第13話
時刻は午前八時を十分を少し過ぎたあたり。俺はハイザラに跨って時速40キロほどで走らせながら、学校までのろのろ向かっていた。
迷宮以外だと、現代日本だとあまり走らせてあげられる場所は限られているから、徒歩ですぐに迎える場所以外では俺はハイザラに乗って移動する事にしている。
魔法やらなんやらで溢れている以外は前の世界と変わりないからか、いろいろな方向から奇異の視線を感じた。俺はあまり気にならなかったが、ハイザラは少しばかり煩わしそうだった。
どれくらい煩わしいというと、俺が乗っていなかったら周囲の人間を蹴り殺して回るかどうかっていう程度だ。
「よしよし、あんまりカッカするなよ相棒」
信号が赤になり、苛立たし気に足踏みをして信号待ちしているハイザラの首を撫でながら、俺は後ろ向きになっている耳にそっと囁く。
ハイザラはわずかに頭を後方へと向け、別に怒ってなどいませんよ、とでも言う様に低く嘶いた。
なら少しは隠す努力をしろガキ、と内心思いながら、俺は信号が青になるまでの間ハイザラを撫でまわしていた。
信号が青へと変わり、前方の車に続いてハイザラに拍車を入れて再び走らせる。
その時ハイザラは苛立ちを少しでも晴らそうとしたのか、走り出す際に思い切り踏み込んでコンクリートを陥没させた。
そんな事露知らずに後方の車は前進し、当然のごとくハイザラの作った小さなクレーターにタイヤが嵌ってしまった。
車は急には止まれない。動けなくなった車の後方の車も避けられずに衝突し、瞬く間に大規模な玉突き事故の完成である。
背後から上がる怒号、悲鳴、罵声。それらをかき消すほどの数多のクラクションの音。通勤時間な事も相まって、どいつもこいつも気が短くなっているから、口喧嘩が乱闘に発展するまで時間はかからなかった。
飛び交う罵声と肉と肉がぶつかり合う音や魔法が炸裂する心地よい音を聞きながら、俺はハイザラを加速させた。
鬱陶しい連中が乱闘しているのを見て気が晴れたのか、ハイザラは前足を上げて高らかに嘶くと、一気に時速70キロ近くまで加速し、あっという間にその場から走り去った。
蹄を鳴らし、とろとろ走っている車を抜き去り、あるいは飛び越えて疾走するハイザラに、今まさに起こった素晴らしい出来事について俺は話しかけた。
「いやぁ本当に堪え性の無い奴らだったな!たかが自慢の愛車に傷がついて通勤通学に大幅に遅刻してしまう程度であそこまで怒り狂うとは!」
猥雑な街の景色が勢いよく流れ去って後方へと消えてゆく。このまま世界全てが流れ去ってしまえばいいのにと、つい思わずにはいられない。
「お前は本当に良い子だなハイザラ!ええ?」
朝特有のひんやりと冷たい空気を肌で感じながら、俺はハイザラの首を一撫でした。
〝楽しんでいただけたのなら幸いです。良い余興だったでしょう?〟
ハイザラは嬉しそうに目元を細めてブルブルと鳴いた。
「ああ実にいい物を見せてもらった。これなら今日も一日何とか頑張っていけそうだ」
〝それはよかったです。あなたが喜んでくれたおかげで私があそこで苛立った事が無意味ではなくなりました〟
「意味の有る無しなど関係あるか。いつも言っているだろう?重要なのはいかに自らが気持ちよくなれるかだぜ相棒。何でもかんでもに意味を求めてちゃあそのうちノイローゼになって倒れちまう」
〝それもそうですね〟
俺とハイザラは互いにくすくすと笑い合った。
結局のところ苛立ちなんてものは良い事の一つ二つ起きればたちまち消え失せてしまう程度の事なのだ。
人間というものは単純で、大いなる不幸が降りかかった所で美味い飯を食って寝てを繰り返していれば、そのうち不幸が起きた事なんて綺麗さっぱり忘れてしまう。
それが車を傷つけてしまった事であれ、他人に奇異の視線で見られる事であれ、学校への面倒臭さであれ変わらない。
まあどうやったって忘れられないものもあるにはあるが、だからどうしたというのか。
そんな物について四六時中考えていたら、それこそノイローゼになってしまう。
くだらない自問自答など糞くらえだ。
そんなものスピリチュアル好きの変態共に任せとけばいい。
俺はそんな物には囚われない。
せっかく二度目の人生だってのに、何だって前の人生と同じ轍を踏まねばならぬのだ?
それから俺はハイザラに話しかけながら、通学路をダラダラと駆け抜けた。
いつもはハイザラの気の向くままに走らせていたから、今日はとばさせた甲斐があって、門が閉まる直前で滑り込みで校内へと入り込むことが出来た。
「うわあぁ!!?」
「セェーフ!!!」
校門を閉めようとしていたおっちゃんが、飛び込んできたハイザラに驚いて尻もちをつく。
「ようおっさん、今日もお勤めご苦労!できれば次回からはもう少し遅めに閉めてくれると助かるぜ!」
「バカヤロー、無理に入ってくるんじゃねぇ―!!!」
「知るかブァ~カ!」
怒鳴りちらすおっちゃんに舌を出して言い捨てると、俺たちはのろのろと校舎へと歩を進める。
と、ここで俺はある事に気づいた。
教室の中に気配を感じなかった。
しかもそれは俺のクラスだけじゃなくて、他の1年生の教室からも誰の気配も感じなかった。
今日は休みだったかと思って2年3年の教室の気配を探るが、こっちは普通に気配が満ちていて、俺は首を傾げた。
そして思い出した。今日は一年生は一日丸々使った迷宮実習をやるっていう話だったのだ。
俺は慌てて腕時計を見る。時刻は8時59分と39秒。
「やっべやっべやっべ!ハイザラ!」
俺はハイザラに呼び掛けて方向転換させると思い切り拍車を入れ、全速力で走らせた。
ハイザラは嘶きと共に文句の一つ言うことなく風の様に走り出した。目的は日本迷宮案内所トレ専支部のポータルだ。
俺の巧みな手綱さばきとハイザラの素晴らしい逃げ足と相まって、ポータルへ物の数秒でたどり着くことが出来た。
腕時計をちらりと見ると、時刻は8時59分と50秒。タイムリミットはもう間もなくだ。
待ったなしの緊急事態に、俺もハイザラも興奮を隠せない。アドレナリンが過剰分泌され、世界がゆっくりと動いて見える。体内の血流が早まり、心臓が期待でうるさいほど高鳴る。
「ゴールは近い!飛ばすぜハイザラ!お前の末脚見せてみろ!」
〝ええ喜んで〟
俺の鼓舞にハイザラの目がギラリと光り、残り100メートル地点でさらにスピードを加速させた。
そして俺たちは失速することなくそのまま迷宮案内所のガラス張りの自動ドアを突き破り超速でロビーへとエントリー!
残り5秒。
突然の事で目を丸くして驚く職員や生徒たちを置き去りにして、俺たちは目的の迷宮があるポータルへ向かって突っ込んだ。
残り3秒。
装置を操作していた職員が突っ込んでくる俺たちに気づき目が飛び出さんばかりに驚き、行っていた作業を放り出して慌てて横へ飛びのいた。
残り2秒!
だがそれでもゲートを閉じる命令はすでに入力済みだったようで、どんどんゲートは小さくなってゆく。
状況は待った無し!
俺は迷うことなくハイザラの脇腹付近にブースターを作り出してさらに加速させる!
ハイザラのブースター末脚はその瞬間音の壁を越えた!
まき散らされたソニックブームで亀裂の入った壁。力強い踏み込みででこぼこになった発着場。阿鼻叫喚の地獄を後に残し、俺たちは閉じられる寸前のところで何とかポータルを潜り抜けた。
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