第9話
――翌日
昨日は領主館に宿泊することになったユージンは、ヘルガ嬢に呼ばれて朝食を共にしていた。
「おはようございます、ヘルガ嬢――いえ、ヴァルデクラフト辺境伯閣下」
「あら、なんか距離ができて寂しい感じがしますわね、ユージン様。おはようございます」
慇懃に挨拶をするユージンに対し、鈴を転がすように笑うヘルガ嬢――新生ヴァルデクラフト辺境伯。
「今日は折角ですので、ここヴァルデクラフト領の名産品を使ったメニューにしておりますわ」
そういうヴァルデクラフト辺境伯。
このヴァルデクラフト辺境伯では、名産品として乳やチーズといった酪農系の食品が挙げられる。
勿論主な産業は別にあるのだが、涼しい気候であるこの地域は酪農に向いていた。
そんな名産品を軸にしたメニューは、結構ボリューミーだ。
とはいえ、ユージンは若いし、ヴァルデクラフト辺境伯も元は冒険者なので健啖家である。
女性とは思えない量の食事を平らげると、少し彼女は苦笑した。
「冒険者として動いていればこの位は問題ないのですが、今後は気を付けないといけませんわね」
「何事もバランスが大事ですね」
そんな話をしながら食事を終え、食後の紅茶を楽しむために部屋を移す。
どういうわけか、領主の執務室に案内されたユージン。
応接用のソファーに座った彼の前には、ヴァルデクラフト辺境伯が笑顔で座っている。
「ところで……」
紅茶を一口飲んでから、彼女は一つの袋とメダルをテーブルに置く。
「まず、これを謝礼としてお渡ししますわ。金貨20枚と、我が辺境伯家のメダルです」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げ、懐に仕舞うユージンを見ながら彼女は言葉を続けた。
「それにしても、依頼を受けて下さって助かりましたわ」
「まあ、自分も思うところがありましたので。お互いの利害が一致した、とお考え下さい」
そう言って笑うユージンに対し、言葉はないが深々と頭を下げる彼女。
彼女は、ユージンの家にて行われた会話を思い出していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――2日前 名もなき村
「――何か『修理』を承りましょうか?」
正面に座っているユージンのその一言は、ヘルガ嬢には一瞬理解出来ないものだった。
だが、よくよく思い返してみると、ヒントが隠されているように感じる。
(『証』に関する魔道具の話……剣、ネックレス……ネックレス……?)
そう考えていたところ、とある物の存在を思い出したヘルガ嬢。
(そういえば……家を出て行くときに父上から渡されたネックレスがあった)
唯一の娘である彼女が家を出ると言い出した時、父親である前ヴァルデクラフト辺境伯は当然のことながら反対した。
だが、最終的にそれを認めた辺境伯は、あるネックレスを彼女に渡していたのである。
それは古びたネックレスで、これといった特徴が無いものだった。
しかし父親は、それを必ず保管し、この領地に戻る際には必ず着用しておくように、と告げられていたのである。
「(もしかしたら……)……そういえば、父上から預かっていたネックレスがありますわ。とはいえ、どのような物かは分かりませんが」
「ふむ……拝見しても?」
「ええ、構いませんわ」
そう言ってヘルガ嬢は、首に掛けて服の中に隠していたネックレスをユージンに渡す。
それを受け取ったユージンは、しばらく眺めて頷いた。
「なるほど……」
「何か、分かりましたか?」
「ええ」
そのユージンの言葉に驚くヘルガ嬢。
その様子をどこか満足げに見ながら、ユージンは口を開く。
「これは、どうやらかなり重要な物のようです……詳細を知りたいと思われますか?」
「それは……」
どこか挑戦的な、試すような視線を向けるユージンに対し、一瞬気圧されたヘルガ嬢。
だが、直ぐに頷いた彼女は、ユージンに告げる。
「詳細は勿論、修理もお願いいたしますわ。無論、報酬はできるだけお出しますので」
そう告げる彼女にユージンは笑いかける。
「なるほど。では対価は……そうですね、ぜひ貴女の『覚悟』を見せていただきたい」
ユージンが提案したのは、領主継承予定者が行う【継承の儀】の場に出席すること。
不思議に思ったヘルガ嬢だが、続くユージンの言葉に納得する。
「恐らくですが、【領主の剣】と関連して、男爵は俺をさも自分の部下のようにして紹介するでしょう。そこまではせずとも、辺境伯家の関係者という形で紹介するはずです」
「……確かに、否定できませんね」
「そこで、貴女には俺が『辺境伯家のお抱えでないこと』、そして貴女が俺の『仕事における支援者』となることを、明言していただきたい」
それはユージンが辺境伯家には仕えないこと、そして辺境伯家は他の貴族からの圧力に対し、仕事に関するもののみではあるがユージンの後ろ盾となることを認めるということだ。
それをユージンではなく辺境伯家の者が言うということに、意味がある。
そして同時に、それを成すには彼女自身が領主となる『覚悟』を持たなければいけないということでもあった。
生半可な立場では、間違いなく名が知られるユージンを守ることはできないのだから。
ユージンの言葉の意味を理解したヘルガ嬢は、深呼吸の後にユージンに視線を向ける。
「……既に、その覚悟はできておりますわ」
その視線は、彼女が本気となった証。
間違いなく彼女は、辺境伯家の後継者として名乗りを上げ、その才覚を見せつけてくれるだろう。
ユージンはそう思いながら、右手を差し出す。
「――それでは、契約成立ですね」
「ええ」
頷いたヘルガ嬢が、ユージンの右手を握る。
ここに、ユージンの次の仕事が契約されたのだった。
◆ ◆ ◆
「――つまり、このネックレスが重要なのですね?」
「ええ、そうです」
ユージンの持つ能力の一つ、それは【解析】の能力だ。
修理する物の詳細を把握し、必要な材料を把握し、そして工程を把握する。
それを行うための、主幹となるのが【解析】能力なのである。
そこから得られた情報を元に説明するユージンと、その情報に驚きの表情を浮かべるヘルガ嬢が会話している。
「つまり、このネックレスを着用して【領主の剣】を使い、魔力を指定の魔道具に放出することで、その対象となる魔道具が反応するわけです」
「なるほど……対象の魔道具は間違いなく【継承の門】ですわね、あれは領主就任の際にしか開かないのです」
ネックレスの修理のため、作業部屋に入ったユージンとヘルガ嬢。
二人の前にはネックレスがあり、その周囲には材料が置かれていた。
「ミスリルに銀……それと少々の金。これで以上のようですね」
「予想以上に、材料は少ないのですね?」
そう聞いてくるヘルガ嬢に対し、ユージンは頷いた。
「これは中央のクリスタルが最重要な基幹部ですから。他の部分は、装飾の意味が大きいですね。ただ、このクリスタルと接触しているミスリルの線……これは魔力の伝達に重要な部分ですね」
そう言いながら、問題の箇所を見せるユージン。
そこはミスリルの線が一部欠けており、恐らくここの影響で単なるネックレスと認識されていた可能性が高い。
魔道具というのは少なからず魔力を帯びているため、分かる者には分かるのである。
「さて……観察はここまでにして、早速修復しましょうか」
そう言うユージンは、材料をネックレスに触れた状態にしてから全体を手で包むようにする。
剣のような大きいものであれば剣の腹に置けば良いのだが、このような小物の場合は材料を接触させて全体を覆う形で作業する。
「では――【レストア】」
通常ユージンの使う【リペア】よりも、多くの魔力が対象に流れていく。
今回ユージンが使ったのは【レストア】と呼ばれる【
これは【リペア】より多くの魔力を消費するが、意図的な改造なども含め綺麗に修復することができる。
今回はこのネックレスの重要度から、ユージンはこちらを選んだのだ。
「ふう……できました」
ユージンはそう言って一つ息を吐くと、修復されたネックレスをヘルガ嬢に手渡す。
それは先程と明らかに異なった状態となっており、新品とも言える程に美しく修復されていた。
「これが……このネックレスの正しい姿なのですね……」
ネックレスを胸元に抱きしめながらそう呟くヘルガ嬢は、どこか嬉しそうだ。
「さて……」
残った材料を片付けるユージンが、片付けを終えて口を開く。
「ヘルガ嬢。明日の式典に向けて、今日の内に出発しますか?」
「え? ……そうですわね」
話を振られた彼女は少し考える。
「できれば、午後には出発して、領都手前の街で一泊した方が良いかと思いますわ。この距離であれば、そうするのが普通でしょう」
「ふむ……」
彼女の答えを聞いて何かをユージンは考えているようだ。
だが、ふと何かに気付いた表情をすると、直ぐに表情を改めて口を開く。
「では、できるだけ予定通りに、ですが少し早めに動きましょう。男爵の手の者が、近くでは張っているかもしれませんから」
「……それは、回避した方がいいのではなくて?」
ヘルガ嬢の意見も尤もだ。
だが、ユージンはどこか悪戯を思いついたときのような笑みを浮かべる。
「折角ですから、罠にはまった上で証拠を固めてみましょう。それでですね――」
結局ユージンのこの言葉により、彼らは『頻繁』に盗賊たちと遭遇。
そしてそれを元に、あの会場での対応の違いを見せつけることとなったのである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――最初は信じられませんでしたわ。あれだけの盗賊を無力化して、息一つ上げないなんて」
「どういうわけか、慣れているのですよ」
そう言いながら、ユージンも紅茶に口を付け、その香りを楽しみながら味わっている。
「結局、アルトマン男爵は対応の拙さも重なり、あの場での暴挙となったのでしょうね」
普段であればアルトマン男爵も気付いたかもしれない。
しかし、やはり辺境伯家で幼い頃から学んできた彼女は、例え家を離れていたとしてもあの状況下でふさわしく動けるだけの力を持っていたのだろう。
「それにしても、いつからアルトマン男爵を警戒していたのですか?」
「……割と最初からですよ」
ユージンの言葉に驚く辺境伯。
つまり、依頼を受けていながらも警戒はしていたということだろう。
「……何故、とお聞きしても?」
「ええ」
辺境伯の疑問に頷くと説明を始めるユージン。
「まず、彼は最初の段階から周囲に追われているような態度でした。しかも、追われている理由を理解できている状態。まずそこから、『巻き込まれる可能性』が予想されるでしょう?」
だからこそ、ユージンは自分を『関与させないこと』を契約に含めたのだ。
本来このようなことを考える必要はないはず。だが、男爵の様子からしてまず巻き込まれる可能性が高かったのだ。
「さらには、男爵の目が明らかに『後ろめたさ』を含んでいた」
「どういうことでしょうか?」
「簡単に言うと、自分が【領主の剣】を持って修理を依頼しに来ているということに、彼自身が正当性を感じていなかった、といいうことです」
これは後に辺境伯となったヘルガ嬢から聞いたことで明らかになっている。
本来、このような家に伝わる物を修理するのであれば、持ち込むのではなく『人の目のあるところで修理させる』のだ。
恐らく男爵は、この部分において心のどこかに後ろめたさがあったに違いない。
「そして、決め手になったのは襲撃者に対する態度。あの時、辺境伯は声を上げた。対して男爵は黙ったまま……確かに自分の派閥の人物が関与したことを疑われたくなければ、声を上げるべきではありませんね」
「……ええ、そうですわ。あの時、私は確かに疑われてもおかしくなかった」
もし、自分が使った者たちが捕らえられて、『このような者が襲撃してきました』と自分の前に座らせられたならば、どうするか。
自分が関与していることを知られたくなければ、黙ることが重要だ。見捨てるとも言う。
「……ですが、ね? あの段階で、辺境伯の派閥というのは……存在していたのでしょうか?」
「!」
その言葉に、辺境伯は息を呑む。
「確かに前辺境伯への忠誠を持つ者や、貴女を後押ししようとする者はいたでしょう……しかし、あの段階においてはまだ『貴女の派閥』とはいえない。それに、貴女の反応はあくまで顔見知りがそこにいるという驚きだけ。『何故捕まっているのか』ではなかったのですから」
そうなると、逆に『黙っていること』こそが大元の証拠であり、まさに男爵こそがその襲撃を画策した、ということになる。
「それに、男爵は俺の言葉に対して正確には返しませんでした……俺は『襲撃者たち』とは言っていないにも関わらず、です」
「そういえば……」
ユージンはわざと襲撃者の人数を暈かしていた。
それに対し、明らかに男爵はその存在を複数であると認識してユージンと話している。
こうなれば、間違いなく男爵がクロであり、同時にユージンを利用しようとしていたことが分かってしまう。
「――ですから、契約違反をしているのは、まず男爵の方なのですよ。その報いは……受けなければならない」
そう言って紅茶を口にするユージン。
「ところで――アルトマン男爵はどうなったのでしょうね?」
先程のユージンの言葉を聞きながらもそう切り出してくる辺境伯に対し、ユージンは軽く肩を竦める。
「行方不明、とのことです――まあ、いつか見つかるかもしれませんし、もしかしたら自ら表舞台を去ったかもしれない。いずれにせよ――」
そう言いながらソファーから身体を起こし、顔の前で手を合わせてニヤリと笑う。
「――下手に辺境伯家が動けば、アルトマン男爵への処罰に対して何か口を挟む輩がいるかもしれない。逆に、何もしなければ辺境伯家は周囲に舐められるでしょう。ですから――行方不明でいいのですよ」
そう言い切ったユージンに対し、辺境伯も頷く。
「ええ、それが……いえ、その結果でいいのです」
それからしばらく会話をしていたが、そろそろ辺境伯も仕事をする時間が迫っている。
ユージンも、今日は色々と都市を散策してから帰るようだ。
「最後に……本当に今回は助かりました。魔道具のみならず、辺境伯家の問題も『修理』していただいたのですから」
「……こちらも、然るべき対応をするついでだったのです。ですから、この『修理』については無料にて対応とさせていただきましたので」
そう言って笑い合う二人。
ユージンは軽く会釈し、それに対して辺境伯も軽く頷いた。
「では、また何かあればお気軽にご連絡ください……ヘルガ辺境伯閣下」
「ええ……その際にはお願いしますね、ユージン殿」
そう別れの挨拶をしてから、ユージンは領主館を出て行くのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――数年後。
都市の拡張と共にスラムが解体されるという決断が辺境伯より下され、工事に際して現場を確認した騎士が辺境伯の執務室に飛び込んでくる。
「へ、辺境伯!」
「どうかしましたか?」
飛び込んで来た騎士は、息を弾ませながら報告する。
「旧外壁の一部に、ちょうど人一人が通れる位の穴を発見しました! それと……」
「……どうしましたか?」
言いよどむ騎士に、辺境伯の視線が向けられる。
少し考え、騎士は「お耳を」と告げて辺境伯に耳打ちした。
「……白骨化した死体がその側にあったようです。残っていた服装からすると――例のアルトマン男爵かと」
「――そう」
どこか興味なさげに、それだけ言う辺境伯。
だが直ぐに、辺境伯は便箋を取り出すと何か手紙を書き、蝋で封をする。
「これを、貴族紋章院のマルケス子爵に渡しなさい」
「……分かりました」
少し辺境伯の反応を不思議に思いつつも、頷いた騎士は即座に部屋を退出する。
それを見送った辺境伯は、椅子に深く身体を預けた。
「――どれだけ策を弄しても、結局裏切りへの代償は払わなければいけないのです。貴方はそこを見誤ったのですよ、エイレン」
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