第57話 恵美の策謀2

 翌日の診察。

 この日も順番は同じ。祥子が亜希子の部屋を出て、次の恵美にささやいた。


「掛かったかもしれぬぞ」


「そう?」



 亜希子は診察前に、慎也にも声をかけていた。彼が一人になったのを見計らって…。

慎也も診察するから、女性陣が終わった後に来てほしいと…。


 舞衣、祥子、恵美は先に診察を終え、神社へ行った。沙織も終わり、洗濯を開始。杏奈と環奈も勉強を始めた。(彼女たちは、今年高校受験だ)


 慎也は、一人、亜希子の部屋に行く。

 一番奥の、水屋。よく考えてみると、ここで夜のあえぎ声が聞こえるはずがない。おかしいなと思いながら、ノックして部屋に入った。


 白衣姿の亜希子が待っていた。が、少し違和感がある。

 何が違うのか……。

 考えながら、慎也は指示された診察椅子に坐った。この椅子は、亜希子が持ち込んだものだ。

 聴診器での診察を受ける。

 腹部。そして背中側。

 椅子を回して元に戻ると、亜希子の白衣の前が開いていた。

 下着をつけていない。

 豊満な乳房がのぞいている。


「あ、亜希子さん?!」


「お願い。毎夜のあの子たちのあえぎ声を聞かされていたら、我慢できなくなっちゃったの。

姪っ子の彼氏にセックスしてとは言わないわ。だから、フィンガーアタックだけでも……」


 「彼氏」という言葉に違和感を覚え、彼氏なんだろうか、夫になるのだろうかと、比較的どうでもよいことを考えこんでしまう慎也を他所よそに、亜希子は白衣を脱いで、上半身裸になった。

 それを見て、頭の回線が回復。やっと事の重大性を認識した慎也……。


「ま、まずいですよ。こんなのは!」


「大丈夫よ。内緒にするから! それに、これは研究の一環でもあるの。

お願い!フィンガーアタックだけでも良いから!」


 スカートも脱ぐ。

 下には何も着けていない。

 完全な全裸だ。


 亜希子は慎也に抱き着き、唇を合わせた。舌を入れてくる。

あまりの展開に、慎也は、なすすべ無しの状態。

 しかし、ここで、ガラッと戸が開いた。


「は~い、ここまでで~す。不倫現場、はっけ~ん」


 恵美が先頭。後ろに舞衣、沙織、杏奈、環奈、が並び、その後ろに祥子。

 亜希子はあわてて唇を離し、服をつかんで胸と股間を隠した。


「慎也さん。今、何してました!?」


 舞衣の怒り顔……。 

 毎度のことながら、究極美人の怒り顔は、激烈に怖い。形容すれば、まさに、鬼女のようなということになろうか。


「い、いや、何って、こっちも、いきなりされたわけで、不可抗力です!」


「は~い。二人とも、そのまま、ここに正座です~」


 亜希子は服を着ることも許されない。(胸と股間は、服で隠しているが…)慎也と並んで正座させられた。

 慎也は、怒り顔の舞衣に向かって、恐る恐る抗議を試みる。


「あ、あのですね。何で、俺までなのかな? こっちは被害者かと思いますが……」


「ウルサイ! 今、キスしてた!」


「そんなこと言ったって、いきなり一方的にされただけですし!」


 とんだトバッチリで有るが、許してくれないようだ。

 沙織の形相も怖いが、彼女の怒りは、自身の叔母に向かっている。


「亜希子 お・ば・さ・ま!」


 叔母様と呼ばないようにと言っていた沙織が、叔母様と呼んだ。それも、ことさら強調して。


「あなたは、自分が何したのか分かってますか!

 めいの主人に手を出すなんて、何て破廉恥はれんちな!」


「い、いや、落ち着いてね。沙織。これはね。そう、研究の為のモノよ。

フィンガーアタック!そう、フィンガーアタックについて、知りたくてね。

だからね、不倫じゃないのよ!研究の為!」


「研究の為って言えば、何でも許されると思ってるんですか!

それに、キスしてたでしょ! その裸はなに?」


「叔母様、不潔です!」

「叔母様、これは不貞行為です!」


 杏奈と環奈も相当怒っているようで、「叔母様」と亜希子を呼んだ。

 祥子は、あきらかに巻き込まれただけの慎也を、あわれみの目で見ている。


「は~い。とにかく、現場を押さえてますので、有罪確定で~す」


「ちょい待ち! 俺も有罪なの?」


「もちろんで~す」


 慎也は項垂うなだれた。あまりにむごい展開である。

 祥子も、(それはあんまりだ)と思った。自分も関係していることでもあり…。

 が、ここで余計な口を挿むと、恵美の計画の腰を折ることになるかもしれない。まさか、慎也にまでひどいことはしないだろうと、黙っていることにした。


「有罪ですので、処罰しなければなりませ~ん。

その方法ですが~。亜希子オバサマには、慎也さんのフィンガーアタックを、公開で受けてもらうということで如何でしょう?

これが、二人への処罰ということで~」


「はあ? 処罰になってない!」


 舞衣と沙織から、同時に同じ言葉が投げつけられた。

亜希子はフィンガーアタックされることを望んでいるのである。これでは処罰じゃなくて御褒美だ。

 杏奈と環奈も、恵美をにらんでいる。

 反対意見は、この四人。(慎也は当然、除外。)この場合、舞衣を説得すれば、双子は舞衣に逆らわない。後は最悪多数決だ。恵美はそう計算し、舞衣の耳元にささやいた。


「あの人、フィンガーアタックを誤解してますよ。あれを食らった後どうなるか、存分に味わわせてやりましょうよ~。

もちろん、私たちの監視の下で、ですよ~。

セックスする訳でないですし~。他人にあられもない姿をさらすのって、女にとって十分過ぎるほどの制裁だと思いますけどね~。

それから~、絶対失神しますから~、その悲惨な姿の写真撮っておけば、こちらの思い通りにあやつれる奴隷の、一丁上がり~ですよ~」


「 ………。 あ、あなた、極悪ね……」


 舞衣は大いにあきれながら、少し考えた。

 冷静になってみれば、確かに処罰かもしれない。自分の旦那が、他人のアソコをまさぐる姿を見るということに目をつむれば……。

 妻たちの監視のもとに、旦那に他人のアソコを弄らせる…。旦那にとっても、制裁になるのか?

 慎也の性格なら、まあ、制裁になるかも……。

 何だか上手く丸め込まれている感が無くもないが……。


「分かりました。では、恵美さんの言う通りで」


「待って、待って、待って! オカシイでしょ。そんなの!」


 沙織が、今度は舞衣に食って掛かった。

 その隙に恵美は、杏奈と環奈を隅の方へ連れて行き、小声でささやく。


「あなたたちの大事な舞衣様はOKだよ~。文句ないよね~」


「「う~っ!」」


 二人は、下唇を噛んでうなっている。


「仕方ありません」

「舞衣様には逆らえません」


「よし。じゃあ、姉さんを説得して頂戴。叔母さんの失神状態の写真撮って~、こっちに絶対逆らえない奴隷にするから~って!」


 二人は、やっと納得したという顔になり、ウンウンとうなずいた。

 そして、沙織に近づき、両方から沙織の手を握って、部屋の隅に誘導した。


「な、何よ!あんたたち、裏切るの?」


「お姉様、冷静に! 女が人に見られながら恥ずかしいことされるんですよ。普通に考えてみてください。十分過ぎる制裁ですよね。それに……」


 杏奈に続き、環奈が沙織の耳元でささやく。


「…………」


「うわ、エゲツナイ……」


 沙織は、恵美を白い目で見た。恵美は、すっとぼけている。


「分かりました。私だけ反対しても多数決で負けですし、もういいです」


 毎度のことながら、沙織は消極的賛成ということで、全員一致の意見となった。当然、被告となっている慎也は除外だが…。

 そして、とりあえず反対はせずに賛成とみなされた祥子。終始、苦い顔で眺めていた。




 処刑は夜に行うことになった。神社の方を放っておけないからだ。それまで亜希子は部屋に軟禁状態である。

 一方的に巻き込まれ、自分も処罰対象の処刑人にされて、慎也は面白くない。ブツブツ言いながら腐っていた。

 舞衣と恵美が居ないのを見計らい、祥子が話しかけてきた。


「主殿。災難じゃったなあ。其方そなたは何も悪くないぞ。今回のことは、恵美が仕組んだのじゃ」


「あいつめ~! また、やりやがったな!」


「まあ、まあ、そう力むな。 恵美も、亜希子の傍若無人さに腹を立てておってな、懲らしめるためのことじゃ」


「それは良いけど。とんだ、とばっちり食っている、こっちの身にもなってよ」


「だからじゃな。こうしてはどうじゃ……」


 祥子は慎也の耳元で、ゴニョゴニョ…とささやいた。

 慎也はニヤッと笑って、うなずいた。



 これで慎也の方はOK。

しかし、もう一人機嫌が悪い者がいる。舞衣だ。

 処罰の方は納得して、一応は収まったが、旦那が他人とキスをしているのを間近で見せられ、舞衣はすこぶる機嫌が悪い。

 もちろん、祥子始め、他の妻たちとのキスシーンは毎日見ている。それどころか、性交シーンも、である。

 …であるが、彼女らは他人ではない。舞衣と同じ慎也の「妻」なのだ。隠れて何かされると腹が立つかもしれないが、自分の監視下で行われる慎也と彼女らとの行為は何の問題も無い。

 はたから見れば、この感覚も異常というか、異様というか、全く普通では無いのだが、彼女がそれで納得しているのだから、それで良いのだ。


 だが、亜希子は他人だ。他人と旦那のキスは、思い出すだけで気分が悪い。

 慎也が悪くないのも分かっている。

分かっているが、亜希子の処刑だけではどうしても気が収まらないのである。


 祥子は、舞衣が一人になるのを見計らって話し掛けた。


「そうカリカリするな。亜希子は今晩処刑するのだから、それで良いではないか。主殿は巻き込まれただけじゃぞ。許してやれよ」


「分かってますよ。そんなことは!

分かってますけど、何か、ムシャクシャするの!」


「ではな、主殿を巻き込んだ張本人にも責任取ってもらうということでどうじゃ?」


「え? 何それ?」


「今回の件、仕組んだのは恵美じゃ。もちろん、悪意でしたわけではないぞ。勝手に乗り込んできて大きな態度をとる亜希子を懲らしめるためじゃ。

しかし、毎度ながら、やり過ぎじゃな。主殿は可哀想に、良いように利用されただけじゃ。

だからの……」


 祥子は慎也の時と同じように、舞衣の耳元でささやいた。


「…………」


 舞衣も、ニヤッと笑ってうなずいた。


(やれやれ、これで収まるかの。全くもって世話の焼ける奴らじゃ……)


 祥子は溜息ためいきをついた。

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