第238話 くっころ男騎士と食料調達

 幹部会議を終えた僕は、領主屋敷を出てカルレラ市中心部にある邸宅のひとつを訪れていた。邸宅と言っても、そこは田舎のリースベン。それほど立派な代物ではない。王都にある僕の実家……つまり、貧乏騎士家の屋敷と大差ない大きさだった。


「おお、よく来たな」


 が、小さな門構えに反し、応接室で僕を出迎えた人物はなかなかの大物だ。ロスヴィータ・フォン・ディーゼル。前ズューデンベルグ伯にして、我が義妹カリーナの実母である。要するに、元伯爵殿ということだな。

 彼女はリースベン戦争の敗戦を機に伯爵職から引退し、和平条約を守るための人質としてカルレラ市に移住した。もともとは領主屋敷に住んでもらっていたのだが、この頃僕の屋敷はエルフやカラスで一杯になっているからな。すっかり定員オーバーの有様だったので、近所にある邸宅を買い上げてそちらへ引っ越してもらったのである。

 まあロスヴィータ氏としても、小さいとはいえ自分専用の屋敷で暮らした方が気が楽だろう。それに、彼女は領地から夫や使用人なんかを呼び寄せて、なかなかの大所帯になっていたしな。タイミングとしてはちょうどよかった。もっとも、一応人質には違いないので、護衛と称して騎士を配置し監視は続けているが……。


「お久しぶりです」


「本当だよ。ほんの少し前までは、毎日顔を合わせてたのにな」


 もともと敵同士ではある我らだが、ともに呑兵衛ということもありそれなりに打ち解けていた。エルフどもの件で忙しくなる前は、よく一緒に酒を飲んでいた仲である。もっとも、流石にこの頃はそんな余裕はなくなっているが。

 人質といいつつも、彼女はディーゼル伯爵家の窓口のように扱われていた。現ディーゼル伯爵は彼女の長女だから、当主の座を退いた現在でも家中にはそれなりの影響力を持っているのである。ズューデンベルグ領と相談や取引がしたいなら、ロスヴィータ氏に話を通してもらうのが一番手っ取り早い。


「で、用件は何だ」


 娘であるカリーナと違い、ロスヴィータ氏は身長二メートルを優に超す偉丈夫である。見た目はいかにも筋骨隆々な武人という感じだし、中身の方もイメージそのままの竹を割ったような性格だ。面倒な前口上など抜きにして、いきなり本題を求めてくる。


「ズューデンベルグ領から、穀類を融通してもらえないかと思いまして」


 彼女の治めていたズューデンベルグ領は、麦の一大産地である。大規模な畑と先進的な農法により、リースベンとは桁ひとつどころか二つくらいは違う量の穀類を生産している。山脈で隔てられているだけのお隣さんだというのに、まったくどうしてここまで差がついたのかと思わずにはいられない。


「なるほどな。まあ、だいたい予想はしていたが……例のエルフの一件か」


 豆茶をすすりながら、ロスヴィータ氏は気楽な声でそう言う。昨日ダライヤ氏が両手で持っていたものと同じような大きさのカップなのに、彼女が持っているとなんだかお猪口のように見えるから不思議だ。本当にロスヴィータ氏はデカい。


「ええ。連中に、食糧支援をすることになりましてね」


「ほーん、酔狂なこった。蛮族ごときにメシをくれてやろうなどとは」


 そのいかつい肩をすくめて、ロスヴィータ氏は苦笑する。リースベンほどではないにしろ、ズューデンベルグ領も辺境には違いない。蛮族との戦いも、幾度となく経験しているはずだ。


「鉛玉より麦粒のほうが有効な相手と判断しました。指揮官としては、敵に応じて適切な武器を選択するべきですからね」


「なるほど? ……まあいい。それで、どれくらい入り用なんだ」


「こちらを」


 僕は、ロスヴィータ氏に一枚の紙を手渡した。彼女はそれを見て眉を跳ね上げ、小さく唸る。


「なかなかの量だな。これだけ一気に集めるとなると、流石のウチでも少しばかり骨が折れるな」


「でしょうね……」


 なんだかんだいって、エルフどもの数は結構多いからな。全員を食わせていこうと思えば、結構な量の食料が必要になってくる。むろんそのすべてをズューデンベルグ領で賄う気はないが、それでもやはり要求量は大きくなってしまった。

 いくら一大産地でも、これだけの量の麦を一気に集めて輸送しようと思えばかなりの難儀があるはずだし、他の取引先との商売ににも少なからず影響が出るに違いない。ロスヴィータ氏としても、この提案を無条件に飲むような真似はしないはずだ。そこで僕は、追撃を加えることにした。


「無理を言っている自覚はあります。手間賃こみで、価格は相場の三割増しでどうでしょうか?」


 量が量なので、三割増しでも結構な額になってしまう。しかし、こんなこともあろうかと先日アデライド宰相に「カネをくれ!」と手紙でせっついておいた。それなりに色よい返事が返ってきたので、近いうちに銀貨のたっぷりはいった木箱が届けられることだろう。持つべきものは金づ……頼りになる上司である。

 まあ、実際のところ我がリースベン領が生み出す収益は、巡り巡ってアデライド宰相の懐に入るわけだからな。そのリースベン領が安定化するのであれば、宰相本人にも身銭を切るだけのメリットは十分にある。


「ふーむ……」


 少し唸ってから、ロスヴィータ氏は豆茶を飲み干した。従者にお代わりを頼んでから、彼女はこちらに目を向ける。


「……むしろ、相場の一割引きで売ってやると言ったら、どうする?」


「……」


 その言葉に、僕は思わず黙り込んだ。いくら金持ちのアデライド宰相でも、財布の中身は無限ではない。安くなる分には、当然ありがたい。有難いのだが……この手の提案には、だいたいウラがあるものだ。諸手を上げて喜ぶような真似はできない。


「条件は?」


「保護契約だ。ありていに言えば、リースベンには我らを守ってもらいたい」


「ええ……」


 ズューデンベルグ領はお隣さんだが、我がガレア王国の宿敵神聖オルト帝国に属している。それを保護しろとはいったいどういう了見なのか。思わず、僕の眉間にしわが寄った。


「リースベン戦争のせいで、伯爵軍の戦力はすっかり消し飛んでしまった。こうなると、周囲の領主たちがギラギラしはじめる。ウチの麦畑は、なかなかに魅力的だからな」


「……ズューデンベルグ領と接している他国の領地は、このリースベン領のみのはず。つまり、神聖帝国所属の他の領主があなた達の領地を狙っているわけですか?」


「ああ。ガレア王国と違い、神聖帝国では内部の領主同士が頻繁に戦争をしている。皇帝が保護してくれるのは、外敵に攻め込まれた時だけだからな。内輪もめをする分には、自由なんだよ」


 ……話には聞いていたが、本当にひどいな神聖帝国。内紛はエルフだけの専売特許ではないということか。まあ、神聖帝国などと名乗っていても、実態は領邦領主の寄り合い所帯だ。国家というよりは、連合と言ったほうが実態に近い。共通の敵が居るときは呉越同舟で協力するが、そうでない時はあくまで他人でしかないのだろう。

 とはいっても、貴族……とくに領主貴族は、どこの国でもそういう傾向はあるがね。我がガレア王国でも、先日大物貴族が大反乱を起こそうとしたばかりだからな。あまり人のことを言えた義理でもない。


「今の伯爵家のは兵もなければ金もない。はっきり言えば、絶体絶命の状況だ。落ち目の領主を助けてやろうなどというお優しい貴族は、神聖帝国にはおらんものでね。困ってるのさ」


「はあ、なるほど」


 これは困ったことになったぞ。僕は何とも言えない心地になりながら、黒々とした豆茶をすすった。コーヒーによくにたその風味を楽しむ精神的余裕もなく、思案する。

 ディーゼル伯爵家に滅んでもらっては困る。程よく弱った彼女らがお隣さんだからこそ、僕たちは内政とエルフへの対応に集中できるんだ。ズューデンベルグ領が他所の領主に征服されてしまえば、その前提が崩れてしまう。しかも、せっかく構築した交易ルートまでご破算になるのだから、やってられない。まったく、最悪な事態だ。


「一度矛を交えたからこそ、リースベンの……いや、ブロンダン城伯家の力はよく心得ている。頼りにならない皇帝家は切り捨てて、ブロンダン家についた方が良いのではないかという意見まで、ディーゼル家の中では出ているんだ」


 ニヤリと笑って、ロスヴィータ氏はそんなことを言う。……いやいや、いやいやいや、どうするんだよコレ。エルフ問題だけでも死ぬほど厄介だというのに、これ以上トラブルを持ち込むんじゃないよ!

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