合作への参加2021/10/03『呪われた狼に弾丸を』
エコエコ河江(かわえ)
『呪われた狼に弾丸を』2021/10/03
逃げる市民たちの流れに逆らい、特攻課から二名が走る。情報によれば危険度は低いが、それでも生身の人間との差は歴然で、すでに被害者も出始めている。少なくとも目の前でひとり。少しでも早く、生存可能性が残るうちに大声で注意を惹く。
「見つけたわよ、ルーガルー!」
「おいおい先走るなベルナデット!」
「アンタが遅いのが悪いのよアベル」
アベルは正面向きで、自らを目立たせて構えた。人狼の一種ルーガルーに通用する特攻弾は量産体制がまだまだ整わない故、引きつけ役を兼ねた射撃役を中心に、その補助を担うメンバーでチームを組む。ベルナデットが訳ありゆえの二人チームながら、規模に反して戦果は上々で、大規模な動きができない市街地を中心に受け持っている。
「チッ、その匂い、特攻課か……もう一人はおいおい、お仲間じゃねーか」
「誰が仲間だッ!!」
半人狼の身体能力を活かし、まずは屋根の上まで跳ぶ。アベルを意識せざるを得ない今、遮蔽物がない市街地でも死角を取り放題になる。ルーガルーはアベルの射線に対し鋭角に距離を詰めた。
弱そうだったが、今までの奴より賢い。このままではアベルにより遮られる。その前にベルナデットは屋根を下向きに蹴り、アベルの左肩を掠めて、誤射のリスクによる射撃の遅れを飲んででも、爪での攻防を仕掛ける。受け流しては受け流され、音は鈍くともチャンバラの様相になる。
「いきなり襲いかかってくるとはマナーがなってないなお嬢ちゃん」
「黙れ! ルーガルーは全部殺す!」
「そうか、お前、なりそこないかぁ……通りで弱っちい」
アベルはただ歩いた。移動しつつもすぐ対応に移れる、左腕と左脚を揃えたの歩法で。地味だが、戦場では移動だけで脳の情報処理へ負担をかける。ルーガルーの視界から出ればベルナデットの動きに合わせて射撃を受け、視界でアベルを追えばベルナデットの爪が直撃する。
状況は有利でも、押されているのはベルナデットだ。半分が人間のままゆえ身体性能で劣り、劣る分だけ戦術の精度が下がる。爪での応酬に偏るあまり、ルーガルーの脚から放たれた一撃が腹部にめり込んだ。吹き飛ばされ、パン屋のショーウインドウを後頭部で割る。
「ベルナデット!?」
誤射がなくなってすぐに特攻弾を放つが、それはルーガルーも承知の上だ。判断が指に届く前に体を浮かせて、そのままアベルの肩へ掴みかかる。弾丸はどこかの壁を抉った。次を狙う余裕がない今、後退で直撃だけでも避ける。
「おいおい特攻課がなりそこないの心配してる場合か?」
「チッ、タイマンは得意じゃないってのに……」
「グルウァ!」
押せば通ると踏んだか、これまで以上の凄みを出す。実際、覚悟はベルナデットに劣るかもしれない。他の道を選べば楽になると思った日もある。しかし今は。アベルにも引けない約束ができた。威圧ごときで引きはしない。押し込まれた姿勢から後退に転じて受け流す。直前までアベル自身の頭があった場所に向けて引き金を引いた。
「当たれ!」
「おっと危ねえ」
「銃撃を簡単に躱すなよ化け物」
「食い殺す」
次を撃つには目を塞がれた。ルーガルーの脚が軌道を変えると同時に、土埃を巻き上げた。涙で洗い流すには、この量なら二十秒ほど。その間は滲む視界で後退していく。屋外では限界が近い。
屋内へ。すでに避難が済んだ厨房へ転がり込んだ。調理しかけの小麦粉が舞い上がる。土埃よりは強引に目を開きやすいが、お世辞にも好都合ではない。結局、視界は狭まったままだ。
お互いに。
「そろそろ起きろベルナデット!」
「何?」
厨房と売り場を繋ぐ半開きの扉を蹴り開けた。風が吹き込み、漂う小麦粉が指向性を持つ。風上にいれば、一方的に目を開けていられる。
「言われなくても」
「しまったこいつ、まだ死んで――」
不可視の一撃には備えられない。衝撃がそのまま体に通り、重心を崩してはいかにルーガルーでも倒れ伏す。ベルナデットの体重だけなら腕一本で十分でも、関節の可動域を床で制限した今なら。
「よし、そのまま抑え込め!」
「わかっ……てる!」
「こいつ、半人の癖に爪が……」
「これが私の爪撃!」
左腕に乗って、右肩への攻撃。鎧も服も髪もない一点を狙い、外見以上に硬い爪が深々と突き刺さった。体重をかけて肉まで切り裂く。傷口が拡がるほど血が噴き出す。
「ガッ、ハッ……」
このままなら死は時間の問題だ。厨房の配置で直進ができないが、アベルがつくまで数秒しかない。それでもルーガルーには奥の手がある。今後の損失がどれだけ大きくとも、今後そのものよりは軽い。
「がら空きだぞルーガルー」
「まだ死ねるか!」
ベルナデットの爪に、自らの体を押し付けた。傷口を自ら拡げ、やがて腕を繋ぐ皮まで千切れた。同時に、ベルナデットの重心を崩されては左腕も押さえきれなくなる。
「……! こいつ腕を犠牲に!?」
重心の偏りを防ぐため残る左腕を体の前に巻きつける。これまでと勝手が変わるものの、影響を最小限にして、軽量化の恩恵を上回らせる。腕一本は人間で五キロほど、ルーガルーならもっとだ。
「俺の自慢は脚力でね……」
まずは調理台へ飛び乗り、勢いでアベルに向けて銀色の道具を飛ばす。迫り来る敵影が狙いを鈍らせる。放たれた特攻弾は奥の釜を砕いた。
「速い!? どうするのアベル!」
「待ってろ、脚を撃つ……構えとけベルナデット」
残りは六発。
腕による攻撃がなくなった分、ルーガルーの主戦術は一撃離脱戦法になった。タックルを受け止められたら物陰へ。低い姿勢と滑るような動きで場所をずらして再び跳び、防がれたらまた物陰へ。アベルは姿勢を崩すだけでも隙になる。ルーガルーだけの勝利条件となる逃げ道を塞ぎ続ける。
迫る体躯に特攻弾を放つが、構えを見たら足先を棚に引っ掛けて急降下する。特攻弾が蛇口を破壊し、音とともに水柱が立つ。
「ハハッ、当たらねぇなぁ」
「――見えた。ベルナデット!」
「了解!」
小麦粉が散らばった床に残る足跡の間隔、使いやすい物陰、使いにくくなった物陰。集まった情報から次に足を着ける場所にあたりをつけて、その一点の摩擦を弱める。釜から溢れた煮込みジャガイモが。半端に水を吸ってダマになった小麦粉が。ちょうどの位置に投げ込まれる。
羽も仕掛けもない。空中での方向転換はできない。足場にならない場所を踏み、ルーガルーは再び床に転がった。
「今までの銃撃はブラフ!?」
「お前は追い詰めてるつもりだったんだろうが、追い詰められてたんだよ」
「捕まえた……もう動けないよルーガルー」
鍋の重さを足してのしかかる。今度は背中に。腕を自らの体で押さえた今、もう抵抗はできない。
「離せ! 離せ! 死にたくない!」
「お前に喰われた人達も同じ気持ちだっただろうさ」
言い残す時間は逃げる隙になる。ベルナデットの脚の間から手を入れ、最期の音を聴かせた。
「終わった? アベル」
「ああ、心臓に特攻弾を撃ち込んだ」
立ち上がったベルナデットは、大量の返り血を見た。こうまで多いのは初めてだ。自分が浴びるのはもちろん、接射創をみる機会だって通常はない。
「あと、何匹狩れば終わるのかな」
「お前の呪いが解けるよう、ちゃんと生きてる内に終わらせてやるよ」
「……ありがと」
人的被害は最小でも、物的被害は最悪から数えるほうが近い。始末書やお説教が待っているとはいえ、今しばらくはこの戦いを生き抜いた安堵を味わっておく。全てを終わらせる日のために。
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