第34話 大叔父の秘密

 神社では昨日まで、舞衣と祥子に緋袴を穿かせていた。

いわゆる、巫女さんの格好だ。


 今日は若い子が増えてしまって、緋袴が足りない。

そこで、舞衣と祥子には白袴を用意した。


 一般に、巫女を卒業した人が神社へ事務員等として残る場合、海老茶色等の違う色の袴を穿く。

 特に、舞衣は正式に結婚しているので、緋色以外の色の方が望ましい。

が、すぐには用意できないので、とりあえずの処置だ。


 後の四人は緋袴姿。

 四人とも、間違いの無い美人・美少女。

巫女姿がとても似合っていた。


 双子は互いに見合ってキャッキャと喜んでいる。

沙織も、満更でもなさそうだ。


 恵美は…、いつもの通り。



 舞衣が受付に坐り、白袴の祥子が指導して四人の緋袴隊がお守りを作った。

 慎也は狩衣という装束を着て、出来たお守りを、お祓いする。


 社務所前は、また人だかりだ。


「宮司さん、おるかえ」


 田中が、社務所の様子を見に来てくれた。


「あれ、巫女さんが増えとるがな」


 慎也はお守りのお祓いで拝殿の方にいて、そこにはいない。

代わって祥子が応対する。


「おう、田中氏。いつも、すまんのう。

今日は、これこの通り。何とかなりそうじゃ」


「あれまあ、これは、これは。

美人さんそろいで、なんとも華やかな」


 舞衣は接客中で手が離せない。

祥子がすっかり田中と打ち解けているので、任せておくことにしたが…。


 舞衣の、その判断は間違いだった。


「おう、これら、皆、主殿の妾じゃ」


 後方の障子を隔てて聞こえてきた、祥子の放った爆弾発言……。

受付に坐っている舞衣の表情が歪んだ。


 舞衣の目の前の参拝客が、聞きなれない言葉に少し驚き、中をのぞき込む。

が、話声がするのは障子の向こうで、発言者は見えない。


 舞衣は慌てて参拝客に、「違います、違います」と否定する。


 障子の奥では、面白がっている風で、恵美が大きな声で追随した。


「初めまして~。慎也さんの妾の二番手。恵美で~す。

『三号さん』って呼んでくださ~い」


 舞衣は、頭を抱えた。目の前の参拝客の手前、大きな声も出せない。


「……ホントに違いますよ。冗談ですからね」


 必死に参拝客に否定する。

しかし、中では、まだ続いている。


「こちらは四号さんの沙織で~す。そして~、この双子は~、」


 その先は、まずい!

二人は、まだ中学生だ!


「コラ―!」


 たまり兼ねて、舞衣は席を立った。

 驚く参拝客をそのままにして、障子を開け、部屋に顔を突っ込む。


「ちょっと、恵美さん! 祥子さん! いい加減にしなさい!」


「な、何を怒っておるのじゃ。事実じゃろうが」


 …仕方がない。

祥子には、これが世間一般的に認められないことと理解出来ていない。

 平安時代人の彼女の感覚では、普通のことなのだ。

複数の妻がいることも、十四歳で嫁ぐことも…。


 だが、恵美は理解できているはず。彼女は単に面白がっているだけだ。

 舞衣は恵美をにらみつけ、田中に双子の紹介をする。


「この双子は、沙織さんの妹です!

手伝いに来ているだけです!」


 中学生の双子まで妾などと知られては、大変なことになる。


 もちろん、恵美もそんなことは百も承知だ。

だから、彼女も、舞衣と同じように紹介するつもりだったのだが、舞衣の方が早かったので、続きを任せた。


「ほー、つまり、宮司さんのお妾さんは祥子さんだけじゃ無く三人も居て、今日は、お妾さんの妹さんも手伝いに来とると…」


(しまった、二人の妾を否定するのを忘れていた…。

というか、妾というのは本当だし、どう説明すれば……)


 舞衣は、口を開けたまま上を見上げ、そして、またまた頭を抱えた。


 外では、置き去りにされた参拝者が、お守りを持ったまま中をのぞき込んでいる。


(やばい。聞かれている……)


「と、とにかく、声が大きい! 変な誤解されるでしょ!」


 舞衣はあわてて受付に戻り、障子を閉めて、引きつった笑顔で接客再開した。


「あ、あの、中で言っているのは冗談ですからね…」


 と、一言付け加えながら……。




 慎也が拝殿から戻ってきた。

 中では田中を交え、ヒソヒソ話をしている。


「あ、田中さん。いつもスイマセン」


「おう、宮司さん。ええなあ、華やかで。

四号さんまで居るとは、全くもって、うらやましいかぎりやな」


「はあ? 何のことです」


 恵美が、ニヤニヤ怪しい笑顔を向けている。


(あ、こいつ、バラしやがったな。

四号までということは、双子は流石さすがに別扱いか…)


「いやあ、まあ、色々ありまして、その……」


「今日から皆一緒に住むんか。ええのう。

参拝者も増やすし、こんなことも許すとは、全くもって、大した奥方様じゃよ」


(同居することまでバラしたか、こいつ……)


 恵美をにらむと「知らないよ」とばかりに斜め上を向いた。

だが、顔が少し笑っている。

 隣では、沙織が羞恥で赤くなっていた。

常識人の彼女には、妾扱いは恥ずかしかろう。ましてや四号さんだ。


「ところでよ、宮司さん。

お前さん、先代の若い頃を知らん言うとったで、こんなもん持ってきたった」


 田中が出したのは、古い一枚の写真だ。

 そこには若い、狩衣かりぎぬ姿の男が写っていた。


(これは大叔父か。周りに写っているのは誰だ?)


 大叔父の周囲には、四人の巫女が写っていた。


「宮司になったときやな。

先代は正式な結婚しとらんかったで、周りは皆、お妾さんや」


「は? みんな?」


「まさに、お前さんと同じやないか。はっはっは!

先代も、先々代の子供や無い。親戚関係で養子になって継いだはずじゃ。

その点でも、似ておるのう」


 それも初耳だった。


「その写真は、やるわ。

まあ、皆さん頑張ってな。色々と…。

じゃあ」


 田中老人は含みを持たせた言い方をし、颯爽と出て行った。


(色々とって、何だ?)


 微妙な顔をしつつ、残された写真を見詰める慎也に、背後から恵美と沙織がのぞき込んだ。


「あら~、いい男ですね~」


 双子ものぞき込む。

 そして最後に祥子も。


 だが、祥子はその瞬間、固まった。


「こ、これは……。文蔵ではないかえ?」


「え、祥子さん、なぜ、大叔父の名前を……」


 皆がそろって、祥子と慎也を見た。

 先代宮司は、竹橋文蔵というのだ。


 祥子は慎也の手から写真を取り、凝視する。


「懐かしや…。

文蔵は、先代の『龍の祝部』じゃ」


 愕然……。


(どういうことだ? 大叔父も龍の祝部だった?

ここの宮司が二代続けて?……)


 改めて、祥子の持っている写真を見る。


(じゃあ、周りに写っている、先代の妾というのは……)


 沈黙…。

 皆が写真を見つめる。


 その沈黙を破ったのは、恵美だった。


「このことについて、重要なお話が有ります。

ここでは話せませんので、夜に…」


 何時にない、真剣な眼差まなざしと低い声。

話し方も、普段の間延びしたものと全く違う。


 部屋の中の皆、その恵美の雰囲気に飲まれ、それぞれ一つずつ無言でうなずいた。


 舞衣のみは、受付で、次々来る参拝客の相手に追われていた。

 中の異変を気にしながら……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る