第49話 葬儀…

 自宅へ帰ると、留守番組三人は、離れ応接間のソファーに坐っていた。


 舞衣が中央。その両脇に杏奈と環奈。


 双子二人は、代わる代わる、舞衣の膝枕を務めていたようで、それぞれスカートの微妙なところが濡れている。

涙だけでなく、おそらく鼻水も付いているで有ろう。だが、二人は舞衣のモノなら全く気にしない。

 お漏らししてしまったようにも見える、そのシミを、この場で指摘する者も、当然いなかった。


 舞衣は、目を真っ赤に腫らしている。

 帰ってきた四人は立ったままだ。


「舞衣さんゴメン。

俺がインフルエンザなんかで寝込んでいて何もできなかったから、美月さんを迎えに行けなかった。

大叔父のことも、何か残していないか、もっと調べておけばよかったんだ。

俺の責任だ」


 慎也に続いて、坐ったまま舞衣が口を開く。


「違う! 私が美月に伝えたの! 美月には、もう義務はなくたったって。

だから、来るか来ないかは、美月の自由だって。

あんなこと言われたら、普通、来ないよね。

私の所為せい、私の所為なの!」


 両目からは、涙があふれ出す。

 さんざん泣いているだろうに、まだ尽きない。


「いや、ワラワがいけなかったのじゃ。

仙界で自由に宝珠を使える立場にあったのに、神子かんこや巫女の、その後のことに、それ程興味を示さなんだ。

多くの巫女を導いてきたつもりでおったが、まさにこんな無責任なことは無い。

千年という豊富な時間もあったというのに、何故もっと積極的に調べなかったのか、悔やまれてならぬ。申し訳ない」


「違う! 神子かんこの霊が仙界に無事送られていれば良かったの!

これは、母様が舞を間違えたせい。

そのせいで、違うところへ送られて、鬼が来た。

そして、私は、舞の間違いに気付きながら止めなかった。

美月さんが鬼に殺されたのは、私の所為せいです。

ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい………」


 恵美は、しゃがみ込み、ほおに涙を這わせながら額を床にこすり付けた。…土下座だ。


 いつもの恵美からは、全く想像もできない姿。

 皆、呆然ぼうぜんとした…。


 …いや、隣の沙織は、違った。


「いい加減にしなさい!」


 沙織は、いきなり大声で怒鳴りつけ、土下座している恵美を、手荒く引き起こした。

 恵美も、あまりのことに、涙で濡れた顔のままほうけている。


「みんなで、私の所為せい、私の所為って!

誰の所為でもありません!

私たちは、みんな、この変な事件に巻き込まれているだけ!

普通じゃないことが起きてるんだから、誰か一人だけ悪いってことなんか、有るはずないでしょ!」


 それだけ言い放って、一人部屋から出て行ってしまった。

 杏奈と環奈が、気まずそうに頭を掻く……。


「皆さん、ごめんなさい。お姉様、すぐキレちゃうから…」

「でもですね。お姉様の言う通り、誰の責任でも無いと思いますよ。

いて責任というなら、連帯責任ということで、どうでしょうか?」

いているより、今後のことを考えた方が良くないですか?」


 一番の年下、それも中学生にさとされてしまった。

 …立つ瀬がない。


 恵美は涙をぬぐい、フーと一つ息を吐き、軽く頭を下げて出て行った。

 杏奈と環奈もお辞儀して出てゆき、祥子も退出。慎也と舞衣が残された。


 慎也が、ソファーの舞衣の隣に坐る。

 舞衣は慎也の膝に、頭を乗せた。

 そして、また涙を流しながら眠ってしまった。





 六月十一日。


 熱が下がって三日経過した。晴れて慎也は、軟禁生活からの完全開放の許可を得た。

 しかし、皆の雰囲気は暗い。

一昨日も昨日も、気まずい雰囲気がただよっていた。


 警察署の襲撃は、テロ事件ということにされた。

鬼の襲撃というのは伏せられている。

 美月一家の惨殺事件は報道されている。

 容疑者が逮捕され、警察署に連行された時点でテロに巻き込まれ、身元不明のまま死亡ということにされていた。



 今日は、美月とその両親の葬儀の日。

 慎也たちは全員喪服を着て、沙織が手配したレンタカーに乗った。

 わざわざレンタカーを借りたのは、慎也の軽自動車では定員オーバーで全員乗れないからだ。


 運転は慎也。助手席に舞衣。後部前列に祥子と恵美。後列に山本姉妹。


 葬儀の喪主は、美月の伯父。美月の父親の兄ということである。

 葬儀場に到着し、車から降りたところで、慎也たちは行く手を阻まれた。

参列しないでくれというのだ…。


 理由として、例の週刊誌を見せられた。

 美月も仲間だと思われてはかなわないということだ。


 葬儀の参列も許されない…。舞衣は、また泣き出してしまった。


 信じられない待遇に、恵美のポーカーファイスも崩れる…。食って掛かろうとする恵美を押さえ、慎也たちは車に戻った。

 今度は助手席に祥子。後部前列にプリプリ怒っている恵美と、静かに怒っている沙織。

 後列に泣き崩れている舞衣と、舞衣を両脇から支える杏奈・環奈。


 帰路、車内で話す者は誰もいなかった。




 帰宅し、普段着に着替えた。

 皆、居間に集まって坐っている。


 一緒にいるのに、誰も、何も言わない。

重苦しい空気が漂っていた。

 そんな中、杏奈と環奈が、目配せをして、同時に立ち上がった。


「私たちから、一つ提案があります!」


 皆、何事かと暗い顔を上げ、注目する。


「こうやって、みんなで、どよ~んとしていても、仕方ないと思うんです。

胎教にもよくありません。皆さん、妊娠中ということ忘れてませんか?」


「幸いというか、何というか、神社も全く暇のようですし、気晴らしも兼ねまして、新婚旅行しませんか?」


「な、何言いだすの、こんな時に、この子たちは……」


 沙織の否定的反応は、ごく当然の反応とも言える。が、


「新婚旅行とは、なんぞや?」


 祥子が興味を持った。

 彼女の時代に、そんなのモノは無かった。

 日本で初めて新婚旅行をしたのは、幕末の坂本龍馬だとされている。平安時代人が知るはずもない。


「結婚して、夫婦で旅行に出かけるんです。

舞衣様、まだ、してないですよね?」


 杏奈が祥子に説明し、舞衣に向きを変えて言った。


「そういえば…。何しろ、結婚式自体してないから……」


「行きましょうよ。みんなで! ダメですか?」


 双子がそろって、潤んだ目で舞衣を見詰める。

 舞衣は、この眼差まなざしに滅法めっぽう弱い。


「ま、まあ、別に良いけど…。どうせ暇だし……」


 本当は、そんな気分では無いが、二人の勢いに押されて、そう答えてしまった。


「祥子さんは?」


 環奈の問いに、祥子は少し考え、うなずいた。


「良いぞよ。行ってみたい」


「恵美姉様!」


「う~ん。いいんじゃないかな~。気晴らしになるかもね~」


「慎也さん!」


「よし、行こう」


「やった、決定です!」


「ちょっと待ちなさい! 何で、私にはかないの?」


 毎度のことながら、沙織が、杏奈と環奈に噛み付いた。


「お姉様は、行きたくないならいて行くだけですから、いいんです!」


「私も行くに決まっているでしょ! もう!」


 膨れっ面をする沙織に苦笑しながら、慎也が皆にいた。


「じゃあ、行き先は、どうしようか?」


「あ、あのう……。それに関してじゃがな。

一度で良いから伊勢の大神宮様にお参りしたいと思って居ったのじゃが、ダメかのう?」


 祥子が、遠慮がちにリクエストした。


 仙界から、宝珠を使って、いつも見ていたという。

そして、一度行ってみたいと思っていたということである。

 千年もの間……。


 千年越しの念願とあれば、反対する者はいない。

 慎也にとっては、学生時代を過ごした懐かしいところでもある。距離的にも、遠過ぎず近過ぎずで、適当だし、奈来早神社の本社に当たる神社だ。

 ということで、行き先は伊勢に決定した。


 山本姉妹の警備の関係があるので、移動手段は車。車は沙織が手配する。


 運転は慎也がするつもりでいたが、却下された。

 二日目が不安だという。

…つまりこれは、夜のイトナミがあるということだ。それも、「普通」では許してもらえそうもない……。

 他に免許を持っている内、舞衣と沙織はペーパードライバーで運転に自信がない。

 恵美がしても良いと言うが、これは山本三姉妹に拒否された。恵美の運転は、荒くて怖いというのだ。


 結局、沙織が運転手も手配することになった。

 宿泊場所は、目的地をよく知っている慎也が決める。


 すぐに、沙織が忙しそうに動き出した。

 よどんだ空気が祓われたようだ。


 慎也は、杏奈と環奈の頭を撫でた。


「ありがとう」


 二人は共に、ニッコリ笑った。

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