第48話 美月の死

 六月八日。


 慎也の熱は、やっと平熱近くまで下がってきた。

 ただ、熱が下がっても三日程度は感染力が残っているという。

よって、まだ軟禁状態を解かれない。


 神社社務所は休業中。参拝者も激減だ。


 日が沈み、上弦の月が出ている。

 田中総代が来たことを沙織から告げられ、慎也はマスクをして出て行った。


「宮司さん、加減はどうじゃ」


「熱も下がって、だいぶ楽になりました。

ご迷惑おかけし、申し訳ありません」


 慎也は、深々と頭を下げた。

 とぼけた爺さんだが、地元の有力者でもある。

 この人の言うことには皆従うという、ある意味怖い人だ。

敵に回せない為、気を使う必要がある。

 週刊誌の記事も、良くは思っていないだろう。


 しかし、当人は、それほど気にしている風でもなく続けた。


「倉庫を片付けとったら、先代から預かった書付を見つけたで持ってきた。

跡継ぎに渡してくれと言われとったんやけど、すっかり忘れとったわ。

これが、それや。

ほんなら、まあ、お大事に」


 と、栄養ドリンク一箱へ、書付を乗せて差し出し、去っていった。


 書付は一枚の和紙に、毛筆で書かれている。

 先代宮司、慎也の大叔父の筆跡だ。


―――――


 龍の祝部は 仙界より戻りし後 神子の巫女を探し出すべし

 この世にて さらに交合を重ねることによって 巫女は清められ 安産となる

 神子が産まれるまでは 巫女は祝部以外の男と交合すべからず

 他と交合すると 神子が汚れる

 汚れて神子が流れると 神子の霊が 大いなる災禍を起こす

 万一神子が流れ 災禍起こりし時 逃れるには

 神子の霊を 仙界の龍のもとへ帰すべし

 この際 神子の霊は必ず仙界へ送るべし

 妖界へ送ると 妖界にて異変が起こる

 さすれば その異変を鎮める為 鬼が来る

 鬼は月夜に来る 神子を汚した男を誅殺し 巫女の子袋と首を持ち帰る

 鬼は大いなる神通力を持つ 鬼の力には敵はぬ 鬼には決して逆らふな

 逆らへば 必ず殺される


 愛知県小牧市大山 尾張加茂神社 尾賀まつ大物忌の話


―――――



 杏奈・環奈も来て全員揃う中、慎也が読み上げて、尾張賀茂神社関係者である恵美に渡した。

 恵美は書付を受け取るために立ち上がり、そのままけわしい顔で書付を読み直す。


「尾賀まつというのは、先代大物忌、私の曾祖母です。

脳卒中の突然死だったらしく、私の祖母は三十代で急遽跡を継ぎました。

このために、代々口伝くでんで伝えられてきた話が完全には祖母に伝わっていないのです。

おそらく、この後半の話は、祖母も知らない伝えだと思います。この内容、祖母に知らせて良いですか?」


「もちろん、そうして」


「それから、舞衣さん!

美月さんは、もう退院してますよね。どこにいるんですか?」


 完全シリアスモードの恵美。


 舞衣は急に振られて戸惑とまどいながら、答えようとした。

 が、その前に沙織のスマートフォンが鳴った。

沙織も立ち上がって部屋の隅に移動し、電話に出た。


「は? 何それ……。鬼?」


 聞こえてきた「鬼」という言葉に驚き、皆が沙織を注目した。

 いや、舞衣だけが、別の方を振り返った。


 …『舞衣さん。ごめんなさい。さようなら』


「美月?」


 思わず声を上げた舞衣の方に皆が首を振り、凝視する。


 舞衣の頭の中に、かすかに流れ込んできた念。美月のモノだ。

 舞衣は目をつむり、集中して、美月と思念をつなげようとした。

しかし、繋がらない。


「な、何? 美月? どうしちゃったの? 何で思念がつながらないの!」


 舞衣は、半分錯乱さくらん状態だ。


「落ち着いて、舞衣さん」


 慎也が、舞衣の肩を抱く。

 恵美は立ったまま目を閉じ、意識を集中した。そして、絞り出すような声で……。


「み、美月さんが…。 うっ、ひどい……」


 恵美がその場に崩れ落ちるようにしゃがみ込み、吐き気を我慢するように口を押えた。


「な、何? 美月がどうしたの? 見えてるんでしょ!説明しなさい!」


 舞衣は慎也の手を振りほどき、しゃがんでいる恵美の肩に正面から両手をかけて、揺さぶる。

 そして立っている沙織に移り、脚に取りすがって同じように揺さぶる。


「沙織さんも何よ。鬼って! いったい何が起きてるの!」


「舞衣さん!落ち着け!」


 半狂乱の舞衣に、慎也が一喝した。

 舞衣はビクッと体を硬直させ、黙った。


 恵美が沙織に、先に話すよう手で合図するので、沙織はそれに従う。


「滋賀県警の留置場が鬼におそわれました。

美月さんを襲った三人が惨殺され、その他、警察官にも死者・負傷者多数出ています。

こちらも警戒するようにとのことです」


 すぐに恵美が引き継いだ。


「美月さんも、鬼に襲われました」


「み、美月を助けなきゃ! 助けに行かなきゃ!」


 必死に訴える舞衣に、恵美は大きく首を横に振った。


「手遅れです。美月さんは既に死んでいます。

鬼にお腹を裂かれ、首を引き千切られて……」


「ひいっ!」


 舞衣は一言発し、その場にバタッと倒れこんだ。


「舞衣様!」


 杏奈・環奈が慌てて駆け寄り、舞衣の上半身を起こす。舞衣は、失神してしまっていた。

 慎也は立ち上がる。


「とにかく美月さんのところへ行かなきゃ。

場所どこ? 車出すから、恵美さん、誘導して。

祥子さんもお願い」


「沙織もつれていった方が良いぞよ。事後処理を依頼するのに便利じゃ」


「そうだね、沙織さんもお願い。

杏奈ちゃんと環奈ちゃんは舞衣さんを頼むよ」


「はい」


 みんな一斉に動き出す。


 沙織が連絡して合流した公安と一緒に、美月の実家へ向かった。

 到着した美月の実家では、玄関ドアが壊れて開いた状態だった。電灯は点いている。


 一歩、玄関に足を踏み入れると、濃い血の臭い……。


 入ってすぐの居間は血で真っ赤に染まり、そこに美月の父母と思われる中年男女の惨殺死体。


 そこから血の足跡を辿って階段を上がると、「美月」とプレートのある部屋。

 半分開いている入口から入ると……。


 衣服が破かれ、腹を裂かれて内臓の残骸を散らばらせ、首が無くなった、若い女性の血塗ちまみれ死体。


 これは、多分…。美月の、成れの果て……。


 沙織はたまらずに外へ駆け出し、激しく嘔吐おうとした。


 恵美も吐き気をこらえ、涙を流している。


「舞衣さんは来なくてよかった。これ見たら、ショック死しちゃう……」


 慎也は、恵美のつぶやきにうなずいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る