ始めればいいだけっていう話」

 私は机の上で顔を回した。早希はまたお菓子に手を伸ばす。

「何に悩んでいるのか私にはよくわからないけどね」

 ネイルの付いた指で器用に包装を剥く早希。お菓子に目を向けたまま言葉を続けた。

「みんなからもお菓子をもらって、気にかけてもらって。インハイ行けなかったのは残念かもだけど」

 あんたってそんなに熱血少女だったっけ?

 彼女はそう言って、お菓子を頬張った。

 心が冷えていくような言葉。けれど早希は何でもないように「おいしー」と頬を押さえる。

「違うんだよ。自分が嫌になりそうなの」

 早希は首をかしげる。私は自分の想いを探りながら言葉を当てはめていく。

「ちゃんと飛べなくて、それなにに優しくしてもらって」

 エースと呼ばれて、先輩の中で唯一メンバーに選ばれた私。まるであこがれていた物語の登場人物だと思った。そして浮かれて幼なじみへの思いも重ねたのだ。

 調子に乗って、失敗した。恥ずかしくて、申し訳なくて。ずっと私のせいでという感覚が付いて回る。今回が最後のチャンスだった先輩もいた。けれど、誰からも責められたりしない。骨折のせいだったのか、それともそんなにたいした話ではないのか。

 保留している内に、それを確かめるのがただただ怖くなった。すべてが独りよがりな気がしてきて、幼なじみへの思いも勘違いなんじゃないかと、失敗するんじゃないかと、臆病になってしまった。

 早希はふうんと応えて、私の手首を掴んだ。

「入り組んでいるような、シンプルなような」

 彼女の手は震えるほど冷たかった。

「それなら確認すればいいだけじゃない」

 早希に引かれて私は立ち上がる。脇腹が悲鳴を上げた。目から星が飛ぶ。

 早希は強引に教室を出る。痛い痛いと泣く私を無視して階段を上り、三年の教室にやってきた。

 目を丸くしている三年生に早希は端的に告げる。

「陸上部の方いますか?」

 三年生が指し示す席に早希は向かう。引かれる私は悲鳴を上げた。

 唖然としている先輩の前に早希は私を立たせた。息が詰まるような痛みに早希をにらみつける。彼女は「言いたいことがあるんでしょ」とにらみ返してきた。

 いつも以上に不機嫌そうな早希。理由も分からず、促されるまま先輩と向き合う。目を丸くしている先輩に私は頭を下げる。

「飛べなくてすみません」

「え、あ、うん。それは私たちのせいでもあるから。先に点数稼げなくて、プレッシャーを与えちゃって。……こちらこそごめんね」

 というか、怪我、大丈夫なの? という先輩の声は痛みによってかき消される。早希に引かれるまま、教室を出ていった。花火が散る視界の中で、彼女の金髪が揺れている。顔を上げると彼女は泣きそうな顔していた。痛みをこらえているような表情。

 理由が分からないまま彼女に連れて行かれる。階段を降りて、私たちの隣のクラスに入った。知らない人の視線を感じながら机に前に立つ。顔を上げると、拓実が目を白黒させていた。私も思わず固まる。

「私の気が変わらないうちに早くやっちゃって」

 早希がまくし立てるように言う。全く意味が分からなかった。

 痛みも、幼なじみの困惑も、彼女の言葉もぐるぐると頭の中で回って、何の答えも出てこない。

 動かない私たちを見て、早希が軽く舌打ちをする。そして私の背中を強引に押した。

 体勢を崩した私はそのまま拓実に倒れ込む。彼は私を受け止めて、腰に手を回した。

 教室が静かになる。その合間を縫って早希が鼻をすする音が聞こえた。

 ……泣いてる?

「拓実、そのまま抱きしめてやって」

 うわずった早希の声が重なる。拓実の腕に力がこもって、学ランの香りが強くなった。そして脇腹の痛みに視界が歪んだ。

 拓実を押して、強引に離れる。痛みに前屈みになったまま、キッと早希をにらみつけた。

「けが人なんだよ、こっちは!」

「でも特別扱いしてほしくなかったんでしょ」

 早希は顔を背けたままいつもの声色で答える。鼻をすすり、天井を見上げて、そして顔を私に向けた。少しだけ赤くなった頬を上げて、ほらほらと促す。

「別に先輩も怒ってなかったじゃん。もう止まる必要はないよね」

 彼女のせいで謝ることが増えたとか、他にも伝えたい先輩はいるとか、いろいろな言葉が頭を巡った。

 けれど、脇腹の痛みと、拓実の表情がすべてを流す。何もかもがどうでも良くなったような、奇妙な晴れやかさ。

 ああそうか、今私は大立ち回りしているんだ。物語の登場人物みたいに。

 浮つく心も痛みが現実だと伝えてくる。煩わしかった肋骨も今は少しだけ心地が良い。

 

 現実の私でもできるんだ。


 息を大きく吸って吐き出す。そして目の前の巧実をじっと見据えた。不安と期待に染まる表情。彼も少しだけ震えているように見える。

 飛べたら告白しようと思ってた。次飛べたら付き合ってほしい。

 様々な物語が頭に浮かんでは消える。けれど脇腹は急かすように痛んだ。

「ずっと好きだった。付き合ってほしい」

 ノンフィクションの私はなんの衒いも無い言葉を選んだ。


◆◆◆


 昼休み、窓の外を見ると、ベンチで弁当を広げていちゃつく二人が見えた。中庭でお互いの弁当に箸を伸ばして、わちゃわちゃしている。

 肋骨が治ったクラスメイトは恋人との関係も良好らしい。

「なんで、お膳立てしたんだろう」

 早希はぽろりと零した。そして彼女は自身の腕に力が入っていることに気付く。まだ飲み込めてないのかと、早希はゆっくりと手をほどいた。

 両思いなのは火を見るより明らか。けれど、うじうじしている二人がとにかく腹立たしかったのだ。

 いや、そんな二人を見てチャンスがあると思ってしまう自分が腹立たしかったのだ。

 そのいらだちを香奈にぶつけてしまったのは申し訳ないとも思う。

 中庭を見下ろすと、二人の顔が近づいていた。重なる二人に、申し訳なさも霧散していく。

 吹っ切れたバカップルにため息を零す。嫉妬に似たくすぶりに、早希は自分の胸を叩いた。

「痛々しいぐらいだね」

 言葉の行き先がどこに向いているのかが分からないまま、早希はぽつりと呟く。胸が骨折したみたいに、痛かった。

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