第46話 災難の連鎖1

 六月四日、朝。


 慎也は起きたが、熱っぽい。

 体温計を出して、計ってみると三十八度もある。


(これは、ヤバイ…)


 すでに起きて朝食準備をしていた祥子に告げ、みんなにあまり接触しないようにした。

 なにしろ、みんな妊娠中だから、気軽に薬も飲めないのだ。風邪をうつしたりしたら、たいへんだ。


 すぐ近くの病院へ一人で行く。

 歩いて行ける距離だが、足取りが重い。フラフラしながら、なんとかたどり着き、診察を受けた。


 …結果。インフルエンザ。六月だというのに。


 慎也は、昨晩、恵美と真奈美が使った、敷地一番奥の水屋に隔離だ。

トイレも併設なので、隔離部屋としては最適である。


 神社は、舞衣・祥子・恵美に任せた。

 真奈美は朝食後に帰って行った。



 雨が降り出し、神社の参拝者は少ない。

 舞衣は、神社でもスマホを近くに置いて、美月からの連絡を待ってソワソワしていた。

 慎也が治癒させたから、もう何時退院しても良いはずだ。退院が決まったら、迎えに行くことになっている。

 しかし、慎也がこの状態では、車を出せない。

自分も免許は持っているが、完全なペーパードライバーだ。

 どうやって迎えに行こうかとも悩んでいた。


 もっとも、その肝心の、退院の連絡がこないのだが……。





 六月五日。


 慎也は隔離中。薬を飲んでいるが、まだ熱は下がらない。

 食事は、沙織が御粥を運んできてくれる。


「まだ、熱下がりませんか?」


 沙織の問いかけ…。

 うつすといけないと思い、慎也は声にせずうなずくだけにした。


「舞衣さん、美月さんからの連絡待ってるんですが、まだ無いみたいですね。

それから、滋賀県で季節外れのインフルエンザが流行しているって、ニュースになってます」


「え?」


 これには、思わず声を出してしまった。


「恵美のお母様も、感染されたそうです。

ということは、美月さんの事件に関係ありますよね…」


「君たちは大丈夫なの?」


 慎也は、口を手で押さえながら問う。


「はい、大丈夫です。恵美も、舞衣さんも祥子さんも。それに杏奈と環奈も」


「神子の巫女には感染しない?…。

いや、でも、念のためだ。うつったら大変だからね」


 沙織はうなずいて、御粥を置いて出て行った。





 六月六日。


 慎也の熱は、まだ下がらない。ただ、悪化することも無い。

 隔離は継続中だ。


 御粥を持ってきた沙織が、躊躇ためらいがちに雑誌を慎也へ渡した。

 『週刊文冬』…。

 数日前に来た記者のところの雑誌だ。


「滅茶苦茶、書かれてます。

舞衣さんは離れの部屋に『天の岩戸隠れ』です。

早く良くなってなぐさめてあげてください。

あ、でも、良くなるまでは隔離継続ですからね」


 沙織は慎也に治るまでは部屋から出ないようにと、さらに念を押して、退出した。

 慎也は雑誌を開いた。


(まさに、泣きっ面に蜂だな……)




 沙織が持ち込んだ雑誌は、田中が持ってきたものだった。

 朝早く、駅で、孫の美雪が買ってきたらしい。

 田中は記事を見て、あわてて神社が開く前の時間に自宅の方へ持ち込んだのだ。


 記事には…。


 舞衣と二人の妾(…恵美と祥子のことだ)が鬼の形相となり、その三人総がかりで塩を投げつけて、記者を追い返したと書かれている。

舞衣のアップの写真付きだ。

 隠し撮りされていたのだ。舞衣の怖い表情が……。


 確かに、舞衣は記者の暴言に怒っていた。写真も本物だ。

 しかし、三人で塩をまいていない。塩は祥子のみだ。

 それに、舞衣は怒っていたが、恵美と祥子の表情は冷静であったはず。

基本ポーカーファイスの恵美が、赤の他人に対して、そうそう怒りを表情に出すようなことはしない。


 慎也に関しては、『ハーレム淫行神主』、『絶倫淫乱神主』、『猥褻物』、『重婚犯罪者』扱い。

 最初の三つは、事実といえば事実であるかもしれないが、表現がゲスだ。

 四つ目の重婚というのは、恵美が否定したはず…。

にもかかわらず、告訴して刑に服させるべきだ等と書かれている。


 重婚は刑法上、二年以下の懲役となる。

 しかし、重ねて婚姻というものの、婚姻は役所に婚姻届を受理されて成立する。

重ねての婚姻届が認められるはずもなく、前の婚姻が偽の離婚届によって離婚したことになっている等、特殊な事例を除き、ありえないのだ。


 慎也と舞衣は婚姻しているが、他の妾は内縁であり、婚姻関係では無い。

よって罪など成立しないし、犯罪者でも無い。

 しかし、広く販売される雑誌に犯罪者と書かれると、デマであっても信じてしまうのが人の常である。


 さらに、記事はそれで終わっていない。

 毎夜、宮司宅では、舞衣を含む複数の女たちとの、全裸乱交パーティーが行われているとも…。


 あの夜は、確かに美月の誕生会兼歓迎会のパーティー中だった。

 それとは別に、交合するときは裸になるのは当然。

 この二つを、じ曲げてつなげるとこうなるのか?


 また、神社に参拝に来た可愛い女の子たちがナンパされ、洗脳されて、何人も乱交パーティーに加えられている模様だの。

(確かに、あの夜、中には他に四人の妾がいた。が、神社でのナンパでも、洗脳でも無い)

 洗脳されている信者によって記者の取材が妨害され、身の危険があって近づけないだの。

(おそらく、公安と尾賀道場の警備…)


 まさに、悪意を込めての、一方的な書きたい放題。

明らかなるペンの暴力だ。



 最初に受け取って読んでいた舞衣の顔は、はじめ青褪あおざめ、やがて、怒りで赤くなってきた。


 自分の怒り顔の写真まで隠し撮りされていたのだ。

 そして、それが雑誌に大きく、悪意を込めて載せられている。


 くやしい。涙がこぼれる……。


 舞衣は席を立ち、離れの部屋に閉じこもってしまった。


 同室していたのは、祥子、恵美、沙織と、雑誌を持ち込んだ田中。

 呆然ぼうぜんと舞衣を見送った四人のうち、次に雑誌を見たのが祥子と恵美。

 祥子は苦虫を噛み潰したような表情で、恵美は困り顔で頭をポリポリ掻きながら読んで、最後に沙織に回ってきた。


 皆が読み終えたその雑誌を、沙織が慎也のところへ届けたのだった。

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