第55話 帰宅と、新同居人

 翌朝。慎也が一番に目を覚ました。

 すぐに、祥子も目を開ける。


「おはよう。祥子さん」


「おはよう、主殿」


 当初の予定では鳥羽水族館に寄ってゆくつもりであったのだが、そんなところに行こうものなら、人に囲まれて大変なことになるのが目に見えている。

 残念ながら、今回は見送って、このまま帰ることが昨日決定していた。


「今日は、もう帰りになっちゃって、申し訳ないね」


「何を言うか。ワラワは大神宮様にお参りできただけで十分じゃ。

大神様からも、あんな凄い歓迎を受けて、感激至極じゃぞ」


 じきに杏奈、環奈と、舞衣も目を覚ました。


「「おはようございます」」

「おはよう」


「お姉様、まだ寝てる~」「あ、恵美姉様も」


「ちょっと、昨日激しかったからね…。もう少し寝かせておいてあげ…。あ、起きた!」


 舞衣の言葉の途中で、最後の二人が目を覚ました。


「おはよ。チャレンジャー一号さん。気分は如何?」


 舞衣の問いかけに、恵美は目をキョロキョロ左右に動かし、小さい声でささやいた。


「お蔭様で、グッスリ眠れました~」


 照れ気味に答え、両手で顔を隠す。


「チャレンジャー二号さんは?」


「うう、私は……。まだジンジンしています~! ひどいです!」


 沙織の場合、自分から経験してみたいと言い出したのだから、ある意味、自業自得だ。

だが、慎也も少しやり過ぎだったかもしれない。

 皆に笑われて、沙織は布団をかぶってしまった。




 朝食部屋へ行くと、すでに真奈美が来ていた。…が、眠そうである。


「な~に、母様。寝不足~?」


「あ、おはよう皆さん。

寝不足?って、当り前でしょう。

隣で、あんな激しい声聞かされて、寝られなくなっちゃったじゃない……」


 恵美以外のメンバーは、気まずそうに下を向いた。


「ところでさ」


 真奈美が声を抑え、姿勢を低くして…、皆の方に問いかけた。


「フィンガーアタックって、いったい何!」


 皆そろって目をらす中、恵美一人がニヤニヤしている。

 昨日は、いきなりかれ、自分が初めてやられた時のことを思い出して、気恥ずかしかった。

 が、今日は、悪戯いたずらっ子の琴線きんせんに触れてしまったようだ。再度のフィンガーアタックを経験して吹っ切れたというのもあるかもしれない…。


「知りたい?  ………。 え~とね……。あのね……。教えな~い!」


「なんでよ~! 昨日から気になって仕方ないのよ~!」


 揶揄からかう様にじらして、結局教えてくれない。こんなことされると、かえって気になってしまう…。




 朝食を済ませて、少しゆっくりし、宿を発った。

 帰路、しつこくフィンガーアタックについて質問する真奈美に、恵美は楽しそうに笑うだけで全く教えようとしない。あまりにしつこいので、舞衣が止む無く、小声で「指を入れて、刺激するだけですよ」と教えた。


「それだけ?」


「それだけよ~」


 助手席の恵美も楽しそうに認めるが、真奈美は納得できない。


「それだけで、なんで、沙織ちゃんが、あんなになっちゃうのよ!」


 名前を出された沙織は、赤面してうつむいた。


「することはそれだけでも、物凄ものすごいんだから! 経験してみないと分からないのよ~」


「そうですか、そうですか。まあ、非常識が服着て歩いているような、あんたたちを理解しようとするのが無理な話でした……」


 納得したような、納得できないような、そんな気分だが、隣に坐っている自分の娘は、ニヤニヤ怪しい顔をしている。

これ以上追及すると、こいつは絶対に「試してみれば?」と言ってくる。

 娘の旦那に、そんなことしてもらうなど出来ようはずがない。

真由美は無念ながら、娘からの爆弾を回避するため、矛を収めたのだった。


 自宅へは、昼過ぎくらいに到着した。

 やはり、神社の方には、たくさんの参拝客が来ている。


「おう宮司さん。早かったなあ」


 神社にいた田中が車に気付いて、自宅の方へ来てくれた。手には、例の雑誌がある。


「見たかえ?」


「もちろん!」


「三号さん。あんたじゃろう。これ仕向けたのは」


「へへへ~」


「全くもって、あんたらは…。

伊勢のこと、ニュースでもやっとったぞ。これで、あんたらを悪く言う者は居らんくなるわ。

そんなことしたら、神罰が下るでな」


 田中は、愉快そうに笑った。


 今日はもう、中途半端な時間であるため、社務所は明日から開けることにした。


「さあ、明日から、また大変だぞ!」


 慎也は伸びをした。




 翌日、六月十七日。


 やはり、朝から大変だった。


「正月か!?」というような参拝者。

 受付は舞衣・祥子・恵美が二人坐って一人休憩という具合で回した。

 祈祷も入るので、慎也は休めない。


 午後に、昨日の週刊誌の記者が来て、取材があった。

 慎也は対応できなく、恵美が主に対応した。祥子と舞衣も、交代しながら取材を受けたようである。

 この記者は、やはり舞衣のファンで、舞衣の笑顔と握手でメロメロに……。

 また、記者からの話では、伊勢の昼食をとった食堂と、泊った鳥羽の民宿に人が押し寄せて大変なことになっているようである。あの色紙の御蔭ということだ。

 それが原因で、今日は商売繁盛の祈祷が多いのかも……。




 社務所を閉めて、ヘロヘロになったところへ、追い打ちの来客があった。

しかも、追い返すわけにゆかない客……。

 それは、沙織たちの叔母だった。


 彼女は遊びに来たわけではない。

沙織たちの父親から依頼を受け、主治医としてきたのだ。

 そう、彼女は医者であった。


 ただ、医者といっても開業医でも勤務医でもなく、どちらかと言えば、研究者といった方が良いかもしれない。

産科も専門外。

 本人曰く、医者としてというよりは、五カ月で産まれる神子を研究しに来たとのこと。


 沙織たちは初産となるが、身籠っている子が普通でない為、あまり部外者を近づけるわけに行かない。

身内に医者がいるなら、好都合だということだったらしい。

 それにしても、産科が専門外、更には「研究者」を送り付けて来るとは…。

これでは、研究の為のモルモット扱いだ。

 明らかに間に合わせの、いい加減な人選としか言えない。


「桜井亜希子です。沙織たちの母親の妹にあたります。よろしくね。

あ、私のことは亜希子って、名前で呼んでね」


 皆の前で、一応改まって自己紹介する亜希子の言葉…。


 沙織が隣の慎也に小声で付け足す。


「四十二歳だけど、まだ独身だからって、私たちにも、叔母様って呼ばせないのよ。気を付けてくださいね」


 亜希子の片眉が、ピクッと上がった。


「沙織・さ・ん。何か言いました?」


「あ、い、いえ、何でもないです…」


 沙織は背筋を伸ばして答えた。頭が上がらない、かなり苦手な存在らしい。


「あれ?でも、沙織さんたちのお母さんの妹さんてことは、内藤総理の娘さんだよね。独身ってことは、姓は内藤じゃないの?」


 沙織に倣って小声で耳元に問う慎也の素朴な疑問に、沙織が顔をしかめて小声で答える。


「ダメダメ…。ちょっと複雑な事情があるから、それも触れないで!

それも含めて、姓じゃなく、名前で呼べってことなの……」


 亜希子は不機嫌そうに、ヒソヒソ話をしている慎也たちを眺めている。

沙織の言う複雑な理由……。詳しいことは分からないが、これ以上は踏み込まない方が良いことらしい。

 間に入って気を使っている沙織が、だんだん可哀想にも思えてくる。


「診察は明日からね。

しかし、まあ、この私が言うのも何だけど、あなたたちホントに変な関係よね。

旦那一人に妻六人って。おまけに仲良く同居ですか。ありえないわ~」


 亜希子の馬鹿にするような発言に沙織は憮然ぶぜんとし、迷惑そうにいた。


「あの~。亜希子さん、いきなりのお越しですけど、今日からもう泊まり込みということですか?」


「そうよう~。よろしくね。あなたのの命令だから!」


 ことさら、「お父様」を強調して言う。


「お父様…。 私、何も聞いてないのですけど……」


「仕方ないでしょう。あなたも姉さんに、ろくに挨拶もせずにここへ来ちゃったでしょ。

娘三人を得体のしれない男に盗られたって、半狂乱になってたわよ」


 ………。

 まあ、世間一般的には、普通の反応であろう。


「だって、お母様、絶対に許してくれるはずないから、あえて何も言わずに来ちゃったんですけど……」


「親不孝な娘たちよね」


「そんなこと言われましても、仕方ない事だったんです!

お爺様の命令ですし、お父様の了承はもらってます!」


「はいはい、分かったわよ。そのおかげで、私も、こんなところへ飛ばされて、とんだトバッチリよ」


 やる気の無いというか、迷惑至極という態度に慎也たちはあきれた。

 また同時に、同居人が更に増えてしまい、戸惑とまどいを禁じ得ない。

 断ることもできず、まさに、為すすべ無し……。


 亜希子には、一番奥にある水屋一階の部屋を使ってもらうことになった。

 とりあえず夕食。祥子が神社業務に追われていたので、沙織が代わって準備をしていた。


「あら~。沙織、すごいじゃない。和食も出来るようになったのね」


「ええ、いつもは第二婦人の祥子さんが食事の準備をするのだけど、神社の方が忙しくなっちゃったから、私が代わりにしたのですよ。

祥子さんの料理は物凄く美味しいのですけど、今日は残念ながら……」


「いやいやいや、これは中々美味しいじゃない」


 亜希子は遠慮も何も無く、先に頬張ほおばっている。

 悪い人ではなさそうだが、皆、疲労感を増幅させた。

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