第3話 インテリジェンス・デザイン

「それぞれ自己紹介しよう」

 一番歳上らしい子が言った。背が高くて、髪が短くて黒い。

 細胞の分化後にも遺伝子を組み替えられるからと言っても、体形を大幅に変えるのは成長しきってからだと、少し厳しい。

 多分この男の子は背の高さが有利になるようなスポーツのパフォーマーになろうとしているのだろう。あるいはすでになっているのか。

 僕は周りを見渡した。僕らはちょうどお屋敷のなかの広間の畳の中央に、円陣を組むようにして集まっていた。

 僕の隣にはハル。彼は中肉中背で見た目からわかる身体的な特徴はあまりない。だけれど、彼は瞬発力や反射神経が非常に優れている。

 ハルのとなりにはブロンドの男の子が立っていた。人種がわからないくらいの美貌。僕らと同じ年代とは思えないくらいの妖艶さを漂わせている。

 そして、小柄なひ弱そうな少年。一度もアップデートしてない。そんなことがあり得るのだろうか?

「誰からする?」

「言い出しっぺからがいいんじゃない?」

 ハルが言った。こんなふうに初対面の人間にも物怖じしないのは彼の、そして多分生来の長所だ。

 スポーツマンの男の子はそんなハルの言動に気を悪くする風でもなく応えた。

「そうだね。じゃあ僕から。僕はハタヤマ シンゴ。14才だから、この中だと一番最年長だと思う。えっと去年バスケットボールの国内チャンプのチームにいた。今年も招集されると思う。どうぞよろしく。右回りに行こう」

 順番的には次は僕だった。無難に済ませようとおもった。

「カラマ。カラマ カヅキ。法律家になると思うけど、学者かもしれない。とりあえず、脳を使う仕事をすることになると思う。よろしく」

 ブロンドの男の子が僕の方を見た。美しい顔を歪めている。僕の自己紹介があまり爽やかじゃないのは認めるけれど、こんな睨まれ方をするほどではないと思う。

 次はハルだった。

「僕はアキヤマ シュン。名前はシュンだけどハルって呼んで。ゲームが好きだからよく大会に出てる」

 そこでハルの自己紹介は終わった。本当は、ハルはゲームで国内チャンプだけれど、そこには触れなかった。

 次にブロンドの男の子の番になった。

「サツハラ トウマ。モデルをしてる。本来は気にする年齢じゃないけど、老けないように調整してる」

 ハルが口を開いた。

「テロメア関係のアップデートは違法だろ?」

 ハルの指摘はまあまあ正しい。寿命にかかわるテロメアを伸長する複数の遺伝子群をいじって刑務所に行く人間もいるにはいる。だけれど必ずしもそうじゃない。僕はハルに言った。

「違法じゃないよ。かなり面倒な申請が必要だし審査も厳しいけれど、職能として必要な場合は許可が下りる」

 そしてブロンドの子の方を向いた。

「トウマ、君はモデルになりたかったの?」

「いや。でもモデルって死なない職業だから」

 テロメアをいじってはいけない理由はほとんど人口調整のためだけと言ってもよい。だけれど、大勢に影響がないのに自分が寿命で死ななければならないのは納得いかない人間もいるだろう。だから、そういう人は違法にシステムをハッキングしようとして捕まるか、あるいは自らの美貌を売り出すという選択肢をとる。見た目を売る人間であれば、若々しさを保つための調整、つまりテロメアを維持するような遺伝子の編集も可能だ。つまり、寿命を伸ばすのが許される職種ではある。だけれど、どんな才能も代替可能な世の中だ。明日はわからない。

 僕はふと不思議に思った。

 父さんはこの世界で名前のある誰かになることを自己実現と言っていた。

 だけれど、少しだけ周りの人を観察していると、必ずしもみんなそんなふうに考えているわけではなさそうだった。みんな、そんなシリアスじゃなかった。

 みんななりたいものを口にして、なりたいものになっていった。あるいはどんな人間であるかを、どんな人間になるかを、とてもカジュアルに。それはきっと自分でない誰かを紹介しているからなんだろうか。

 最後に、一人。

「僕はサトウ シュウイチと言います。13歳です」

 彼はそれだけで自己紹介を終えてしまった。


         ◯


 僕たちはインテリジェンス・デザインを成功させた人間たちだ。

 持続的な意識を持ち続けてアップデート可能な人類たち。

 ふつうの有性生殖生物が遺伝子データを演算に回す回数をはるかにしのぐ、不自然な生き物たち。

 それでも、それは人類を人類から超越させることはなかった。

 集団遺伝学的に考えると、この人類の超高速遺伝子交換はインフォメーションが一番の選択圧になる

 自然選択ならぬ、意図的選択。

 ここまで超高速で人が遺伝子を交換した時代はなかった。

 ありえない速度で人は多様化し、均一化する。

 さながら、とがった均一。

 それを成すのはGeneSourceTreeと呼ばれる一連のテクノロジーだった。

 その結果が、今僕がいる世界だ。

 僕は街を歩いているといつも気分が悪くなった。

 人々だ。目に映る人々。自分の才を、あるいは可能性を疑わない人々。

 無個性なわけではない。誰も彼も違う見た目で、違う能力を持っていた。

 アーティスト然とした人間も、学者然とした人間もいる。スポーツマンもモデルもいる。

 だけれど、それはステレオタイプ以外の何物でもなかった。

 多様化した無個性とでもいえばいいのだろうか。

 この社会では色んな人間がいることが許される。

 なのに、僕にはどうしても、決まった型しかえらべないように感じた。

 多様な人間で構成される社会を作るために、多様な人間を受け入れる仕組みやテクノロジーが作られた。

 それのいったいどこが多様だというのか。

 この社会の一番の特徴はこうだ。

 プレディクティブ。

 みんな、みんな、解りやすい。

 なぜなら、解りやすく自分を発信することが、社会との兼ね合いで大事になるから。

 その破廉恥さが、僕には耐えがたく感じた。

 まるで、誰かに褒めてもらえないと生きていけない人たちだ。

 もしかしたら僕らは天才という文字、geniusからgeneを抜くべきかもしれない。

 なぜなら、もはやgeneは先天性を表すものではないのだから。

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