空想作家

早雲

第1話 砂漠

 砂の上に寝転ぶと、意外にもまだ昼間のあたたかさを残している。

 現地のガイドはヘビやサソリに気を付けろとは全く言わず、僕がガイド料と少し高めのチップを差し出すと、僕の希望通り、僕を砂漠のど真ん中においていった。周りに人っ子一人いないものだから、少しだけ心細い気持ちになったけれど、それも目的の一部だと思い出す。むしろジャングルに置いてけぼりにされた方がきっと濃厚に死の匂いを感じるのだろう。なんせジャングルってやつは表面に息づく生命の足元に何重もの死を内蔵しているからだ。淘汰されたものやそのまま寿命をまっとうしたもの達が死屍累々とその地面に積み重なっている。だから砂漠でよかった。僕に見える命も少ない代わりに、死も少しだけ遠い。

 本来夜の砂漠の周りには明かりも何もない。それなのに仰向けに横たわっている僕の目に少し無粋なエンジン音を伴った車の一団のライトが映った。どうやら街で僕が動き回ったために彼らに情報が伝わったらしい。僕は現在ガイドに置いてけぼりをくらって、空を見上げながら、持ち物は旅の必需品と今夜の食糧と寝袋だけで、つまりは駆動機つきの乗り物に乗っている輩から逃げる手段がない。手持ちの品でわが身を贖うにもカロリーメイトやビーフジャーキーで見逃してくれるというわけにもいかないだろう。いやはや。

 派手な音を立てて車を僕が寝ているそばに駐車し、おもむろに、どやどやと5人くらいのガタイのいい男たちが僕を取り囲む。そしてRの発音が独特な、現地なまりの英語で話し出す。

「だだっ広い砂場の真ん中でねんねしてるなんて、お前のくそったれな首までくその沼まで使ってるみたいなもんだ。人生を儚んだか。それとも俺たちにお前が殺された後の後始末をしやすいようにしてくれてんのか」

 僕は寝ころんだまま男の一人を見て言った。

「君らが僕を日本に帰る飛行場に送ってくれることを期待しているのだけれど」

 彼らは僕のお願いを無視して続ける。

「お前を見つけるために千ドルを街中のヤクの売人にばらまいたし、俺たちの仲間のカルロスは足をうたれて今も熱にうなされている」

 どうやら僕が事前に準備していた罠に誘導されてくれたらしい。とはいえ効果を発揮しすぎたようだ。足をうたれたカルロスがまた元気に街のお偉いさんを恐喝できますように。

「いろいろ誤解しているみたいだけれど第一に、君らの組織が壊滅したのは僕のせいじゃない。次に僕を殺しても君たちの組織はもどってこない。最後に君たちは圧倒的に有利な立場にいると思っているだろうけど、それは勘違いだ。どうして僕がこんなところに寝ていると思う…」

 男たちは少したじろいだ。それはそうだろう。僕は彼らに何重もの罠を張って彼らの仲間の一人を手も下さず病院送りにしている。そんな人間が意味もなくだだっ広い砂漠のど真ん中でゴロゴロしているなんてことがあるわけがない。僕の目的は無関係な人がいるところでは達成できないのだ。

「さて、みなさん。お答えください。僕が砂漠のど真ん中でこんな風に身じろぎ一つせず横たわっている理由を」

「…」

「時間切れ。実は今僕の周りの半径1メートルの位置に指向性の地雷を改造したものが埋まっています。どう改造したかといえばヘビ毒を仕込んだかけらが君たちに向かって爆発するように改造しました。この辺にはヘビやサソリはいないから君らが血清を持っていることは考えにくいよね。地雷は君らの方向を向いているから僕には破片が飛んでこないけれど、立っているより寝転んでいる方が安全だからそうしている。すでに君らは地雷のセンサーの検知範囲にいるから僕が地雷を起動させた瞬間に起爆します。ではスイッチを押すね」

 宣言通りスイッチを押す。爆発。爆音。耳栓と手で耳を覆っていたけれどそれでもばからしいくらい大きな音。火薬の量を抑えたから彼らにむかって飛んでいく破裂片もそれ自体は殺傷能力が低い。それでも、彼らの洋服はぼろぼろになり、生傷とともに皮膚があらわになる。そして説明通りの毒が彼らにうちこまれる。

「くそっ。やりやがった。本当に毒なんかっ」

「僕を疑うのは建設的ではないよ。ハッタリのためにわざわざ地雷の殺傷性を抑えたりはしない」

「くそったれのチャイニーズが」

 日本人だ。

「血清はあるけれど。毒はすぐ効くから早めに処置してね。僕に返すものがあるだろうから決断はお早めに」

「なんのことを言っている」

「それはそれは。当然僕の娘ことさ。それ以外にも君らに取られたものはたくさんあるけれど、まあ他は勘弁してあげるよ」

「あんなちんけな娘なら売っちまった」

「それが本当なら君らが明日カスロスをお見舞いに行ったり、安いホットドックを買ったり、ケツを拭いたり、女とファックする自由はないよ。死んじゃうからね」

 僕は彼らが目の前の状況を認識できるよう血清を持った瓶を一つ取り出して割った。

「あらら。僕は専門知識を持ち合わせていないからどのくらいの量の血清が必要かわかんないや。あと瓶が何本残っているかは君らのご想像にお任せするけれど」

「お前の娘なんか持ってない」

「そんなはずはない。君らの全財産は今のところあそこに駐車してあるバンとその中身だけだし、僕から娘を奪って何日もたっていないし、人身売買は規制が厳しくなっているし、買い手がつくとは思えない。あのバンの中にいるのでは」

 そういって僕はもう一つ瓶を取り出して割る。

「さてさて、僕は結構短気だから、そろそろ瓶を残った指向性地雷の埋まった方向に放り投げるけれど大丈夫?」

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