繰り返す家庭

もちころ

繰り返す家庭

仕事から帰宅した直後、娘が自分の部屋で首を吊って自殺をした…と聞かされた。


最初に発見したのは妻。


登校時間になっても、起きない娘を不信に思い、部屋に行ったところ娘が首を吊っている姿を見たそうだ。


「どうしてあの子が…。」

「私たちが…私たちが悪かったの?」


半狂乱で涙を流し、嗚咽を漏らしながら妻が話す。

無理もない。

愛する娘の死に様を見て、ショックを受けるのはごく当たり前の反応だ。


あの子は、私たちの自慢の娘だった。


成績も優秀で、友人も多く、そして何より聞き分けのいい子だった。

幼い頃から、私たちは愛を与えてあの子が幸せに暮らせるように努力してきた…。


…それなのに。


私は、湧き出る悲しみをグッと堪える。


「とにかく、今日はもう遅い。お前はもう寝なさい。」


私は、涙を流し憔悴する妻の方に手を置き、そう言った。


妻は、私の言葉に納得したのか、黙ってリビングから出ていく。


妻がリビングを出ていって少し経った後、ふとあの子の笑顔が思い浮かべ、じわりと視界がにじみ、一筋の涙が頬を伝った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「…父さん、お父さん!起きて、朝だよ!」

聞きなれた声が、私の耳に届く。


カーテンはすでに開かれており、そこから朝日が照らし出していた。

そして、私の目の前には…昨日自殺したはずの娘が佇んでいた。


「…!?」

私は、反射的に驚く。


「どうしたの?具合でも悪いの?」

「お前…生きていたのか?」

「何わけの分からないこと言っているの?もう朝食できてるから、起こして来いってお母さんが言ってたよ。ほら、早く起きて!」


娘が、布団に包まれた私の腰に触れる。

この感触…、間違いない娘だ。


死人のように冷たくない、温かい手の感触。


私は涙を堪えながら、「分かった…今行くよ。」と娘に伝えた。


娘は、セーラー服をなびかせながら、自室を出ていった。


良かった…。

昨日のあれは、悪い夢だったのか。


私は、ほっと安堵のため息を付き、自室からリビングへと向かった。


そう、あれは悪い夢。

娘は、こうして生きている。

私たちにとっては、それだけが生きがいなのだから。


リビングへ向かうと、いつもの朝食が用意されている。

私と、妻と、娘の三人。

いつも談笑。そして、娘は牛乳を取り出すと行ってキッチンの方に向かっていった。


刹那…、娘はキッチンに置いてあった包丁で自分の首を切り裂いた。


突然の出来事。

苦悶の声を上げる娘と、飛び散る血。


妻の悲鳴。

倒れる娘の音。

その様子を見ながら、呆然と立ち尽くす…私。


なぜだ?

私の頭は混乱していた。

何もかもが分からぬまま、娘はいなくなってしまった。


――――――――――――――――――――――――――――――――

「はっ!」

大量の汗をかきながら、私はまた目覚める。


今のは、夢…?

いや、夢にしては現実味がありすぎる。


娘が包丁で刺した傷口から出た、血の匂い。

あの匂いは、今でも鼻にこびりついている。


「お父さーん。朝ご飯だよー。」

ふと、1階から娘の声が聞こえてくる。


私は急いでベッドから、降り駆け足で1階まで向かった。


そこには、妻と一緒に朝食を用意する娘の姿があった。


「あなた、どうしたの?そんなに汗をかいて。それに、顔も真っ青だわ。」

妻が、心配したような様子で私の顔を覗き込む。


「お父さん、大丈夫?」

娘も、私を心配していた。


「…いや、大丈夫だ。今日は朝食はいらないよ、このまま仕事に行ってくる。」

私は、そう伝えて、リビングを後にした。


娘と妻は、怪訝そうな顔をしながらも私の姿を見送っていた。


…時間は流れ、夜の8時。

残業中の私の元に、一本の電話が届く。


それは、娘が風呂場で手首から血を流し、死亡していたという、非情な電話だった。


そこで私は確信した。

これは、夢ではない。


娘は、確実に自殺している…いや、死に続けていると。

その事実を知った直後、私は慟哭を上げた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

娘は、様々な方法で死に続けた。


ある時は、薬を大量に飲んでリビングで泡を吹いて死亡していた。

ある時は、玄関のドアノブにタオルを括り付け、死亡。

ある時は、私と妻の目の前で2階の窓から飛び降り、死亡。


…その光景を、私は何回、いや何十回見続けただろうか。


娘が死ぬ度に、己の心がすり減っていく。

絶望に心がむしばまれ、己が壊れていく…そんな感触を何度も味わった。


だが、娘の死を見続けるうちに、いくつか気づいたことがあった。


娘が自殺をするのは、自宅のみ。

なぜかは知らないが、10月3日に必ず死ぬこと。そして、必ずループすること。

そして、私は娘の自室に今まで入ったことがないこと。


この3つの事実が、娘の自殺に繋がっているのだろうと考え、私は娘の自室へと向かった。


最初のループを含め、私は娘の自室を見たことがない。


娘が小学生になった頃に部屋を与えたが、それ以来あの子は私たちに「絶対に入らないで!」とかたくなに拒んでいた。


単なる思春期のものだと思い、深くは考えていなかった。


だが、この度重なるループの中で、娘の自殺を防ぐには、自室に行かなければならない。


私は、意を決して娘の自室のドアを開ける。


室内は、綺麗に整理されていた。

勉強机には、何やら1枚の紙が置かれている。


私は、その紙を見る。

紙には、娘の字でこう書かれていた。


『お父さん。お母さん。私は、もう疲れました。貴方たちが私にプレッシャーをかけてくるのに答えるのも、学校の子にいじめられるのも、全部疲れました。もう、何もしたくありません。私は、この命を終えたいと思います。16年間、お世話になりました。さようなら。10月3日…」


…娘の遺書だった。

娘が繰り返し、自殺をする理由はこれだったのか。


私は遺書を握りしめ、娘の部屋から出た。


その直後、今まで綺麗だった娘の部屋や廊下が全て朽ち果てていった。

何十年も放置された、ボロ屋のように徐々に変わりゆく風景。


私は、その光景に驚きつつも、階段を降りてリビングに向かっていく。


リビングも、廊下や娘の部屋同様、朽ち果てていた。

床も、壁も、天井も、すべて朽ち果て、ところどころ草木が生い茂っている。


リビングを見渡すと、そこには二人分の白骨死体と、ボロボロで色あせた日記が置かれていた。


私は、遺書をポケットに入れ、日記を開く。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私のせいで、ごめんなさい。許してお願い、許して許して許してゆるして…。」


妻の字。


白骨死体と、妻の字で描かれた日記、そして娘の遺書。


私は、全てを思い出した。


娘の自殺に妻が精神を病み、自分たちがどれだけプレッシャーをかけてあの子を苦しめていたのかと半狂乱になったこと。


徐々に衰弱し、妻はその後リビングで自殺をしたこと。


そして、その光景を見て私も心を壊し、妻の隣で自殺をしたこと。


「ああ、そうだったな。どうして忘れていたんだろうか…。」


私は、今までの自分の罪を思い出し、フラフラとした足取りでキッチンへと向かった。


ボロボロになったキッチンの中には、比較的真新しい包丁があった。

その包丁を手に持ち、私は自分の首へと突き刺す。


痛みを感じたが、そんなことはどうでもよかった。

これが、娘をわかってやれなかった罪。

妻を、死なせてしまった罪。


これで…これで、全てを終わらせられる。


私は目を閉じ、暗闇の中に沈んでいった。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「…父さん、お父さん!起きて、朝だよ!」


いつもの娘の声。

私は、「分かったよ。」と言い、ベッドから起き上がる。


いつもの朝。

幸せな日常。


私は、微笑みを浮かべながら朝食を済ませ、仕事へと向かう。


仕事から帰宅した直後、娘が自分の部屋で首を吊って自殺をした…と聞かされた。



end

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