第78話 二鬼、襲来!


「来た!」


 恵美の声に、皆、緊張を新たにした。

 既に武装完了して、準備万端となっている。これから始まるのは、前回杏奈が攫われた時とは異なる事になる予感。…恐らく、戦闘となるだろう。


 言葉を発した恵美の視線の先は、窓の外、庭…。

 前に襲来した鬼の男女が、月に照らされた庭にいる。そして、刀を抜いている。やはり、明らかにやり合う気だ。


 慎也たちは、すぐに外へ出る。


 出て早々、祥子が弓に矢をつがえた。十分距離はある。この距離なら金縛りになることも無いはずだと、アマをしっかり見据えて…。

 しかし、アマの目が赤く光ると同時に、それを見ていた祥子の動きが止まった。


 …祥子の目算は甘かった。


 アマの金縛りは、鬼たちの中でも特に強力だ。かなり離れたところからでも掛けることが出来る。その上、アマのみの力として、相手の異能の力までも封じることが出来た。

 前回の時にアマが恵美に取った距離は、金縛りが届かなくなる距離の半分でしかない。そうそう簡単に、能力の限界をさらけ出してしまうようなおろかなマネはしていなかった。


 …祥子は手足が動かなくなり、念力を行使しようにも、それも使えなくなった…


 テルは、まず祥子を血祭りに上げるべく、迫った。

 が、その祥子の前に、三人の美少女が飛び出した。手にはそれぞれ、短めの刀を持っている。

 神子かんこである、娘たちだ。


 娘たちは恵美から剣術も習っている。すでに、かなりの腕前となっていた。

 祥子の子の「さと」が中央。

 舞衣の子「あい」が向かって右。

 沙織の子「さち」が左。

 それぞれ抜刀し、刀身に月光を反射させて構えている。


 鬼にとって神子かんこは神聖な存在。神子かんこを傷つけることは、断じて許されない、絶対のタブーなのだ。

 テルは一旦止まり、目を赤く光らせた。邪魔をしようとする神子かんこを金縛りにするため…。

 娘たちは、テルの赤く光る目を、じっと見据えていた。


(これで、神子かんこ様の動きは封じた)


 テルは刀を構え直し、祥子を斬るべく、進もうとして愕然がくぜんとした。


「な、なぜ動ける!」


 娘たちは金縛りに掛かっていなかった。





 アマは、祥子を金縛りにしてすぐ、恵美に対峙した。相手の恵美も抜刀している。


「なぜ? 鏡は返すつもりだったのに!」


 アマは恵美の問いかけに答えず、冷たい表情で恵美を見て、赤く目を光らせた。

 が…。

 刀を構えた恵美の動きが止まらない。


 恵美は目を閉じていた。目を合わせなければ、金縛りには掛からないのだ。


(そのままでは、戦えまい)


 アマは、即座に走り寄り、上段から鋭く斬り込む。

 その刀を、恵美は目を閉じたままで受け止めた。

 キン!という鋭い金属音の刹那せつな、素早く返した恵美の刀がアマをかすめ、切れた髪の毛が舞う。


 まさかの受けと反撃に驚愕きょうがくしながらも、すんでのところでかわし、アマは後ろへ飛び下がった。


 恵美は千里眼を使っていた。よって目を閉じたままでも戦うことが出来る。

 おまけに、恵美には二人の少女が加勢してきた。杏奈の子「うた」と、環奈の子「えみ」である。

 恵美の子「つき」は、戦闘力の無い慎也・舞衣・沙織の前に立って、三人を守っていた。少女たちは皆、刀を構えている…。


 アマは異能の能力は高いが、剣術は得意な方ではない。

 とは言っても、それは、鬼の中では、の話。ヒトが相手であれば、別である。

 恵美より上、悪くて同程度くらいの技量であるつもりでいた。


 だが、先ほどの恵美の刀さばき…。どうも、それは甘かったようだ。

 その上さらに加勢が入っては、あきらかに不利。おまけに、その加勢は、傷つけることを許されない神子かんこたちなのだ。


 恵美は目を閉じたままだが、神子かんこたちはしっかりと目を開き、アマをキッと睨みつけている。

 当然の如く、加勢に入った神子かんこの自由を奪おうと、アマは目を赤く光らせた。


 しかし…。

 やはり、こちらも金縛りに掛からない…。


 鬼たちは知らなかったのだ。神子かんこには鬼の金縛りが利かないことを。


 もともと神子かんこは、鬼にとっては敬うべき存在だ。その神子かんこに金縛りを掛けようなどという不届き者は、過去いなかった。

 試す機会も無いことであったから、鬼たちは、神子かんこには金縛りが通用しない事実を知らなかったのだ。


 自分の金縛りの能力に絶対的な自信を持っていたアマにとって、この衝撃は大きかった。

 目をつむったまま斬り込んでくる凄腕の女剣士。

 術をかけても掛からない、傷付けてはいけない神子かんこたち。

 それらが自分相手に向かってくるのだ…。


 このままでは、確実に負ける…。


 恐怖に足がすくんだ。


 それを見透かしたかのように、恵美は懐中かいちゅうしていた短刀を抜き、アマにビュッと投げつけた。…投剣術!

 短刀は切っ先を真っ直ぐアマに向け、鋭く飛ぶ。

 ねらいは正確。アマは咄嗟とっさのことに防御の体制に入れない。


 が…。


 短刀は、アマに刺さらなかった。

 テルが、物凄いスピードで割って入ったのだ。

 アマに刺さるはずだった短刀は、テルの右肩に突き刺さった。


 恵美は、短刀を投げると同時に、前へ突進していた。

 投剣だけでは相手の動きを止められない。避けられることもある。あくまで威嚇いかくと体勢を崩すのが目的。次の一手で確実に仕留めるのだ。


 いきなり割り込んできたテルには驚いたが、目標をアマからテルに替え、力を込めて刀を振るった。


「グア~!!」


 血しぶきが立った。

 テルの両手首が、刀を持ったまま、地面に落ちた。


「テル!」


 アマはテルの背後からさけんだ。

 手首から先を無くし、血をダラダラと流している弟鬼をかかえて浮遊。そのまま、月を背にして、あっと言う間に塀を越える。

 恵美は向きを変え、屋敷の門へ向かって走った。門から出て石段を下り、鬼たちが着地したと思われる塀の外、屋敷東側へ回り込んだ。


 恵美は見た。

 アマが鏡に、煌々こうこうと輝く月の光を写して、それで暗闇に五芒星ごぼうせいを描くのを…。


 白い、光の壁のようなモノが現れた。


 アマは、テルを抱えて光に飛び込んだ。

 光はすぐに消えて、暗闇に戻ってしまった…。





「鬼の世界への行き方が分かったわ。すぐに…」


 急いで皆のところへ戻った恵美が発した言葉は、途中で止まることになった。

 その、恵美の視線の先は…。


「祥子さん、どうしよう…」


 祥子は金縛りで、動けないでいた。

 弓に矢をつがえ、これから引きしぼろうとする姿のまま、月に照らされて置物のようになっている。


「な、何とかしてたもれ~」


 口だけは動く…。情けない声を出すが、どうしようもない。金縛りの解き方なんて、誰も知らない。


「母様!」


 さとが、踏み台を持ってきて祥子の前に置き、それに乗った。これで、身長の高い祥子と顔の位置が並ぶ。


 いきなり…。


 祥子の頭へ両手を回して抱え込み、ブチュッと唇を合わせた!


 顔を少し斜めにしてしっかり密着させ、祥子の口の中へ、自分の舌をねじ込む。


 実の娘からの、突然のディープキス。それも、かなり激しい…。

 祥子は硬直した体のまま、大いに狼狽うろたえた。

 …が、さとの口から、気が吹き込まれてくるのを感じた。


(お、おお。何じゃこれは! う、動く。体が動く!)


 金縛りは、あっさりと解けた。


さとよ~! 我が子ながら、あっぱれじゃ」


 動けるようになった祥子に抱き締められて頭をでられ、さとは嬉しそうにブイサインだ。


 皆、呆気あっけに取られる中…。最初に再起動を果たしたのは、やはり恵美。一つうなずいて、気を引き締めた。


「よし、じゃあ、改めて。鬼狩りよ!」


 恵美は懐に入れていた神鏡を取り出し、月光を反射させて五芒星を描いた。

 白い光の壁が現れる…。


 躊躇ちゅうちょせず飛び込む恵美に、娘たちが続いて行く。祥子、慎也、舞衣、杏奈、沙織も飛び込んだ。

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