何のために学ぶ?
人それぞれ価値観は多くあるのだと思います。
ですが人は集団を形成するにあたり、ある「病」を発症する人が多いように思います。
そしてその「病」は国を問わずに、しまいにはその病を基準とした社会を形成するに至っているのでは…と思います。
その病は口伝の時代、神話や伝説、歴史にも記されています。
それは「欲」だと私は簡潔に記します。
欲にも種類は沢山ありますが、メディアを覗くと、収入○○万円。立場は重役。
犯罪も怨みつらみもありますが、自分より弱い物から「お金」を奪い、それがまるでステータスかの様にお金の多寡を競っている。
今の世界はいつからそうなったのか「お金」があれば大抵の事が出来たり、「立場」が「権力」を生んだりもします。
私は以前ラインの黄金を取り上げたエッセイを書きましたが、それも財産や名誉によって最後は破滅を迎えると言うものです。
子供の将来望む職業のランキングにも露骨に高収入を狙える物が近年ランクインしており、子供の憧れにまで「欲」が何かしら影響を与えているのかと悲しくなりました。
江戸時代にも。
うだつが上がらない
と言う言葉があります。
世間では稼ぎがない人間やぱっとしない人間に使われるネガティブな諺です。
うだつとは財産である家屋を隣家の家事から守るための壁の事です。財産家はうだつを高く厚く作りますから、通りすがりの旅人が見ただけでも、「あーお金持ちなのか」と分かるので、承認欲求も満たされたでしょう。
皆様は私が提起した「病」にかかっていませんか?
今ではその病が重篤であり、肥大化するほど褒められます。
上級国民なんて言葉も横行していますね。
私はそんな世の中に過去の聖賢の士の言葉を最後に記したいと思います。現代語なので原文を知る方はご容赦を。
あるところに子供の頃から賢いと評判の男の子が居ました。
男の子は物心ついたら国の役人になって出世したいと考えて、必死に勉強をしました。
ですが試験に受かりません。
彼はまた勉強に明け暮れて試験の年に毎年挑むのですがただの一度も合格出来ませんでした。
彼の後年は隙間風吹き込むあばら家で布団もなく、衣服もボロボロで体はやせ細っていました。
そしてあくる冬の日。凍えて死んでしまいました。
何故彼はそんな最後を迎えたのでしょう。
それは彼は土を扱い種をまき、食べ物を作る方法を学ばなかったから。そして生活に必要な事も知らなかったからである。と。
私は皆様に生き方を考える一助となればとこの諺を記させて頂く次第です。
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