第26話 帰りたい…

 五月六日。


 四人の『神子の巫女』たちが帰ってしまい、最初の三人での生活に戻った…。


 朝食後、釣りと収穫。温泉へ入って交合。

 暗くなる前に夕食。そして就寝…。



 五月七日。

 同じく…。



 五月八日。

 同じく…。


 そして九日、十日、十一日、十二日、十三日。

 同じく……。


 白い光は舞衣には現れない。もちろん、祥子にも。


 舞衣は、だんだん焦ってきた。

 もし、このまま帰れなかったら…。


 この三人での生活なら、これはこれで良いかもしれない。これが続くのなら。

 しかし、慎也は、満月の十九日に居なくなってしまう。そうすれば、祥子との二人暮らしだ。

 祥子が居てくれれば、何とか生きてゆけなくはないだろう。

 自分一人では絶対に無理だが、祥子と二人なら…。


 そして、それも慣れてしまえば「普通」になってしまうのか?

 裸を見られるのも平気になった様に…。

 人前で交合しても、何とも思わなくなった様に…。


 否、違う!


 ここで、この先六十年なんてのは、やっぱり嫌だ。

 絶対、嫌だ!

 元の世界が良いに決まっている!


 こんなところに、居たくない!


 帰りたい!!


 帰りたい!


 帰りたい…。


 私は、帰りたい……。


 日を追うごとに、舞衣は沈みがちになっていった。





 五月十四日。


 交合部屋に三人が集まった。


「おかしいのう。ワラワは別として、なぜ舞衣は帰れぬ?

先の五人は、ほぼ一発で身籠ってしまった。何が違うというのじゃ」


 祥子は首をかしげつつ考える。


「そういえば、慎也殿。少し疑問に思って居ったのじゃが、あの四人と致すとき、手を当てて、何かしておらなんだかの?」


「えっ、別に何も……」


 慎也には、特に何かした自覚が無い。

が、よく思い起こしてみると……。


「あ、そうそう。

あの五人はバージンだってことだったから、手を当てて『…痛くないように…』って念じてたのです。

まあ、おまじないみたいなものですけど、効かなかったみたいですね。

挿入するときは、みんな痛そうでした」


「ワラワは、してもらっておらぬな」


「当り前じゃないですか。おそうようにしてきて!」


 舞衣も反応した。


「あ、あれ?

 私は、してもらってましたっけ?」


「え…、舞衣さんはどうだったかな……。

あ、舞衣さんの場合は、最初がもう治療からだったから…。

だから、同じのはしてないね」


 三人は、顔を見合わせた。

 そして、


「これか!」「これよ!」「これじゃ!」


 そろって大きな声を上げた。


「慎也殿、それじゃ!

その念で排卵が誘発されて、すぐ妊娠したのじゃ!」


「よし、二人にも!」


 少し光が見えてきた。

舞衣ばかりか、祥子にまでも……。





 五月十五日、朝。


 女子二人は、いつもより早い。そろってソワソワしている。

 当然だ。昨日のが上手うまくいっていれば、先の五人と同じように、今日帰ることができるはず。


(きっと帰れる!)

(千年ぶりに戻れるかも…)


 慎也も、何だか明るい気分だ。

 慎也が帰るのは満月の十九日。今日は十五日。帰るまでの四日間は、ここで一人だ。何をして過ごそうかと楽しみである。元々は、一人で居るのが好きなのだ。

 もちろん、美女たちとのセックス漬けの生活が終わってしまうのも、残念な気はするのだが……。


 そんな三人の思惑は…。

 叶わなかった。


 昼になっても、舞衣も、祥子も、帰れない。


 この日も、…痛くないように…は、した。





 五月十六日。


 やはり、帰れない。

 この日も、…痛くないように…を、した。




 五月十七日、朝。


 暗~い表情の舞衣が、起きてきた。

超絶美人の、この顔は、……とても怖い。


 祥子は、困った顔でほおをポリポリ掻いている。


 慎也は焦った。


(どうすればいいんだ……)


 交合ので、三人は坐り込んだ。


「おかしいのう。他に何か無いかあ? あの五人との違い」


 舞衣は脚を抱えこんで、項垂うなだれて答えない。


「祥子様、ここへ送られてくる女性は、処女限定ですか?

あの五人に舞衣さんも加えて、みんな処女でしたが……」


「いや違う。処女とは限らぬ。中には子が既に居る者もあった。

ワラワも処女ではなかったぞ。

前に話したと思うが、嫁いで初夜の晩、結ばれて、相方がかわやへ立った時に光につつまれて、ここへ来てしまった」


「処女限定でない……」


「そうじゃ」


「妊娠するために来るわけですよね」


「そうじゃな。『龍の祝部』との子を、な」


「じゃあ、妊娠できないような、例えば、幼すぎる子や、お婆さんが来ることは?」


「無いな」


「……じゃあ、妊娠中の人は?」


「無い!」


 ………。


「祥子様……。

初夜の晩、結ばれてから来たんですよね」


「そうじゃ」


「セックスしたんですね。直前に」


「ああ、そうじゃ」


「セックスしても、すぐ妊娠する訳じゃない。

来るときは、まだ妊娠していなかった。

でも来てから、来る前に入っていた精子が卵子に到達して受精したとすると、どうなりますか?」


 ………。


 項垂うなだれていた舞衣が、ガバッと顔を上げた。


 慎也は続ける。


「送られるときは、まだ妊娠していないから送られた。

しかし、来てから受精し、妊娠してしまった。

だから、使命である、『龍の祝部』との子が妊娠できない……」


 三人は顔を見合わせた。


「で、でも待って。妊娠していても、産まれてしまえば……」


 舞衣が言いかけて途中で小声になる。

 そして少し間を置き、目を見開いて続ける。


「ここは老化しない! つまり、ここでは成長が出来ない!」


「そうじゃ、ここでは人の世の作物も、種を播いても育たぬ。成長せぬのじゃ」


「いや、祥子様、十八歳で来たって言ってませんでした?

でも、今の姿は二十代半ばくらい。

正確には、ものすごくゆっくりなんだと思う。

そうすると、その間に産まれていてもおかしくないけど……」


 慎也の発言で、舞衣は悲しそうな顔になり、再び顔を伏せた。


 しかし、祥子は……。


「い、いやいや……。

ワラワは、こちらに来てから月のモノが一度も無いのじゃ!

もしかして、身籠っておるのか? 千年も……」


 再び舞衣が、勢いよく顔を上げた。


「じゃあ、私は?」


「舞衣さんは、『選択の巫女』として来た。

本来は、その使命を果たせば、帰れたはずだったんだ。

しかし、そのまま残ってしまった。

だから、帰るには『神子かんこの巫女』としての仕事をしなければならない。

だけど、その前にした性交で、既に妊娠していたら……」


「そ、それ!」


 舞衣は、大きな声を出した。


「可能性高いよね」


 三人でうなずいた。


「ならば、方法は一つ!」


 祥子はいきなり着物を脱ぎだし、裸になった上で、どこから出したのか懐剣を抜いた。


「「しょ、祥子様?!」」


 驚く二人にかまわず、ズブッと自分の下腹に懐剣を差し込み、そして一気に上へ向かって腹を縦に切り裂いた。


 赤い血がダラダラと流れ出る…。

 赤紫色の腸が、傷口からはみ出てくる…。


 痛みに顔をしかめながら、祥子は腹に手を突っ込んで中をまさぐる。

 そして、林檎りんご大に膨らんだ子宮をつかみ出した。


 出した子宮もズバッと切り開くと、中から、へその緒でつながった三センチ程度の胎児?…


 い、いや、それにしては変なモノが…。角?


 祥子の子宮とつながったままのそれ…。赤黒っぽい色をして、人の子というより、鬼といった方が良いかもしれない異形のモノが、モゾモゾ動いている……。



 祥子は、ここへ来てから五~十年分くらい成長している。

 成長が止まるのではなく、通常世界の百分の一~二百分の一という、非常にゆっくりになるのだ。

 そしてこの胎児は、その速度のせいで成長がおかしくなってしまったのか。

 いや、約六十年毎に注ぎ込まれる「龍の祝部」の精によって、体内で進化を遂げたのかもしれない。

ずっと、寄生して生きられるように…。


 そして、胎児のままで千年という長い間、生き続けてきたのだろう。


「なんとも、奇妙に育ってしまって…。すまぬ。わが子よ。許せ」


 祥子は、躊躇ちゅうちょしながらも、へその緒を切り放つ。


 すると、しばらくは手足を動かしていたが、やがて、その胎児は動かなくなった。


 祥子は血みどろ。

腸がダラッと大量にはみ出てきてしまって彼女の前に広がっている。


「だ、ダメじゃ、もう力が…。治してたも……」


 慎也は、あわてて血まみれ状態の祥子の下腹部に手を当て、治癒を念じた。

 子宮の傷が消え、はみ出ていた腸と共に腹部へズルズル戻ってゆく。

 そして腹の傷も、ファスナーを閉める様に端から閉じて消えた。


「さあ、其方そなたもやるのじゃ。

着床している受精卵を取り除けば、きっと妊娠できるぞ」


 祥子の言葉に、舞衣は青くなって両手で腹部を抑える。

 ……よみがる、股間を刺された、あの痛み。そして、死を感じた恐怖…。


「出来ない! 自分のお腹を切るなんて、出来ない……」


 当り前だ。自分で自分の腹を切って子宮の中のモノを出すなんて、普通に考えても出来るはず無い。


「もう時が無いのじゃぞ。

まあ良い。ワラワが試して上手くゆけばということじゃな。

シテたもれ。早くじゃ。

…痛くないように…もしてくれよ」


 出血で少し動きが鈍い祥子。

 慎也はそれを気遣い、祥子を下にして正常位で交わる。

 もちろん、…痛くないように…もしてから。


 舞衣は、青い顔をして性交する二人を見つめていた。

 そして祥子の後に、いつものように、慎也と交わった。

 しかし、舞衣はどこか上の空という感じであった。


 その晩、舞衣は眠れなかった。

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